第53話 まんまと引っかかった

 俺は聖騎士少女とともに街の外にやってきていた。

 色々あって、これから彼女と魔物の異常発生の原因究明に取り組むことになったのだ。


 ……いや、別に一人でよかったんだけどな?

 だが今さら断り辛い。


 何より彼女は俺の目的を果たす上で、重要なファクターだ。

 ここで機嫌を損ねてしまうわけにはいかなかった。


「……さて。最初の問題は、どっちに行けばいいかだな……」


 聖騎士少女はそう言って、ぐるりと四方を見渡す。


 え?

 もしかしてどこに向かえばいいかも分からずに出てきたの?


 俺は見かねて北東にある森を指さした。


「……あっちだ」

「……? 分かるのか?」

「ああ……魔物が一番、多かった……恐らく、あの森から溢れてきているのだろう」

「よし、ではあの森に向かおう」


 そうして俺たちは森へと歩き出す。


 やはり森が近づくにつれ、魔物の数が増えていく。

 それらを蹴散らしながら森へと辿り着いた。


 ……本当は俺が魔力を開放すれば、勝手に逃げて行ってくれるので、いちいち戦う必要もないんだけどな。

 ただ、そうするとこの聖騎士少女が気を失いかねないのでやめておく。


 森の奥を覗いてみると、そこかしこに魔物の影があった。

 どうやら森の中はさらに多くの魔物に溢れているらしい。


「なるほど、確かに魔物が多いな……」

「……大丈夫そうか?」

「心配は要らない」


 強気の聖騎士少女が先に行こうとするので、俺は慌てて追い抜いた。


「何の真似だ?」

「俺が……先に行く」

「……」


 さすがに年下の少女の後ろを付いていく形は、男として恥ずかしい。

 それに俺の方はこの身体だ。


「な、何かあっても……死なないからな……」


 遭遇する魔物を倒しつつ、俺たちは森の奥へと進んでいった。


 広大な森だ。

 闇雲に探索していては、どれだけ時間がかかるか分からないが、生憎と場所の見当がついているわけではない。


 ただ、恐らく発生源に近づけば近づくほど、魔物の数も多くなると予想できる。

 なのでその辺りを頼りにして調査を進めるしかないだろう。


「……下手したら……何日か、かかるかも……しれない」

「心配するな。こう見えて、何度も野宿の訓練をしている」

「……」


 俺は眠る必要も食べる必要もないんだが……。

 どう考えても足並みが揃わないし、俺一人の方が色んな点で簡単だと思う。


「……待った。何かの気配が……」

「グルアアアアアッ!」


 草木の影に身を潜めていたのか、突然、巨大な獅子の魔物が襲いかかってきた。

 よく見ると顔が人面のようで、非常に気持ち悪い。


「マンティコア!? 気を付けろ! 奴の尾の先端には毒針が付いているぞ!」


 聖騎士少女が注意した傍から、マンティコアが長い尾を振り回し、攻撃してくる。

 先っぽが瘤のように大きく膨らんでいて、そこが無数の針に覆われていた。


「って、貴様に言っても仕方がなかったな……」


 俺は構わず右手一本でそれを受け止めようとする。

 マンティコアが人面を歪めてニヤリと嗤うが、


「いや、俺には効かないぞ」


 瘤をがっしりキャッチ。

 針がバキバキと折れて地面に転がった。


 マンティコアの顔が盛大に引き攣る。

 毒針がまったく効かない相手に恐怖を覚えたのか、踵を返して逃げようとした。


 もちろん逃がしはしない。

 そのまま尻尾を掴んで離さずにいると、マンティコアが幾ら必死に四肢を動かしても、一向に前に進むことはできなかった。


 力を入れて引っ張ってやると、マンティコアの巨体が引き摺られてくる。


「~~っ!?」


 そのままぐるぐるとマンティコアをぶん回してから、近くの大木目がけて放り投げた。

 ぐしゃっ!


 頭から幹に激突したマンティコアは、そのまま動かなくなってしまった。


「……相変わらず出鱈目だな。マンティコアは個体によっては、災害級に指定されてもおかしくない魔物なのだが……」


 聖騎士少女が呆れた顔を向けてくる。


「それより……声が、しないか……?」

「声だと?」


 訝し気に眉を寄せる聖騎士少女。

 どうやら彼女には聞こえていないらしい。


 まぁ今の俺の聴覚は異常だからな。

 きっと普通の人間には聞こえないような小さな音なのだろう。


「子供の……泣いているような声……」

「子供だと? まさか、こんな森に……?」

「……こっちだ」


 俺はその声を頼りに、森の中を進んでいく。


「ううう……ううう……」


 段々と声が近づいてきた。

 やはり子供が啜り泣くような声だ。


「確かに聞こえる……。それにしてもこれだけ遠くの音をよく聞き分けたな……?」


 どうやら聖騎士少女にも聞こえたようだ。


「っ……あれか」


 やがて俺たちが発見したのは、草むらに蹲る小さな影だ。

 その身体の大きさは十歳くらいだ。


「大丈夫かっ?」


 聖騎士少女が傍に駆け寄ろうとする。

 一方で、俺は違和感を覚えていた。


 遭難したにしても、これだけ魔物が溢れている森だ。

 これだけ深い場所にまで子供が一人で入り込んで、無事で済むものだろうか。


 それにあの子供、気配が少しおかしい。

 というより、気配が感じられないのだ。


 むしろ気配があるとすれば、地面の方に――


「ま、待て……っ! 近づくな……っ!」


 ある可能性に至って、俺は慌てて聖騎士少女を呼び止めようとした。

 だがそのときにはすでに、彼女は子供のすぐ傍だった。


「どこか怪我は――なにっ?」


 彼女が子供の肩を叩くと、それだけでコロンと転がった。


「これは……」


 あれは子供じゃない。

 植物の蔦や根っこが絡まり合い、人間の子供の姿を模しているだけだ。


「ううう……ううう……」


 この泣き声のような音の発生源は、下。


「なっ!」


 直後、聖騎士少女の足元の土が消失し、その身体が宙に浮いた。

 見ると、短剣のような牙……いや、刺が地面の中で待ち構えている。


 人を喰らう植物の魔物だ。

 子供に見えたのは、人間を誘き寄せるために作り出した罠だったようだ。


 巨大なハエトリグサを思わせるそれは、ドラゴンの顎のような捕食葉で、落ちてくる聖騎士少女を喰らおうとする。


「くそっ」


 俺は咄嗟に大地を蹴っていた。

 一足で距離を詰め、すんでのところで聖騎士少女の腕を捕まえる。


 だがこのままでは彼女を引っ張り上げるより、捕食葉の方が先に閉じてしまう。

 次の瞬間、俺は自ら穴の中へと飛び込んでいた。


 そのまま聖騎士少女を庇うように抱き締めると同時、捕食葉が俺ごと包み込む。

 よく見ると葉の内側にもびっしりと小さな刺が生えており、それが全身に突き刺さってきた。


 さらには毒液か消化液か、ぬるぬるした液体がどこからともなく湧き出してきてくる。


「だ、大丈夫か……?」


 って、顔がめちゃくちゃ近い!?


 すぐ目の前に聖騎士少女の整った顔があって、俺は大いに狼狽えた。

 しかも不可抗力とはいえ、その身体を抱き締めてしまっているのだ。


 むしろ俺の方こそ大丈夫じゃない。

 もちろん身体の方は痛くも痒くもないが、精神の方がヤバい。


 こんな状態が長く続いたら死ねないけど死ぬ。

 一刻も早く脱出しなければ……っ!


 ぼんっ!


 拳で殴りつけると、思ってたよりずっと簡単に捕食葉が弾け飛んだ。

 逆の葉を蹴って外に飛び出すと、聖騎士少女を放り投げる。


「いや普通、投げるかっ!?」


 そんな抗議の声がした気もするが、それどころではない。


「ともかく、貴様のお陰で助かった。礼を言う」

「ききき気にするなああああっ」

「……大丈夫か?」

「おおおっ、俺ははははまままままったく問題ないいいいいいっ!」


 テンパって自分でも訳の分からないことを口走る俺。


 と、そのときだった。

 どうやら先ほどの消化液、思いのほか、強力なものだったらしい。


 俺の身体には例のごとく効かなかったが、衣服の方には大いに影響があったようで、まともに浴びてしまった背中側の大部分が溶けてしまっており――


 はらり。


 どうにか残っていたフロント部分が、俺が動いたせいで地面に落ちる。

 その結果、見苦しいものを聖騎士少女の目の前で晒してしまうこととなった。


「~~~~~~~~~~ッ!? 貴様ッ、なんてものを見せているッッッッッ!?」

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