第49話 魔物でいっぱいだった
「グルアアアアアッ!」
「おら」
「ブギャアッ!?」
襲いかかってきた虎の魔物を、俺はワンパンで吹き飛ばす。
「ゲコォッ!」
「っと」
さらに蛙の魔物が長い舌を飛ばして攻撃してくるが、それを軽く避けると、一瞬で距離を詰めて腹に蹴りを叩き込む。
後ろにいた二、三体の魔物を巻き添えにしながら、蛙は百メートル先まで飛んでいった。
「……随分と魔物が多いな?」
国境を超えてラオル王国に入った俺は今、三十体を超える魔物の群れに囲まれていた。
当初はちらほらと出現する程度だったのだが、進めば進むほど頻度が増してきて、現在はこの有様である。
明らかに異常な数だ。
どうやらこの一帯において、魔物が大量発生しているらしい。
「村や町が放棄されてたのもこのせいか」
途中で何度か集落を見かけたのだが、そのどれも人がいなかった。
きっと逃げたのだろう。
「面倒だな。……魔力を開放するか」
どんなに数が多かろうが、どうせ俺を倒せるような魔物はいない。
だがいちいち倒していくのは大変なので、俺は抑え込んでいた魔力を解き放つことにした。
「「「~~~~~~~~っ!?」」」
その瞬間、それまで殺気だっていた魔物たちが、急に怯えだした。
俺の魔力量を察知して、勝てない相手だと悟ったのだろう。
魔物が次々と逃げていく。
あれだけいた魔物が、あっという間に姿を消した。
「さて、先に進むか」
俺は悠々と歩き出す。
しかししばらくすると、再び魔物が集まってきてしまった。
「おいおい、どういうことだ? って、こいつらは……」
ゾンビやスケルトンといったアンデッドたちだった。
俺の魔力を感じ取った彼らは、怖れて逃げていくのではなく、逆に引かれてしまうようだ。
俺に攻撃してくるわけではなく、俺の歩くペースに合わせて後を付いてくる。
モノ言わぬアンデッドたちだが、彼らから尊敬の念が伝わってきた。
俺を上位のアンデッドだと知り、付き従おうとしているのだろう。
生憎と俺は彼らを眷属にする気などない。
「早くあの世に逝ってくれ」
そう思って、ファイアボールで焼き尽くそうとしたときだった。
「「「オアアアア……」」」
信じられないことに、彼らの身体から魂が離れ、天へと昇っていった。
えっ? 別に焼かなくてもいいの?
どうやらファイアボールを使わずとも、俺が命令するだけで勝手に浄化されてくれるらしい。
魂が抜けると、ゾンビやスケルトンは身体が崩れて灰となっていく。
「「「ウーアー」」」
「はいはい、お前たちのあの世に逝っていいぞ」
「「「オアアアア……」」」
こうして俺は近づいてくるアンデッドたちを悉く浄化しながら、歩き続けたのだった。
続々と集まってくるアンデッドを浄化しながら、のんびり歩き続けることしばらく。
「都市だ」
俺はちょっとした都市を発見した。
防壁もそれなりに立派だし、ここなら人がいるかもしれない。
と思ったが、半壊した城門を通って中に入ると、そこはやはり打ち捨てられた街だった。
人の代わりに魔物が我が物側で闊歩しているところを見るに、ここも魔物の侵攻に耐えることができず、住民たちが逃げ出したのかもしれない。
しかし今までのような小さな集落ならともかく、これほどしっかりした都市ですら、魔物に陥落させられてしまうとは。
それだけ魔物が大量に発生したということだろう。
「それでもこの規模の都市なら、普通は軍隊を派遣するなりして、奪還しようとするはずだけどな。それに何らかの原因でこの大量発生が起こってるだろうし、それを解決しようとはしなかったんだろうか?」
事情を推測してみるが、生憎とよく分からなかった。
ともかく少し都市内を探索してみようと、俺はあちこち歩き回った。
今は再び魔力を抑えているので、街の中にいた魔物が襲い掛かってくる。
それを倒しつつ色々と見ていると、どうやらこの都市が破棄されて、まだそれほど日が経っていないことが分かった。
市場らしき場所を発見して、散乱した商品類に注目してみたのだ。
生鮮食品などは当然ダメになっているが、ある程度、日持ちするような食品類は、まだどうにか食べることができそうなのである。
……まぁ俺はアンデッドなので食事の必要がなければ、たとえ腐ったものを食べたとしても腹を下すことだってないのだが。
「お、お兄ちゃん!」
「馬鹿っ! 早く逃げるんだ!」
と、そこで俺の耳に、誰かが叫ぶような声が微かに聞こえてきた。
「まだ人がいるのか?」
俺は声がした方向へ走り出す。
しばらく飛ぶように駆け続けると、やがて見えてきたのは随分と古い城壁だ。
年季が入っているだけでなく、都市を囲っている城壁と比べて高さも低ければ、全長もかなり短い。
恐らくもっと古い時代に作られ、街の拡大に伴って新たな城壁が築かれたが、壊されずにそのまま残されたのだろう。
その旧城壁の近くに、魔物に襲われている兄妹がいた。
妹は十代前半、兄の方も十五歳かそこらといったところだ。
兄は剣を、妹は弓を手にしていることから、多少は武の心得があるのかもしれない。
だが相手は二人を遥かに超す体躯を誇るトロルだ。
二人の焦燥した様子から、自分たちが叶う相手ではないと悟っているのだろう。
「い、一緒に戦えば……っ!」
「無理だ! 俺が時間を稼ぐ! お前だけでも早く中に!」
兄は自分が犠牲になってでも、妹を城壁の中に逃がそうとしているようだ。
「ぐひぃっ」
しかしトロルは嗜虐的な笑みを浮かべたかと思うと、手にしていた巨大な棍棒を妹目がけて放り投げた。
「っ!?」
「に、逃げろおおっ!」
高速回転しながら迫りくる自分よりも大きな棍棒に、恐怖で動けない妹。
兄の叫び声が虚しく轟く。
ぱしっ。
「「……え?」」
このままでは棍棒に潰される――と思いきや、棍棒がなぜか直前で急停止した。
というのも、俺がギリギリのところで滑り込み、片手で受け止めたからだ。
うん、本当に危ないところだった。
あと一歩でも遅れていたら、今頃はぺしゃんこになっていたかもしれない。
「ぐえ?」
棍棒を受け止められて、トロルが間抜け面で目を瞬かせている。
「こいつは……お返しする」
俺は棍棒を思い切り投げ返してやった。
先ほどの投擲を遥かに超える速度で戻ってきたそれが、トロルのでっぷりと太った腹に直撃する。
ばぁんっ!
「~~~~~~~~っ!?」
トロルの腹が弾け飛んだ。
棍棒はそのまま胴体を貫通し、背後にあった廃屋を二、三軒くらい破壊してしまう。
「あ、あぶぅ……」
血を周囲に巻き散らしながら、謎の呻き声とともに倒れ込む巨躯。
確実に死んだだろう。
ってか、どう考えてもやり過ぎてしまった……。
もうちょっと手加減するべきだったと、今さらながら反省するが、もう遅い。
「えっと……だ、大丈夫か……?」
「「ひぃっ……」」
俺が心配して声をかけるも、兄妹はトロル以上の化け物でも見るかのような目を向けてくる。
顔は恐怖で引き攣り、どちらもその場にへたり込んで、ガクガクと震え出す。
こ、怖くないよー?
こう見えて、とっても善良なアンデッドですよー?
そう内心で主張しつつも、「この状況から彼らと上手く会話できるようなら、元からコミュ障なんてやってねぇ!」と開き直った俺は、とりあえずその場をそそくさと立ち去ることにしたのだった。
ただ去り際、兄の方が、
「ま、待ってくれ……っ!」
と呼び止めてきた。
すでに背を向けて走り始めようとしていた俺は、一瞬動きを止める。
「い、妹を助けてくれて、ありがとう……っ!」
なるほど、ちゃんと礼を言えるなんて、若いのに偉いじゃないか。
だけどな、一つだけ言わせてくれ。
もうちょっと早く言ってくれよおおおおおっ!
だって、今から「やっぱり立ち去るのやめた」なんてしたら、なんかすっごい恥ずかしいじゃないか!?
……コミュ障は融通が利かないのである。
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