第52話 ようやく観念した

 兄妹に連れてこられたのは、都市のスラム街だった。

 彼らはここに、他の子供たちと一緒に避難し、魔物に怯えながら暮らしているのだ。


「白いお兄ちゃん、あのときは助けてくれてありがとう!」

「……いや」

「最初はびっくりして、怖がっちゃってごめんね……?」

「……気に、してない」

「よかった! 嫌われちゃったかと思ってた!」

「……そんなことは……ない……」


 妹の方がやたらと積極的に話しかけてくる。

 随分と懐かれてしまっているが、悪い気はしない。


 たとえ女であっても、さすがにこれくらいの子供であれば、こうして会話くらいできるのだ。

 ……異論は認めない。


「なぁ、兄ちゃんは一体どこから来たんだ?」

「……あっち」

「あっちってことは、もしかしてタナ王国の方?」


 少年に訊かれ、俺は頷く。


「すげぇなー。異国には兄ちゃんみたいに強い奴がいっぱいいるのか?」

「……どうだろう」


 よしよし、今のところいい感じでコミュニケーションが取れているぞ。


 それから二人に案内されたのは、ボロボロの家屋だ。

 これでもスラム街ではマシな方らしく、彼らが寝泊まりしているという。


 中は狭く、どこからか拾ってきたような最低限の家具が置かれているだけだ。


「白い兄ちゃん、あれからずっと街の魔物を倒してくれてたんだろ? お陰で食料の調達がやりやすくなったぜ」

「……」


 俺が密かにやっていたことを、彼らは察してくれていたらしい。

 なんだか恥ずかしくて、俺は目を泳がせる。


 二人は街がこうなってしまった経緯などを話してくれた。


 魔物の異常発生により、半月ほど前に都市の住人たちが大挙して逃げていったそうだ。

 その際に取り残されたのがスラムの幼い子供たちで、このスラム出身でもある兄妹は、彼らために逃げずにここに留まったという。


「ただ、食料もなかなか見つからなくなってきちゃってさ。このまま異常発生が収まらなかったら……」


 ……やはり異常発生の原因を突き止め、それを解消するしかなさそうだ。


「し、しんぱ――」


 心配は要らない、俺が何とかしてやるから……と言いかけたそのときだった。

 出入り口のところに、見覚えのある女が現れたのは。


「何だ。一応、喋れるんじゃないか」

「っ!?」


 あの聖騎士少女だった。

 まさか、こんなところまで追いかけてきたというのか……っ?


 その凄まじい執念に、俺は戦慄すら覚えた。


「~~っ!」


 咄嗟に逃げようとするが、しかしこの家、窓がない上に、出入り口が一つしかない。

 そしてその一つは、聖騎士少女に塞がれてしまっている。


「今度こそ逃げ場はないぞ」


 聖騎士少女が勝ち誇ったように言う。


 ど、どうすれば……っ!?


「そもそもなぜ逃げようとするんだ? ……いや、貴様を何度も攻撃しておいてこの問いはおかしいか。……だが、私が何をしたところで貴様を浄化することはできないことは、貴様自身もよく分かっているだろう?」


 逃げようとするのは女が苦手だからです。

 なんて、そんな恥ずかしいことを言えるわけがない。


「お姉ちゃん、よく分からないけど、あんまり白いお兄ちゃんを怒っちゃダメだよ!」

「そうだぜ。狼狽えてるじゃないか」


 すると兄妹が見かねて割り込んできた。


「い、いや、私は怒っているわけでは……」

「とにかく、もうちょっと落ち着いて! そうじゃないと、ちゃんと話せないよ! だって、白いお兄ちゃんは極度の人見知りなんだから!」


 ぐふっ……。


 俺は精神的なダメージを受けてよろめいた。

 まさかこんな子供にまで言われてしまうとは……。


「そ、そうか……悪かった」


 聖騎士少女が申し訳なさそうに謝ってくる。


 やめてくれ!

 謝られると余計に恥ずかしいから!


 そして何を思ったか、聖騎士少女は入り口を塞いだまま座り込んだ。


「では時間をかけてじっくりと話をしよう」


 話しが終わるまで梃子でも動かないぞ、という覚悟の目に射貫かれて。

 これは本当に逃げられないぞ……と俺も覚悟を決めたのだった。







「元々は冒険者で、ダンジョン内で死に……気づいたらアンデッドになっていた、か」

「そ、そうだ……あれからどれくらい経ったのか……俺にも、分からない……」


 俺は洗いざらいすべてを吐き出していた。


 最初は時間がかかったものの、段々ちゃんと話すことができるようになってきている。

 それもこの聖騎士少女が腰を据えて、俺の言葉を待ってくれたからだ。


 ちなみにこの家の主である兄妹には、話が終わるまで外に出てもらっている。

 俺がアンデッドだと知られると、また面倒なことになるだろうし。


「つまり、貴様は悪いアンデッドではない、と?」

「も、もちろん……だ」

「世間的には地上に不死者の王国を築こうとしている、凶悪なアンデッドだと言われているぞ」


 ちょっ、どういうことだっ!?

 不死者の王国? そんなもの、考えたことすらない。


 嘘だと思いたかったが、聖騎士少女は真面目な顔をしている。

 どうやら本当のことらしい。


 そもそも俺、今まで何にも悪いことしてないよな?

 なのに何でそんなふうに言われているんだよ……。


「貴様が倒したあの死霊術師がそう言っていたんだ。そしてそれが広まった」

「っ……」


 あいつのせいか……っ!


「お、俺は……そんなつもりは……ない」

「ではあのドラゴンたちは?」


 それを聞かれるとなかなか答え辛いものがある……。


 俺の言うことを信じてくれるかは分からないが、せっかくの機会だ。

 しっかりと主張しておこう。


「勝手に……眷属になった……だけだ……俺の意思じゃない……」

「……なるほど。人間の村や街を転々としているのはなぜだ? お陰でどこもかもパニックに陥っているぞ?」

「こ、怖がらせるつもりはなかったんだ……俺はただ……死ぬ方法を、探しているだけで……」

「死ぬ方法?」

「そうだ……俺は、この世に未練などない……むしろ、一刻も早く眠りにつきたいと思っている……だが、その方法が分からないんだ……知っての通り、ちょっとやそっとじゃダメージを受けないし、浄化もされない……」

「……」


 この聖騎士少女も、聖槍とやらで俺を浄化しようとしてきた。

 だがまったく効果がなかったのだ。


「一体、どうすれば……」

「……ならば、私の国に来てはどうだ?」

「え?」


 突然の意外な提案に、俺は瞬かせる。


「メルト・ラム聖教国。聖メルト教の教主国だ。我が国ならば、貴様を浄化させる方法があるかもしれない」

「ほ、本当かっ?」

「……も、もちろん、可能性の話だ。だが闇雲に探し回るよりもずっといいだろう。……迷惑だしな」


 聖騎士少女は神妙な口ぶりで続けた。


「我々にとって、神の摂理に反したアンデッドは忌むべき存在だ。必ず浄化せねばならない。一方、貴様自身も浄化されることを望んでいる。ある意味、互いの利害が一致していると言ってもいいだろう」

「……確かに」

「本来ならアンデッドを我が国に連れて行くなど不信仰の極みだが、この場合はさすがに咎められまい。……無論、貴様の言うことが真実なら、だが」

「う、嘘は言ってない……俺は、本当にただ、死にたいだけだ……」


 ……本当のことを言っているはずなのに、言葉がたどたどしいせいで、嘘を吐いているようにも聞こえてしまうのだ。

 我ながら自分のコミュ障っぷりが嫌になるな……。


「いいだろう。ひとまず貴様のことを信じよう」


 俺の予想に反して、聖騎士少女は頷いた。


「い、いいのか……?」

「貴様が悪いアンデッドではないことは、これまでの行動から分かっている。第一、そこまでの力を持っていながら、嘘を吐く必要などないだろう」


 よ、よかった。

 これで目標に大きく前進できたかもしれない。


「ただ、その前に一つやるべきことがある」

「……?」

「この魔物の異常発生の原因を取り除きたい。貴様も力を貸してくれるな?」

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