第50話 子供に助けられた

 姉さんのことをポルミに任せ、タナ王国の王都を発った私は、王国最西端の村へとやってきていた。

 素性を明かし、今は村長に話を聞いているところだ。


「は、はい、白髪赤目の青年じゃったら、確かに数日前にこの村に……」


 やはり奴はこの村に立ち寄っていたらしい。

 そしてそのままラオル王国に行くため、国境へ向かったという。


「ドラゴンは見なかったか?」

「ドラゴン? はて、それは見ておらぬが……」


 どうやらあの二体の竜帝を引き連れてはいなかったようだ。

 今思えば、あのとき奴は、突如として現れたドラゴンたちから逃げていくようにも見えた。


 ……本当に眷属にしたのだろうか?

 ただ、竜帝が二体ともアンデッド化していたことは間違いない。


「しかし……あの青年は、本当に危険なアンデッドなのじゃろうか……?」


 村長が恐る恐る訊いてくる。


「後からそのことを知ったのじゃが……聞かされた今も、なかなか信じられず……。わしには、そんな風には全然見えなくてのう……」


 彼が言うには、白髪は非常にシャイではあったが、それを除けばごく普通の青年としか思わなかったという。

 アンデッドだということにすら気づかなかったほどだ。

 もちろん、村人たちがアンデッドにされたということもない。


 村長の話を一通り聞き終えてから、私は言った。


「奴がアンデッドであることは、間違いない」

「……」

「ただ……危険なアンデッドかどうかは、私にも分からない。だから私はこれからそれを確かめに行くんだ」







 一晩この村で世話になり、翌朝ラオルへ向けて出発した。


「行くぞ」

「クルルゥ~」


 私がその背に跨ったのは、馬の代わりとしてよく利用されている鳥、ライドバードだ。

 ほとんど空を飛ぶことはできない大型の鳥で、乗るのに少しコツはいるものの、最高速度なら馬にも匹敵する。


 その最大の特徴は人懐っこく、賢いことだ。

 野生のライドバードですら簡単に人を乗せてくれるほどで、まったく人を選ばない。

 加えて馬と違い二本足なので、山道でも進むことが可能である。


 しかも降りた後に命じれば、勝手に家まで帰ってくれるのだ。

 タナ王国では昔からこのライドバードがよく利用されており、王都で貸してもらったのである。


 この判断は正解だった。

 国境はちょっとした山々が連なる一帯で、ライドバードが大活躍してくれたのだ。

 もしこれを徒歩で越えようとしていたらかなり大変だっただろう。


 ちなみに聖騎士の鎧は脱ぎ捨て、今はかなりの軽装だ。

 王国内では武者修行の旅人と身分を偽るつもりだった。


 ラオル王国に入ってしばらくライドバードを走らせた私は、不思議な道を発見した。


「……灰?」


 それは灰でできた道だった。

 遥か西の方まで延々と続いている。


 不思議に思いつつも、ちょうど私が向かおうとしていた方角だった。

 そのまま灰の道を進むことにした。


 そうして数時間。

 ようやく灰の道が途切れた頃、前方に都市が見えてきた。


 だが街道に人は見当たらず、城門も破壊されてしまっている。


「……ここも廃墟になっているのか」


 実は途中で見かけた村や町もすべて、無人の集落と化していたのだ。

 倒壊した建物を調べてみると、魔物に壊されたような痕が幾つも残っていたので、もしかしたら魔物の大群でも押し寄せてきたのかもしれない。


 実際、魔物の死骸もあちこちに転がっていた。


「その割にここに来るまでほとんど魔物を見かけなかったのだが……」


 幾つもの疑問を頭に浮かべながら、私はその都市へと足を踏み入れた。


 ……少し前まで人が暮らしていたような痕跡があるな。

 何か事情があって、住民たちが一斉に都市から避難したのかもしれない。


「っ! 魔物か」


 建物の陰から姿を現したのはオークだ。

 大柄な成人男性ほどの体格をした人型の魔物で、知能は低いが怪力と耐久力が厄介とされている。


「ブヒィィィッ!」


 こちらに気づくや、鼻息荒く襲い掛かってくる。

 私はライドバードの背に跨ったまま、その鼻面を目がけて槍を投擲した。


「ブッ!?」


 鼻に槍の穂先が突き刺さり、オークはそのまま盛大にひっくり返った。

 後頭部を地面に激突させ、白目を剥く。


 近づいて槍の柄を掴んだ私は、いったん引っこ抜くと、今度は喉首へ下ろしてトドメを刺す。


「……なるほど。どうやら今この都市は、人の代わりに魔物の住処になっているらしいな」


 さらに幾つかの気配を感じ取って、私は槍を構え直す。

 全部で五匹。

 先ほどとは別のオークが一匹に、ホブゴブリンが一匹、それからコボルトが三匹だ。


 だがこの程度の数、私の敵ではない。

 伊達に聖騎士団の隊長をやっているわけではないのだ。


 最初に飛びかかってきたのは三匹のコボルト。

 同時に行けば大丈夫だという犬頭らしい安直な作戦なのだろうが、私は槍を素早く旋回させ、三匹まとめて斬り倒してやった。


「「「ぎゃん!?」」」


 仲良く鳴いて地面に転がるコボルトたちを後目に、ホブゴブリンが殴りかかってきた。

 しかし私の槍の方が速く、長い。


 ホブゴブリンの喉を、心臓を、そして下腹部を一息で突いた。

 血を流しながら倒れていくホブゴブリンには目もくれず、私の意識はすでに背後から迫るオークへと向いている。


 反転しながら繰り出す刺突。

 それがオークの右目を貫き、そのまま一気に脳を破壊する。

 巨体が崩れ落ちた。


「ふう」


 止めていた息を大きく吐く。

 そのとき足元から微かな殺気を感じて、私は咄嗟に振り向いた。


「っ!」


 先ほど三段突きで仕留めたつもりだったホブゴブリンが長い腕を伸ばし、私の足首を掴もうとしていたのだ。

 どうやら少しばかり傷が浅かったらしい。


 慌ててその腕を槍で突き刺す。

 しかし一歩遅かった。


 すでに足首が掴まれ、決死のホブゴブリンに地面へと引き摺り倒されてしまう。


「ぐっ」


 背中を強かに打ち付け、肺から無理やり息が吐き出される。

 ホブゴブリンは腕に槍が刺さっている状態にもかかわらず、私の身体を強引に引き寄せると、上から覆い被さってこようとした。


 並のゴブリンならともかく、オークに匹敵する体格のホブゴブリンに上を取られてしまっては一巻の終わりだ。

 咄嗟に腹に蹴りを入れ、転がって逃れようとした、そのときだった。


 ひゅん!


 どこからともなく飛来した矢がホブゴブリンの首を貫いた。


「オア?」


 間抜けな声を漏らすホブゴブリン。

 ようやく自分の首に矢が刺さっていることに気づいたときには、もはや絶命寸前だった。

 目から光が消え、力なく倒れ込む。


「……誰だ?」


 一方、私は素早く立ち上がりながら、矢が飛んできた方角を睨んだ。


「危なかったね、お姉ちゃん!」

「子供?」


 家の屋根から飛び降りてきたのは、まだ十代前半ほどの少女だ。

 手に弓を持っていることから、恐らく先ほどの矢は彼女が放ったものだろう。


 さらに遅れて、少年が姿を見せる。

 こちらは少女より少し年上だろうか。

 どうやらこの都市にまだ人がいたらしい。


「すげぇな、姉ちゃん。これだけの魔物を一人で片づけちまうなんて」

「もしかして騎士様?」


 二人が人懐っこく話しかけてきた。


「いや、私は武者修行中の旅人だ」

「へえ、なんかカッコいい」

「それより君たちは? この都市は一体どうなっている?」


 自分の素性を誤魔化しつつ、彼らに疑問をぶつける。


「こんなとこじゃ何だし、付いてきてよ」

「安全なところがあるんだ!」


 二人に促されて、私は後を付いていくことにした。

 やがて見えてきたのは、随分と年季の入った城壁だ。


 城門は瓦礫や家具などによって無理やり塞がれていた。

 ただ僅かに人一人がギリギリ通り抜けられそうな小さな穴が開いている。


「あの向こうだよ」

「お姉ちゃんなら細いし通れるよね?」

「も、もちろんだ」

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