第54話 原因を見つけた

「貴様ッ、なんてものを見せているッッッッッ!?」


 聖騎士少女は叫びながら手にしていた槍を思い切り突き出してきた。

 渾身の刺突が胸に直撃し、俺は吹き飛ばされてしまう。


「はっ? つい……」


 つい、って……俺じゃなかったら死んでたぞ?


 股間を隠しながら起き上がった俺は、今の衝撃のお陰か、少し冷静さを取り戻していた。

 それにしても最近、裸になってばかりだな……。


 残ったフロント部分を腰に巻き付け、ひとまず一番大事な部分を隠しておく。

 上半身は裸のままだが……まぁこれくらいは仕方ないだろう。


 俺がどうにか見れる状態になると、聖騎士少女が申し訳なさそうに謝ってきた。


「す、すまなかった……。貴様も別に、あんな汚いものを見せたくて見せたわけではないのにな……」


 そこわざわざ汚いって言わなくてもよくね?


「き、気にするな……。……っ! それより気を付けろ! まだ地中にいるぞ……っ!」

「っ!」


 地面があちこち盛り上がったかと思うと、食人植物が次々と飛び出してきた。

 どうやら他にもいたようだ。


「いや……もしかして、まとめて一つの魔物か……っ!」


 捕食器官を幾つも持っているのだろう。

 先ほど破壊したのはそのうちの一つに過ぎなかったということだ。


 だが数が増えようと、たかが知れている。

 先ほどのような罠からの奇襲であればともかく、これなら大したこと――


 ドバドバドバッ!


 ――と侮っていると、いきなり消化液を巻き散らし始めた。

 雨のように降り注ぐそれは、当然また衣服を簡単に溶かしてしまうわけで……


「「逃げようっ!?」」


 互いの意見が一致し、俺たちは一目散にこの場から離脱したのだった。







 食人植物の動きは遅いので逃げるのは簡単だった。

 十分に離れたことを確認して、俺たちは足を止める。


「危なかったな……」

「また貴様の汚いものを見せられる羽目になるかと思ったぞ」

「さらっと汚いって言うのやめてくれよ……」

「違ったか? ……ははっ」


 何を思ったのか、いきなり聖騎士少女が笑い始めた。


「貴様、思っていたよりずっと話せるじゃないか。いや、段々と話せるようになってきたと言った方がいいか」

「っ……」


 自分でも言われて気が付いた。

 確かに最初よりもまともに会話ができている気がする。


「なるほど、打ち解ければちゃんと話してくれるということか」

「……気難しい老人みたいに言わないでくれ」

「あながち間違っていないだろう? 遥か昔に死んだ人間なのだしな」


 それからしばし休息を取ることにした。

 すでに日が暮れかけており、探索は夜が明けてから再開ということになりそうだ。


 俺一人なら夜中でも探索できるんだが……。


 木の根を椅子に見立てて腰掛け、聖騎士少女が保存食を齧り始める。


「貴様は食べないのか?」

「……アンデッドだからな。食事も睡眠も必要ない」

「それでどうやって身体を維持しているのだろうな。不思議だ」


 言われてみたらそうだ。

 身体の部位が消失してもすぐに元通りになるが、あれは一体どこからやってくるのか。


 食事が終わると、聖騎士少女はその場で横になった。


「少し仮眠を取るが……逃げないでくれよ?」

「わ、分かってる。魔物が来てもどうにかするから、安心して寝ればいい」

「なら、魔物避けの魔道具を使う必要はなさそうだな」


 俺も前世で経験があるが、こうした場所で野宿をする際は、必ず寝ている間に魔物に襲われないような対策を取るものだ。

 しかし当時は魔物が嫌がるお香を焚くのが一般的だったが、今は便利な魔道具があるらしい。


 あっという間に眠りについたようで、五分もすると聖騎士少女から規則正しい寝息が聞こえてきた。


「……こんな得体のしれないアンデッドの傍で、よく眠れるな……」


 無防備に眠る少女に、思わず呟く。

 もちろん何もする気はないのだが……。


 それはそうと朝まで暇だ。

 俺は退屈を紛らわすため、頭の中で盤上ゲームでもすることにした。



     ◇ ◇ ◇



 ……どうやら逃げるつもりはなさそうだ。


 木の陰に横なりながら、私はそう確信した。


 今まで何度も逃げられてきたからな。

 念のため、寝たふりをして様子を伺うことにしたのだ。


 もっとも、本当に逃げようという気があるなら、とっくに逃げているだろうが。

 奴が本気を出せば、私では到底追いつくことができないのだから。


 それにしても不思議だ。

 相手は忌むべきアンデッドだというのに、私はまるで恐れていない。


 今も、奴が逃げることを心配してはいても、襲われる危険性はまったく感じていないのだ。

 もちろん寝込み以前に、この森に二人だけで立ち入った時点で、すでに私の命は奴に握られてしまっているわけだが。


 ようやく本人とのコンタクトに成功した私は、奴にアンデッドの王国を築こうという意思などさらさらないことを確認した。

 それどころか、自ら浄化されることを希望しているという。


 まったく、一体どこが大災厄級だろうか。

 確かにそれだけの力を持ってはいるが、何も怖れる心配などない。

 その中身は、自らが得た強大な力を持て余している、ただの青年でしかないのだ。


 こんな人畜無害な男に、世界中が慌てふためいている。

 なんとも滑稽な話だった。



     ◇ ◇ ◇



「……かなり魔物が増えてきたな」

「ああ。もしかしたら近いかもしれないぞ」


 翌朝、探索を再開した俺たちは、さらに森の奥深くへと分け入っていた。

 魔物の数に加えて、凶暴さも増してきていることから、異常発生の原因に近づいてきているのは間違いないだろう。


 そして、その場所へと辿り着いた。


「……建物?」


 森の中の、不自然に少し開けた場所。

 そこにあったのは明らかに人工的な建物だ。


「あちこち壊れているが、見たところまだ新しいな」


 聖騎士少女が半壊したそれを眺めながら呟く。

 そうして観察している間にも、崩れた壁の穴から数体の魔物が出てきた。


 こちらを見つけて襲い掛かってくるが、俺がワンパンで蹴散らす。


「この建物の中から魔物が……?」

「その可能性は高いな」


 俺たちは建物の内部へと侵入した。


「砦でもなければ、住居という感じでもない。一体ここは何だ……?」


 幾つかの部屋を発見し、覗いてみた。

 大き目の机などが並んでいたり、謎の装置があったりするが、何のために使われていたのか俺にはさっぱり分からない。


 だが聖騎士少女には何かピンとくるものがあったらしく、


「……どうやら何かの研究室のようだな」

「研究室?」

「ああ。何を調べていたのかまでは分からないが、見たところそんな風に思える」


 どの部屋も魔物に荒らされていたが、発生源ではなさそうだ。

 俺たちはさらに建物の奥へと進んでいった。


 そうして足を踏み入れたのは、今まで見た中で最も広い部屋だった。


「何だ、ここは……?」

「黒い渦……?」


 部屋全体を覆い尽くすほどの漆黒の渦がそこにはあった。

 その正体は恐らく、禍々しくも濃密な魔力だ。


「っ! 魔物が……っ!」

「グルアアアアッ!」


 立ち昇る黒い蒸気が形を成したかと思うと、一匹の熊の魔物と化した。

 やはりこの渦こそがこの魔物の大量発生の原因らしい。

 熊に続いて、すぐにまた別の魔物が姿を現す。


 視認できるほどの魔力が渦を巻き、そこから魔物を次々と生み出しているのだ。

 だがこんな現象、見たことも聞いたこともない。


 呆然としている聖騎士少女の様子から察するに、彼女もこんな渦を見たのは初めてのようだ。


「と、とにかく、これを破壊しさえすれば、魔物の発生は止まるはず……っ!」


 我に返った彼女が槍を構えた。

 そして魔物が途切れた瞬間を見計らって、渦の中心へと突っ込んでいく。


「はあああああっ!」


 聖なる光を帯びた槍の先端が、魔力の渦の中心へと叩き込まれた。


 ……やったか?


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