第55話 やってなかった
「はあああああっ!」
聖騎士少女の槍が漆黒の渦を叩く。
鮮烈な光が弾け、渦を構成していた魔力が散った。
「っ……」
だがそれはごく一部。
しかもすぐに周囲の魔力が欠けた部分を修復し、元通りにしてしまう。
さらに、こちらの攻撃に反応したのか、黒い蒸気が一気に噴き出し、一度に何体もの魔物を形作っていく。
「「「グルアアアアアアアアアアッ!!」」」
どれも大型で狂暴な魔物ばかりだ。
俺たちを排除しようという意図が感じられ、まるであの渦そのものが生きているかのようにも思える。
「来るぞっ! 気を付けろ!」
「ファイアボール×10」
俺はファイアボールを連射した。
森の中だと火事になりかねないので封印していたが、ここなら大丈夫だろう。
すべて魔物に直撃し、あちこちで猛烈な火柱が上がる。
「……熱っ!? 貴様っ、こんな室内で火の魔法を使うなっ!」
「あ、悪い……」
……怒られてしまった。
俺の方はまったく何ともないのだが、どうやら聖騎士少女にはこの熱風だけでも火傷しそうなほどらしい。
ただ、俺は火の魔法くらいしか使えないんだよな……。
まぁ別に徒手空拳で戦えばいいか。
炎が収まったときには、魔物はすべて骨と灰になっていた。
「あれだけの魔物を一瞬で……」
聖騎士少女が呆れている。
その間にも第二陣が出現していた。
しかも今度はいかにも火や魔法に耐性がありそうな魔物ばかりだ。
明らかに今の攻撃に応じて吐き出してきている。
本当にこの渦、まるで生きているようだ。
どのみちファイアボールは使えない。
俺は迫りくる魔物の群れに、拳一つで立ち向かう。
「私も戦うぞ!」
聖騎士少女とともに、次から次へと渦から生み出されていく魔物を一掃していく。
やはりこの渦は敵の行動を学習していくようで、雑魚では敵わないと見ると、今度は一体の巨大な魔物をけしかけてきた。
災害級に指定される巨人アトラスだ。
だがそれもあっさり倒してやると、次は黒煙や液体金属などといった、不定形のものが意思を有した魔物を出してくる。
物理攻撃も魔法もほとんど効かない厄介なタイプの魔物だ。
ただし、それぞれに弱点がある。
黒煙なら風の魔法で四散させてしまえばいいし、液体金属なら冷却魔法で個体にしてしまう、といった感じだ。
「っ! そうは言っても、そんな多彩な攻撃手段はっ……」
「面倒だし、これも拳で何とかできるんじゃないか?」
俺は黒煙の魔物に躍りかかると、拳で思い切り殴りつけた。
発生した衝撃波が黒煙を一瞬で掻き消す。
さらに液体金属にも拳を見舞う。
弾け飛んで消失した。
「……出鱈目だな」
「次は何だろう?」
「貴様、少し楽しんでないか?」
何でも飛び出してくる魔力の渦に、ついわくわくしてきていると、
ぶうううううううううんっ!
そんな音とともに、黒い靄のようなものが現れる。
また先ほどの煙のようなやつか……と一瞬思ってしまったが、よく見るとその靄、視認可能なくらいの小さな物体の集合体だった。
「それにこのどこかで聞いたことのある耳障りな音……」
「まさか」
靄なんかじゃない。
それは無数の蚊だった。
ぶうううううううううんっ!
蚊の大群が襲い掛かってくる。
俺は咄嗟にこれまでのように拳を振るった。
しかしそれで倒せる数はごく僅か。
加えて身体が小さいせいか、衝撃波で吹き飛ばされても大したダメージにはなっていない。
全身に蚊が纏わりついてくる。
そして一斉に吸血され――――うん、俺、アンデッドだから血は流れてないんだよな。
「「「……?」」」
血を吸えないことに気づいたのか、蚊が首を傾げている。
「こ、こっちくるなああああああああっ!?」
一方、聖騎士少女は必死に逃げ惑っていた。
あれだけの蚊に血を吸われれば、ミイラになってしまいかねない。
「仕方ない」
俺は魔力を解放した。
「「「~~~~~~っ!?」」」
純粋な魔力を蚊の大群にぶつけてやると、それだけで気を失ったのか、一斉に地面へと落ちていく。
床が真っ黒に染まってしまった。
「……っ、こ、この、魔力は……」
蚊から逃げていた聖騎士少女も、意識を失わないまでも、地面にへたり込んでいる。
……だからあまりこの方法は使いたくなかったんだよな。
せっかくまともに会話ができるようになったのに、怖がらせてしまった。
さすがの彼女も、また俺のことを危険なアンデッドとして認識するようになってしまうことだろう。
「そ、そうか……これが貴様の本当の魔力……」
「……わ、悪い」
「? なぜ謝るんだ? お陰で助かった」
その言葉に俺は思わず耳を疑う。
「……俺が、怖くないのか?」
「怖い? そんなの今さらだろう。貴様が本気で私を殺そうとしたら、その時点で私は死ぬ。それを承知した上で、私はこうしているんだ」
恐る恐る問うと、そんなふうに一笑されてしまった。
か、かっこいい……。
そんなこと言われると、拒否されることを怖がっている自分自身が、本当に情けなく思えてしまう。
「それより、また何か出てくるぞ!」
言われて渦の方に視線を向けると、性懲りもなくまた新たな魔物を出現させていた。
「くっ……一体どうすればっ……」
終わりの見えない戦いに、さすがに聖騎士少女の顔にも疲れと焦燥の色が見えてくる。
「このまま魔物を倒し続けたところで、この渦が収まるとは限らない。だが、この聖槍をもってしても魔力の一部が散るだけ……。加えて、ただの物理攻撃は恐らく通ないだろう……」
確かに物理攻撃は効かなさそうだ。
そこで俺はふと思いつく。
「なら、魔力をぶつけてみたらどうだ?」
「魔力を……?」
「手には手を、歯には歯を、魔力には魔力を、というだろう?」
俺は再び魔力を解放すると、それを右の拳へと集束させていく。
そして地面を蹴ると、立ちはだかる魔物を体当たりで吹き飛ばしつつ、渦の中心へ。
「せいっ」
ドゴオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
凄まじい轟音とともに地面が弾け飛び、隕石でも落下したかのような巨大なクレーターができあがる。
床いっぱいに蜘蛛の巣状の亀裂が走り、それは周囲の壁にも及んで、元から崩れかけていた部分が完全に崩壊した。
魔力の渦は消し飛んでいた。
跡形も残っていない。
……ちょっとやり過ぎたかもしれないな。
振り返ると、罅割れた床の上に座り込み、聖騎士少女が唖然としていた。
「……大丈夫か?」
「も、も、もちろんだっ」
よかった。
ちょっと声が震えてはいるが、やはり俺のことを怖がってはいないようだ。
◇ ◇ ◇
いやいやいや、めちゃくちゃ怖かったんだが……っ!?
私は思わず叫びそうになってしまった。
だが聖騎士としての矜持でどうにか堪えた。
魔力の渦が完全に消失し、床にはクレーターめいた巨大な穴が開いていた。
……なんという凄まじい魔力だろうか。
あの竜帝二体に睨まれたときでも、これほどの恐怖は感じなかった。
大災厄級。
目の前の青年は、まさしくそれに相当する存在なのだ。
直接その魔力をぶつけられたわけでもないというのに、腰が抜けて動くことができない。
それどころか……その……す、少し、出てしまった。
何がとは言えないが。
今まで奴が本当の魔力を抑え込んでいたから、私は恐れずに近づくことができていたのだろう。
「……大丈夫か?」
「も、も、もちろんだっ」
しかし先ほどあんなことを言った手前、怖がるわけにはいかない。
私は必死に取り繕う。
本当にこの白髪を聖教国に連れ帰っていいものか。
私の心は揺らぎかけてしまうのだった。
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