第51話 白髪が近くにいた
途中でつっかえてしまったときは焦ったが、何とか穴を通り抜けることができた。
「ここは……?」
「新城壁と旧城壁で囲まれた場所で、元はスラム街だったんだ」
少年が言う通り、粗末な家屋が所せましと並んでいる一帯だ。
狭い路地やみすぼらしい扉から次々と人が出てきて、わらわらと集まってくる。
「おにーちゃん、おねーちゃん、おかえり!」
「そっちのおねーちゃん、だれー?」
子供ばかりだ。
中にはまだようやく歩き始めたばかりといった幼児の姿もあった。
「ここには逃げ遅れた子供が隠れてるんだ」
「逃げ遅れた?」
詳しく話を聞いてみると、どうやら半月ほど前、魔物の異常発生を受けて、都市の住人たちがこの街を捨てて逃げていったのだという。
それはここスラム街の住民も例外ではなかった。
しかしその際、大人たちに置いていかれてしまった子供も多くいて、それが今ここにいる子供たちらしい。
「こいつらの多くは小さい頃から知ってるから、放っておくなくてさ」
私が助けた少年と妹の二人は、いずれこの国を出て冒険者になるのが目標で、前々から剣や弓の訓練をしていたという。
そのため二人だけなら逃げることもできたかもしれないが、もっと幼い子供たちのためにここに残り、時々、食料を手に入れるため、魔物が徘徊する危険な都市内を探索しているそうだ。
「そんなとき、たまたま魔物と戦う姉ちゃんを見つけたんだ」
「そうだったのか」
それにしても疑問が残る。
普通は軍隊などが派遣され、直ちに異常発生の原因究明とその排除に乗り出すはずだ。
なぜ半月も放置しているのか。
「大人たちが言ってたけど、この国、自由に軍隊を動かすことができないんだって。変だよね、自分の国の軍なのに」
「……なるほど」
少年の言葉で納得する。
帝国の属国となったことで、ラオル王国軍もまた帝国軍の管理化に置かれているはずだ。
そして帝国軍は現在、隣国への侵略を進めているところで、王国軍もそこに駆り出されているのかもしれない。
いずれにせよ一属国内の問題などに、兵を割きたくないということだろう。
国や領主が期待できないとき、冒険者が重要な役割を果たすことが多い。
しかし帝国にはそもそも冒険者ギルドがなかった。
国際的な組織である冒険者ギルドの存在は、徹底的に他国との交流を排除している帝国にとって都合が悪いのだろう。
「だが私が見た限り、もう随分と魔物の数も減っているように思えた。異常発生も収まりつつあるのではないか?」
「そうなら嬉しいんだけど……。でも、街中から魔物が減ったのは、白い兄ちゃんのお陰かな」
「白い兄ちゃん?」
「うん、すっごく強くて、トロルをあっという間に倒しちゃったんだ!」
二人がいつものように食料確保のため街中を探索していると、家のように巨大な魔物、トロルに遭遇してしまったという。
すぐに歯が立たないと判断して逃げたが、思いのほか動きが速くて追いつかれてしまう。
そこへ現れた救世主が、その白い兄ちゃんとやらだった。
「家のように……?」
確かにトロルは巨漢だが、しかし家ほどあるかというと首を傾げる。
このスラム街の家を基準にしているからだろうか。
「あそこにまだ死体があるよ」
「っ!?」
言われて視線を向けた私は、瓦礫に埋もれた巨体に息を呑んだ。
通常のトロルの身の丈が三メートルほどだとすれば、それは軽く二倍はありそうだ。
横幅も広く、体積としては十倍と考えてもおかしくないほど。
どう考えてもトロルではない。
上位種だ。
「……トロルキング?」
トロルキングは災害級に指定されるほどの魔物だ。
討伐するにはそれこそ軍の出動が必要になるはずだ。
それを単身で倒すなど、もはや人間の領域ではない。
「その白いというのは、もしかして髪の色のことか……?」
「そうだよ。真っ白なの。それに、目が赤かった気がする」
間違いない。
白髪のアンデッドだ。
奴もこの都市に来たらしい。
「その青年がどこに行ったか知っているか?」
「たぶんまだいるよ」
「この都市に?」
「街に侵入した魔物を倒してくれてるみたいなんだ。だから最近、食料を集めるのも楽になって、すごく助かってる」
「ど、どこにいるか分かるか?」
恐る恐る訊くが、兄妹は首を左右に振った。
「それが、分からないんだ。人見知りなのか、どこかに隠れちゃってて」
「ちゃんとお礼を言いたいんだけど……」
たまに見かけることは見かけるらしい。
むしろ向こうから近づいてきているのでは、と思えることも多いという。
だが声をかけようとこちらから近づくと、なぜか逃げてしまうそうなのだ。
……間違いない。
その特徴、やはり奴だ。
しかし人を助けてはくれるのに、なぜ逃げるのか……。
「でも、もうちょっとでお話しできそうな気もする」
「妹が言う通り、逃げるにしても段々と距離が縮まってきてる感じなんだ」
「そ、そうか」
今度こそ私も奴とコミュニケーションを取りたいのだが……もしかしたらこの兄妹の方が上手くいくかもしれないな。
「しばらくここに居させてもらって構わないか? もちろん、何かできることがあれば手伝おう」
◇ ◇ ◇
「それにしてもキリがないな……」
俺は時計塔のてっぺんから都市を見渡しながら呟いた。
ここに来てから、すでに数日が経っている。
あれから都市を徘徊していた魔物を排除したり、魔物の出入りを封じるための簡易なバリケードを作ったりしていた。
この都市に残っているあの子供たちも、これで少しは安心になっただろう。
どうやら先日トロルから助けてやった兄妹の他にも、二十人を超える子供たちが生活しているようなのだ。
まだ幼い子供も多く、年長の兄妹が食料を探して持ち帰っては、どうにか飢えを凌いでいるらしかった。
だが都市の外に目を向けると、魔物はわんさかいた。
何度か外に出ては一掃しているはずなのだが、しばらくすると元に戻る。
いや、むしろ増えているかもしれなかった。
ちなみに俺がこの都市に来たときにあまり見かけなかったのは、魔力を開放していたからだろう。
都市に着くと同時に再び魔力を抑えたため、また集まってきたのだ。
「このままちまちまと魔物を倒し続けても収まりそうにない。やっぱり発生源を絶たないと……」
この魔物の異常発生には必ず原因があるはずだ。
それを突き止めて解消できれば、きっと食い止めることができるだろう。
「見たところ一番、魔物が多いのは……北東、か」
北東の方角を睨み、俺は独り言つ。
単純に考えると魔物の密度が高い場所ほど、発生源に近いはずだった。
その北東に見えるのは森だ。
あの森から魔物が溢れ出し、そうしてこの辺り一帯を魔物の楽園に変えてしまったのだろう。
「調べに行ってみるか。都市内の魔物はほぼ排除したし、しばらくは俺が居なくても大丈夫だろう」
そうして早速、異常発生の原因を探るべく動き出そうとしたときだった。
「おーい!」
「お兄ちゃーん!」
時計塔の下から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
あの兄妹だ。
あのときのことの礼を言いたいのか、時々、遭遇するとこっちに近づいてくるのだ。
俺も彼らに聞きたいことがあるので、それに応じようともしたのだが……。
べ、別に女の子だから逃げてるわけじゃないっ。
あれくらいの女の子なら、会話くらい余裕でできるって!
ああ見えて向こうも俺のことを怖がってるみたいだから、あえて近づかないようにしているだけで――
「兄ちゃん! 降りて来てくれ!」
「お話しようよーっ!」
……。
時計塔の周辺は広場になっている。
ここから逃げようとすると、普通は兄妹のいるところを通らなければならないのだが、俺なら跳躍だけで向こうに見える城壁まで行くことが可能だ。
どうするか……。
「……」
散々悩んだ結果、俺は勇気を振り絞って彼らの呼びかけに応じることにした。
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