第46話 絶対的不死だった
大勢の信仰によって力を得た神剣アルベール。
それを手に、セレスティア団長が白髪のアンデッドへと躍りかかった。
一方で、奴はまったく動こうとはしない。
私たち特別聖騎隊が、聖槍で一斉攻撃を仕掛けたときと同じだ。
「はぁっ!」
団長の剣は見事に奴の脳天へと突き刺さった。
私は思わず顔を背けてしまう。
頭部の半分近くが、ごっそりと消失していたのである。
さすがの奴でも、団長の一撃を受けて無事では済まなかったようだ。
「っ……この程度のダメージだとは……」
ただ、団長は驚いていた。
彼女としては、もっと大きなダメージを与えられると予想していたのだろう。
さらに我々は信じがたい光景を目撃することとなった。
白髪の顔が見る見るうちに元通りに治ってしまったのだ。
そのことに、なぜかホッとしてしまう自分がいた。
「それに、尋常ではない再生力……やはり、侮れませんね……」
団長は警戒心を強めたらしい。
信徒たちへと訴えかける。
「皆さん、さらなる祈りの力を! 大災厄級と言われるだけあって、信じがたいほどの耐性と再生能力を有していますが、間違いなく効いています! 我々の力で、確実に仕留めるのです!」
神剣の輝きがいっそう増した。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
再び白髪へと斬りかかった。
渾身の一撃が奴の右肩へと叩き込まれる。
白髪の上半身が消し飛んだ。
残ったのは下半身と、宙を舞う頭部だけだ。
「や、やったか……?」
聖騎士の誰かが呟く。
幾らアンデッドとはいえ、この状態になっても動き続けられる個体は少ない。
果たして――
「これだよ、これ!」
地面に転がった奴の頭部が、いきなり嬉しそうに叫んだ。
「「「~~~~~~~~っ!?」」」
これには敬虔な信徒たちも思わず祈りをやめてしまったほどだ。
無論、私も驚愕していた。
お前っ、喋れたんか~~いっ!
いや、今はそっちじゃない。
まさか、あの状態で声を発することができるとは……。
しかし我々の衝撃はそれに留まらなかった。
消失したはずの胴体が再生したかと思うと、頭部がボールのように飛び跳ね、再生した胴体の上に乗っかったのだ。
つなぎ目も一瞬で消失。
気づけば何事もなかったかのように、元の姿に戻ってしまっていた。
「そ、そんな……なんという自己再生力なのですか……」
団長も呆然としている。
「はぁ、はぁ……ま、まだです! 完全に消滅させてしまえば、さすがに二度と復活することは不可能なはず! さあ、もう一度、祈りを! 皆さんの信仰はその程度ではないはず……っ!」
ま、マズいっ!
妹である私にはすぐに分かった。
すでに団長――姉さんの身体は限界だと。
これ以上、あの神剣の力を引き出しては、白髪を浄化するの前に姉さんが死んでしまう。
私は思わず走り出していた。
「団長っ!」
「リミュル、貴方は下がっていなさい……っ!」
「で、ですがっ……神剣アルベールは、破格の力を与えてくれる半面、負担が非常に大きい! これ以上は、身体が……」
「心配……要りません……っ! その前にっ……倒します……っ!」
必死に止めようとする私を押し退け、団長は裂帛の気合とともに白髪へと飛びかかった。
「はああああああ……っ!」
次の瞬間、轟音とともに凄まじい閃光が弾けた。
視界が真っ白になる。
段々と目が見えるようになってきて、私はそれを見た。
「か、完全に、消失させた……?」
広場からあの白髪の姿が消え失せていたのだ。
「ふ、ふふふ……これなら……もう、再生はできないでしょう……」
地面に膝を突き、団長が震える声で笑う。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
直後、広場にいた信徒たちが湧いた。
「ノーライフキングを倒したぞおおおっ!」
「俺たちの勝利だ!」
「いいや、我らが神の勝利だっ!」
誰もが勝利を喜び、神を称える。
「やりましたね、リミュル隊長」
「そ、そうだな」
副隊長のポルミに声をかけられ、私は曖昧に頷く。
……これで本当によかったのだろうか?
いや、よかったはずだ。
私は自分に言い聞かせる。
相手はアンデッド。
いつ人類に牙を剥くかもしれない、邪悪な存在だ。
浄化して当然だろう。
私は神に仕える聖騎士として、我々の勝利を心から祝福すべきなのだ。
と、そのときだ。
メキメキメキッ! という音に振り返った私は、途轍もない光景に我が目を疑った。
先ほど白髪のアンデッドがいた場所に、いつの間にか骨が落ちていたのだ。
しかもその骨が猛スピードで成長し、人の骨格を形成しようとしているではないか。
さらにはその骨格が肉を纏っていく。
先ほどまでの歓喜はどこに行ったのか、誰もが呆然自失となる中、あっという間にそこに元の姿となった白髪のアンデッドが出現していた。
そして目が開き、不思議そうな顔をしながら上半身を起こした。
「くっ……」
「だ、団長……っ!」
「し、信じられ、ません……あのような状態から……再生するなんて……。これでは一体……どうやって、浄化すればいいというのですか……」
団長が絶望の表情で声を震わせる。
あのいつも強気な姉さんも、完全に心が折れてしまっている……。
しかし無理もない。
命懸けの攻撃をして、結果がこれなのだ。
やはり、この白髪のアンデッドを倒すことは無理なのだろう。
事ここに至っては、私の当初の作戦を試みるしかない。
そう決意し、白髪へと近づこうとした、まさにそのときだった。
突然、周囲が暗くなった。
奴が空を見上げて、「えっ」という声を上げる。
釣られて空を見やった私は、思わず息を呑んだ。
大空を悠然と舞っていたのは、黄金の鱗を持つ巨大なドラゴン――ロマーナ王国の王都を襲ったという、あの雷竜帝だったのだ。
まさか、白髪のアンデッドが雷竜帝を眷属にしたという話は本当だったのか……?
このタナ王国に入って以降、奴は単身で行動しているとの情報から、さすがにそれはないだろうと考えていたのだが……。
「ら、雷竜帝、だと!?」
「まさかっ……」
「お、おい! あれ、もう一匹いねぇか!?」
愕然とする我々に更なる追い打ちをかけたのは、その雷竜帝の向こうに見えた、もう一つの巨大な影だった。
こちらも雷竜帝にも負けない巨大なドラゴンだった。
シルエットはやや細身だが、その代わり全長は長い。
巨体を覆う漆黒の鱗が太陽光を反射し、不気味な輝きを放っている。
「や、闇竜帝……?」
それは雷竜帝に並び立つという、もう一体の竜種の頂点。
深い谷底に隠れ住んでいることから、人類への脅威度は低いとされ、危険度こそ雷竜帝には及ばないが、その強さは雷竜帝にも引けを取らないだろう。
雷竜帝はともかく、なぜ闇竜帝までここに……?
『ぬし様、やっと発見』
『主よ、今度こそ逃がさぬのじゃ!』
二体のドラゴンが地上に降りてくる。
その圧倒的な威圧感だけで、広場に集まっていた信徒たちがバタバタと泡を吹いて倒れていく。
熟練の聖騎士たちですら、動くことができずに固まってしまっているくらいだ。
一般人では意識を保っているだけでも難しいだろう。
『む? 何じゃ、この結界は?』
『ぬし様、閉じ込められてる?』
『なんと! 我が主に対して、何たる無礼を!』
グルルアアアアアアッ!!
雷竜帝がいきなり憤ったような雄叫びを上げた。
そして結界目がけて躍りかかってくる。
バガンッ!
最初の突進は辛うじて防いだ。
『これしきの結界、我に壊せぬとでも思うたか!』
だが続いて振り下ろされた紫電を纏う前脚で、結界はいとも容易く粉砕されてしまう。
地響きとともに広場に着地する雷竜帝。
遅れて、闇竜帝もまた盛大な音を轟かせながら降り立った。
『我が主よ、また会えて嬉しいのじゃ』
『ぬし様、相変わらずカッコいい』
私にはドラゴンの言葉など分からない。
しかし目の前にいる最強の魔物たちが、あの白髪のアンデッドに対して親愛の情を抱いていることだけは、分かった。
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