第74話 空を飛べた

「ぜぇぜぇぜぇ……お、追ってきていない……?」


 金等級の冒険者ビルゼスがノーライフキングと交戦しているその隙に、私たちは必死に街の近くまで逃げてきました。

 走りながら振り返ってみても、すでに遠くて彼らの姿を見ることはできません。


 気持ちの悪い股間の感触に顔を顰めつつ、私は疲れ切った身体に鞭を打って叫びます。


「もっと遠くに逃げるべきです……っ! 万が一ビルゼスが破れたら、我々を追ってくるかもしれません……っ!」


 と、そのときでした。

 空から何かが降ってきたかと思うと、我々のすぐ目の前の地面に突き刺さります。


 それは剣のようでした。

 しかし刀身には禍々しい血管と眼球が浮かび上がっていて、しかも生きているかのように脈打ったり、ぎょろぎょろと動いたりしています。


「何ですか、この剣は……?」

「「なっ!?」」


 突然、イルランとロンダが大声を上げました。

 なぜか私の方を見ながら、引き攣った表情で後退っています。


「いつの間に!?」

「び、ビルゼス殿と戦っていたはずではっ……まさかっ、すでに……」

「え? 二人とも、どうしたのですか……っ?」


 二人の異常な反応に、私は戸惑うしかありません。


 私に怯えている……?

 まるで私のことをノーライフキングだとでも思っているような――ま、まさかっ!


「っ!」


 左腕に装着した腕輪。

 それが淡い魔力の光を放っていたのです。


 幻惑耐性が発動している……ということは……。


「この剣の仕業で、二人とも幻覚を見せられている……っ!?」


 戦慄する私に向かって、イルランが怯えながらも叫びます。


「ベルエールをどこにやりやがった、このアンデッド野郎っ!?」


 しかもあろうことか、私が本当にノーライフキングに見えてしまっているようなのです。


「わ、私ですっ! 私がベルエールです……っ!」

「ちぃっ! 訳の分からねぇこと言いやがって……っ!」

「し、信じてくださいっ!」


 私の訴えも虚しく、二人の全身から闘気が膨れ上がりました。


「くそがっ! 俺はまだこんなとこで死ぬわけにはいかねんだよぉっ! 天地爆砕斬ワールドブレイクッ!!」

「全身全霊――剛・正拳突きぃぃぃぃぃぃっ!」


 ちょっ!?

 だから私はノーライフキングではないですからあああああああああっ!?



    ◇ ◇ ◇



 突然どこからともなく飛んできた嘘みたいに巨大な剣。

 それに押し潰された俺だったが、もちろんその程度で死ぬはずもなく、土の中から這い出してみると、先ほどまでいなかったはずの金髪の男が加わっていた。


 その後、この金髪は次々と禍々しい剣を生み出しては、俺を攻撃してきた。

 恐らく魔剣の類だろう、刀身に牙があって噛みついてくる剣だったり、悍ましい眼球を持つ剣だったり。


 さすがの俺もびびったが、結局そのどれも俺には効かなかった。

 そしてどれも効果がないと分かるや、金髪は空飛ぶ剣に乗って、猛スピードでどこかへ飛んで行ってしまった。


「逃げた……?」


 戻ってくる様子はない。

 俺が言うのもなんだが、なかなか見事な撤退だ。


 あの多彩な魔剣の数々といい、あの金髪は相当な実力者だろう。


 一方的に攻撃を浴びてちょっとイラっとはしたものの、後を追う気はない。

 空を飛ぶことなんてできないし、わざわざ追いかけて報復しては、それこそ危険なアンデッドそのものだ。


「あーあ……またどこかで服を調達しないと……」


 ほぼ全裸になってしまった。

 こんな姿では船になんて乗れない。

 てか、その前に間違いなく聖騎士少女に怒られる。


 しかも今は真っ昼間だ。

 さすがに裸で目の前の街に入るわけにはいかないし、夜になるまで待つのも退屈である。


 かといって、この裸で街道を移動するわけにもいかない。

 この辺りは身を隠せそうなところもないし……。


 ふと、思った。

 ……俺、空を飛べないのだろうか?


 最上級の風魔法の使い手は、自在に空を飛ぶことすら可能だと聞く。

 しかし俺はほんのそよ風程度しか発生させることができず、とてもではないがそんな真似はできなかった――人間だった頃は。


 ただのファイアボールですら、あれだけの威力なのだ。

 今の俺なら、拙い風魔法であっても、自分を空に浮かせることくらいできるのではないか?


 もし空を飛ぶことができるようになれば、裸でも誰かに見られる心配なく、移動することが可能になるだろう。


「よし、試してみよう」


 早速、俺はチャレンジしてみることにした。

 幸いこのアンデッドの身体なら、幾ら失敗したって何の問題もないしな。


「……エア」


 地面に向かって、超初歩的な風魔法を発動する。


 本当は魔物に見つからずに接近できるよう、風向きを調整するために習得を試みたのだが、ほとんど意味がないくらいの微風しか発生できなかった。

 どうやら俺には絶望的なくらい風魔法の才能がなかったのだろう。


 ブオオオオオオオオンッ!!


「うおっ!?」


 そんな俺が、気づけば猛烈な風を足元に叩きつけ、その反動で思い切り空へと吹き飛ばされていた。


「上手くいった……っ!?」


 いや、問題はここからだ。


 十分な威力の風を発生させられることは分かったが、まだ吹き飛んだだけ。

 空の上で浮遊できなければ、これを移動手段にはできない。


「くっ……調整が難しい……っ!」


 空中でぐるぐると回転してしまったり、上空へ大きく飛び上がったりして、なかなか安定して飛ぶのが難しい。


 それでもしばらく練習を続けていると、かなり制御できるようになってきた。

 この上達速度の早さも、アンデッドになったお陰だろうか。


「まぁ、後は飛びながら慣れていけばいいだろう。って、よく見たら向こうに海が見えるな……最初からこれをやってたら道を聞く必要もなかったのか……」


 それにしても……フル〇ンで空を飛ぶのって……ちょっと興奮する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る