第72話 這い出してきた

 自分で言うのもなんだけど、〝魔剣喰い〟のビルゼスと言えば、今や冒険者業界では知らないものなどいない名前だ。

 この二つ名の由来は、世界中で僕だけが使える特殊能力。


 ――魔剣複製。


 ありとあらゆる魔剣を、触れただけで複製できてしまうという規格外の能力だ。

 それを生まれながらにして与えられている僕は、まさしく神に愛された存在と言っても過言ではないと思う。


 最初にこの力に気づいたのは、駆け出しの冒険者だった頃。

 武器屋に置かれていた古臭い剣に、たまたま触れてしまったときだった。

 偶然にも、その剣が魔剣だったのである。


 以来、魔剣の噂を聞きつけては足を運び、それを複製していった。

 複製と言っても、必要なときだけ僕の魔力で顕現させているため、普段は持ち運ぶ必要がない。

 そのため複製すればするほど、使える魔剣の数が増えていく。


 この世界には様々な魔剣が存在していた。

 もちろん微妙な性能の魔剣も多いが、中には破格の性能を持つものもあった。


 例えば、振るうだけで周囲を炎の海に変えてしまえる魔剣。

 例えば、相手を支配し、どんな命令にも逆らえないようにしてしまう魔剣。

 例えば、異界のドラゴンを召喚できる魔剣。


 そんな魔剣を自在に使えるのだ。

 僕が冒険者の階級を駆け上がっていくのは必然だった。


 そうして白金等級となった僕だったけれど、未だに頂点には至っていない。


 実力ならば、とっくに神金級に相当していると自他ともに認めている。

 それでもまだ白金等級に甘んじているのは、ひとえに実績だ。


 神金級に至るためには、世界中が英雄と称えるレベルの功績を上げる必要があるのである。


 かの英雄王は、かつて冒険者だった時代、災厄級の魔物を討伐したことで神金級として認められた。

 しかし災厄級の魔物など、そう簡単にお目にかかれるような存在ではない。


 僕は魔剣集めと並行し、英雄クラスの実績を打ち立てるべく、各地を転々としてきたけれど、未だに遭遇できずにいる。


 そんなときだった。

 ノーライフキングが新たな災厄級としての認定を受けたのは。


 僕はすぐさまこの国へと飛んできた。

 そうして根気強く神出鬼没なノーライフキングを探し続け……ついに発見したのである。


 地上だ。

 どうやら他の冒険者と戦っているところのようだった。


 僕は飛行を可能にする魔剣に跨り、空からその様子を観察する。


「白髪に赤い目……うん、間違いないかな。それにこの魔力……正直、災厄級ってほどかなとは気はするけど、普通の魔物とはケタ違いだし」


 そのノーライフキングは、拳一つで地面に巨大なクレーターを作ってしまった。


 あの冒険者たちでは適うはずもない。

 ……何であの程度で災厄級に挑もうと思ったのか、不思議に思うレベルの連中だ。

 せいぜい銀等級くらいかな。


 まぁせっかく注意が彼らに向いているんだし、それを上手く利用してやろう。


 この僕が神金級に至る決め手となる、記念すべき一戦だ。

 なら、派手にやらなくちゃね。


 僕が選んだのは、何本もある魔剣たちの中でも、最強の一角。

 その名はティターンソード。


 巨人族の巣でコピーした代物で、恐らくは世界最大の剣だろう。

 なにせその全長は五十メートルを超えているのだ。


 そいつを空高くに顕現させると、地上にいるノーライフキング目がけ、高速落下させる。

 直前でこちらに気づいたようだが、もう遅い。


 ティターンソードはノーライフキングの脳天に突き刺さり、そのまま地面を爆砕させた。

 冒険者たちはその巻き添えを喰らい、衝撃に吹き飛ばされていく。


 まぁあれくらいじゃ死なないだろう。

 死んでたらまぁ運が悪かったってことで。


 ノーライフキングにやられたとでも言っておけばいい。

 どのみち僕がいなくちゃ、殺されてただろうしね。


 ティターンソードの柄に乗って、地面にできたクレーターの中心を確認してみたけれど、ノーライフキングの姿は跡形もなかった。

 はっはっは、やっぱり一溜りもなかったみたいだね。


「け、剣……?」

「何だこのバカでけぇ剣はよ!?」

「な、なかなか壮観であるな……」


 一方、冒険者たちは無事みたいだ。

 僕は彼らに声をかけてみる。


「やあやあ君たち。この僕のお陰で命拾いしたね!」

「あ、あなたは、もしや……〝魔剣喰い〟のビルゼス……」

「お、知ってる? やっぱり僕って、超有名人みたいだねぇ!」


 まぁ同業者なら当然だけどね。

 むしろ知らなかったらモグリと言ってもいいくらいだよ。


「ん? どうしたのかな? あ、さては僕に出会えて感動しちゃってる? あはは! サインが欲しいなら今のうちだよ!」


 きっとこれから僕のサインの価値は爆発的に高まることだろう。

 君たち、色んな意味で運が良かったねぇ。


「の、の、のっ」


 ……あれ? どうしたのかな?

 なんかちょっと様子がおかしいけど……。


「……の?」

「ノーライフキングがっ……地面から這い出してきたあああああああああっ!?」

「な、何だってっ!?」


 僕は慌てて後ろを振り返って、絶句してしまう。


 突き刺さったティターンソードの根元のすぐ近くだ。

 そこに一本の腕が生えていたのだ。


 ちょっ、う、う、嘘だろう!?

 確かに僕のティターンソードの直撃を受けたはず……っ!


「い、いやいや、あ、あれはきっと腕だけだよ! 腕だけ衝撃で弾け飛んじゃって、ちょうどあの場所に落ちた! そう、そうに違いない! だからあの先に身体なんてない――」


 必死に言い聞かせようとしたまさにそのとき、続いて頭が地面から生えてくる。

 さらに胴体、逆の腕と続いた。


 まるで墓から這い出てくるゾンビだが、そんなに可愛らしい存在ではない。

 いやゾンビも可愛くないけど。


 何でまだ生きているんだよ!?


 間違いなくティターンソードは奴を脳天から押し潰した。


 普通は全身を圧砕されてしまえば、アンデッドであっても再生不可能になるはずだ。

 なのに地面から這い出してきたその身体は、土砂で汚れ、衣服は破れてほぼ裸になってはいるものの、まるで損傷している様子がない。


「は、ははっ……なるほど、これが災厄級か……」


 さすがの僕も引き攣った顔で笑うしかなかった。

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