第48話 幼児退行してた
「おお、よくぞいらっしゃった、旅のお方。ここはタナ王国最西端の村、ヤネマですじゃ」
「……最西端?」
「ここからさらに西に行くと、荒野になっておりましての。そこが隣国のラオル王国との国境となっておりますのじゃ」
二体のドラゴンから逃げ続けること丸一日。
俺はヤマネという寂れた村に辿り着いていた。
いきなり現れた謎の白髪に、村人たちは当初こそ大いに驚いたようだったが、滅多に人が訪れることがないということで珍しがられ、こうして今は親切な応対を受けている。
老人ばかりということもあって、俺でも辛うじて会話することができていた。
「そ、そのラオル王国というのは……大きな国なのか……?」
「いえいえ、タナ王国に負けず劣らずの小国ですな。以前は我が国とも交流があって、この村も商人や旅人の休息地点として栄えておったのですが……残念ながらラオルは現在、クランゼール帝国の属国となっておりましての。お陰で今では関係が途絶え、この村も見ての通りの有様ですじゃ」
どうやらそのクランゼール帝国は、今この大陸西部で最も大きな国らしい。
ただ、他国を次々と侵略して領地を拡大させ続けており、そのため大半の周辺国と緊張状態にあるという。
「我が国もいつ侵略されやしまいかと、戦々恐々としているところですじゃ。せめてロマーナのように、立派な王様であればのう……」
この国の王様はあまり人気がないらしい。
何でも、食って寝て玉座に座っているだけで、政務の大半を側近に任せきりにしているくせに、王様としてのプライドだけはしっかり高いそうだ。
……聞いただけでもダメそうな国王だな。
それはともかく、クランゼール帝国はちょっと気になるな。
魔導技術の発展に力を入れているそうで、西部諸国内でも群を抜いて先進的な国らしい。
そんな国なら俺が死ねる方法が分かるかもしれないな。
まずはラオル王国に入り、それからクランゼール帝国に向かうとしよう。
◇ ◇ ◇
白髪のアンデッドとその眷属である二体の竜帝が去ってから、丸二日が経った。
すでに王都にはいないのか、幸い彼らの目撃情報は上がってきていない。
王都の住民たちは未だノーライフキングの来訪に怯えながら暮らしているが、それでも少しずつ街は日常を取り戻しつつある。
ノーライフキングの討伐には失敗したが、しかし王都からは追い払うことに成功したということで、バルト殿には大いに感謝された。
小国であるタナ王国からしてみれば、大災厄級とも目される魔物を退けたというだけでも御の字なのだろう。
しかも死者はゼロ。
メルト教の信徒たちが何人か、精神的に大きなダメージを受けてしまったようだが、それでも怪我人すらほぼ出なかったことは望外な結果かもしれない。
ちなみに、我々が命懸けであの恐ろしい二体の竜帝と対峙しているときに、国王陛下は王都からの逃走を図ったそうだ。
どういうわけか自分から王城に戻ってきて、今は部屋に閉じ籠ってしまっているという。
宰相のバルト殿が政務を仕切っているため、特に問題はないだろう。
そして――姉さんはあれからまだ一度も目を覚ましていない。
「ううう……また復活するなんて……まさか、竜帝が……ううう……」
「姉さん……」
怖い夢を見ているのか、ずっとうなされている。
「十回目……ニ十回目……百回目……ううう……また復活した……竜帝が……十体……ニ十体……百体……ううう……何体いるんですか……」
……うん、かなり怖い夢を見ているようだ。
「姉さん……心配は要らない。ここにあのアンデッドはいないし、竜帝もすでに去った。いるのは私だけだ」
「うう……」
ゆっくりと安心させるように言うと、それが聞こえたのか、呻き声が少し収まった。
「今は好きなだけ眠るといい。姉さんは……今までずっと頑張ってきたからな。たまにはゆっくりと休んだ方がいい」
姉さんの頭を優しく撫でる。
すると段々と苦しそうだった表情が安らかになっていく。
やがて落ち着いたのか、うわ言は聞こえなくなり、ただ規則正しい呼吸の音だけが部屋に響くようになった。
その変化に安堵しつつ、姉さんの汗を濡らしたタオルで拭いてやる。
……と、そのとき、姉さんの瞼がおもむろに開いた。
「っ! 姉さんっ……目を覚ましたのかっ?」
私は慌てて身を乗り出す。
姉さんは頭上に現れた私の顔を見て、不思議そうに眼を瞬かせた。
かと思うと、その瞳に見る見るうちに涙が溜まっていく。
姉さんが泣くところを初めて見たかもしれない。
十歳近く離れているため、私が物心ついた頃にはもう、姉さんは今の強い姉さんだったからだ。
だが今日ばかりは無理もない。
幾ら姉さんでも、人間なのだ。
時には涙することだって――
「ふえええええええんっ! 怖い夢を見ちゃったよおおおおおっ!?」
~~っ!?
いきなり姉さんが幼い子供のように叫んだので私は面食らった。
しかも泣きながら私に抱きついてくる。
「ね、姉さん……?」
「怖いよぉっ……えぐえぐっ……」
「ちょっ、ちょっと、姉さんっ……い、痛い……力が強すぎて……」
「いやああああっ! 離さないでぇぇぇっ!」
強い力で胴部を圧迫されて苦しいので、いったん引き離そうとするとそれを強く拒まれた。
ますます力が加わり、呼吸するのも辛いほどだ。
にしても、こんな姉さん、初めて見たのだが……?
まさか、幼児退行している……っ!?
どうやら姉さんはあまりの恐怖から、幼児退行してしまったらしい。
医者にも診てもらったが、身体の方は健康そのもので、精神的な部分からきているようだ。
「す、少しは落ち着いた?」
「うん……」
うん、って……。
普段の姉さんなら、こんな頷き方はしない。
鼻水でぐしゃぐしゃだし……。
ともかく先ほどよりはマシになった。
抱擁地獄からどうにか解放されて、私は安堵の息を吐く。
とはいえ、どうしたものか……。
医者が言うには、精神面の問題なので、いつ治るか分からないそうだ。
ただ、療養するにしても、できれば故郷などの落ち着ける場所の方がいいだろうとのことだった。
ここは異国の地。
どうやら一度、国に戻った方が良さそうである。
どのみち姉さんはもう、あの白髪のアンデッドと戦うことなどできないだろう。
神剣をもってしても、奴の浄化は不可能であることが判明してしまったし……。
その後、私はポルミ副隊長を呼んだ。
「何でしょう、リミュル隊長?」
「これより貴殿に重要な任務を与える。特別聖騎隊を率いて、セレスティア騎士団長を保護しながら、我らが故国――メルト・ラム聖教国へと帰還せよ」
私の指令に、ポルミは呆気に取られたような顔になった。
というのも、今のは、私がこれから単独行動をするとの宣言でもあったからだ。
「しかし隊長は……?」
「私は一人で奴を追う」
私はまだ、奴の追跡を諦めてはいなかった。
もちろん団長ですら不可能だった討伐ができるとは思っていない。
「で、ですが、それならばせめて聖騎士たちを連れていけばよいのではありませんか?」
「いや、私一人の方がいい」
バルト殿によれば、奴はすでに国境を越えてしまったことが確認されたという。
「そして恐らく、ラオル王国に入ったとみられる」
「ラオル王国……というと、帝国の……」
「そうだ。帝国の属国であるラオルは、我々聖騎士の入国が許されていない」
かの帝国は、メルト教を初め、他国の宗教を信仰することを一切禁じているからな。
ゆえにぞろぞろと大人数で押し入るわけにはいかないのだ。
「隊長も危険では……?」
「心配しなくていい。正体がバレるようなヘマはしないからな。それよりも姉さ……団長のこと、よろしく頼む」
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