第45話 やっぱり死ねなかった
セレスティア騎士団長の命を受けて、私はすぐさま白髪のアンデッドを迎え撃つ準備を進めた。
「ま、ま、街中まで誘き寄せるだとぉっ!? そんな危険なこと、できるわけなぶごっ!?」
「陛下、あなたは静かにしていてください」
「きゅう……」
白目を剥いて伸びてしまったレオンハルド王は放っておいて、私はバイト殿に事情を説明する。
「……分かりました。どうにかやってみましょう」
私のことを信用してくれているのか、バイト殿は戸惑いつつも了承してくれた。
それから一般市民たちを避難させ、城門は開放。
そして各教会の呼びかけによって、メルト教の信徒の大半が広場へと集まってくる。
さらには結界師たちも広場へと集結させた。
どの国の王都にも、一定数、熟練の結界師がいるものだ。
ロマーナのように常時展開させている国は少ないが、それでも緊急時には街全体を覆うように防護結界を展開するからだ。
それは小国であるここタナ王国も例外ではなく、本来なら緊急時のために待機しているはずの結界師たちも含めて総動員させた。
最後に、奴を引きつけるための餌として、檻に入れたゾンビ数体を広場の中央に配置する。
もちろん同じアンデッドとは言え、あれが餌として機能するとは思えない。
しかし私は「これまでの調査から、奴は同族に引き付けられる」との嘘を吐いた。
会話が通じるなどと言っても、信じてもらえないだろうからだ。
「最悪、私が奴をここまで引き付けてくればいい」
元より対話を試みようとしていたのだ。
奴を誘導するくらいできて当然だろう。
「リミュル隊長、ターゲットが見えて来たようです。そのまま城門へと向かってきているようです」
やがて副隊長のポルミからそう報告が上がってくる。
城門からほど近い場所で待機していた私は、緊張しつつも、いつでも次の行動に移れるように備えた。
「隊長、ターゲットが城門を潜ったようです」
どうやら私が出るまでもなく、奴は自ら街中にまで入って来たらしい。
だがさすがにそのまま広場まで行ってくれるはずはないだろう。
「隊長、ターゲットが目抜き通りを進み、広場の方へと向かっているようです」
……。
私は急いで広場へと先回りすることにした。
もちろん、まだ途中で道を逸れる可能性もある。
「隊長、ターゲットが広場に……」
……。
すぐに私の目にも、奴の姿が確認できるようになった。
さ、さすがにあのあからさまに怪しい檻には近づいていかないだろう。
「隊長、ターゲットが檻に……」
……。
それなりに知能の高いアンデッドだと思っていたが、もしかしたらそれは私の思い違いだったかもしれない。
「今です!」
そう叫んだのはセレスティア団長だ。
すぐさま待機していた結界師たちが飛び出していくと、結界を展開。
本来なら王都を守護するような巨大な結界を、この大きさまで濃縮させたものである。
幾らあの白髪でも、そう簡単には破壊できないだろう。
「上手くいったようですね、リミュル隊長。後はわたくしが奴を討つだけです」
団長が満足そうに白髪へと近づいていく。
その自信に満ち溢れた後ろ姿を見ていると、本当に彼女ならば奴を討てるのではないかと思えてきた。
一方で、なぜか複雑な感情が湧き上がってくる。
「……この気持ちは、一体……」
◇ ◇ ◇
女団長が神剣なるものを手に躍りかかってくる。
刀身から発する光は柱となって天へと伸びており、それはさながら舞い降りる天使の光跡のようだ。
これなら今度こそ死ねるかもしれない。
俺は期待に胸を膨らませ、その瞬間を待つ。
「はぁっ!」
そして脳天に斬撃が叩き込まれた。
「~~っ!」
全身を貫くような衝撃に襲われる。
こ、これはかなりいい感じかもしれない!?
女団長が飛び下がったとき、俺の視界は大きく歪んでいた。
恐らく今の一撃で頭を破壊されたせいだろう。
「っ……この程度のダメージだとは……」
だが女団長は驚いている。
どうやら思っていたより手応えがなかったらしい。
しかもすぐに視界が元に戻ってしまう。
……勝手に治癒してしまったようだ。
「それに、尋常ではない再生力……やはり、侮れませんね……。皆さん、さらなる祈りの力を! 大災厄級と言われるだけあって、信じがたいほどの耐性と再生能力を有していますが、間違いなく効いています! 我々の力で、確実に仕留めるのです!」
その呼びかけに、信徒たちの祈りの声が強くなった。
神剣が帯びる光がさらに勢いを増す。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
再び繰り出される光の斬撃。
次の瞬間、俺の視界がぐるぐると回転した。
目の前に地面が近づいてきて、激突。
それから再び視界が何度も回り、やがて止まったときには空が見えていた。
視界の端に捉えたのは、下半身だけとなった俺だ。
どうやら胴体が完全に消滅させられてしまったらしい。
「これだよ、これ!」
こんな状況ながら俺は思わず叫んでいた。
やっと近づいた念願の死に、喜ばないはずがない。
だがその直後だった。
消失したはずの俺の胴体が、見る見るうちに下半身から生えていく。
ついには胸や腕まで元通りになったかと思うと、いきなりその復活した身体が目の前に迫ってきた。
推測するに、地面に転がっていた頭部が不思議な力で空を舞い、再生した首と合体したらしい。
こうして俺は、あっという間に元の姿を取り戻してしまった。
「そ、そんな……なんという自己再生力なのですか……」
女団長はわなわなと唇を震わせていた。
「はぁ、はぁ……」
しかもめちゃくちゃ呼吸が荒い。
顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうだ。
「ま、まだです!」
それでも女団長は諦めていないらしく、信徒たちに懸命に訴えかけた。
「完全に消滅させてしまえば、さすがに二度と復活することは不可能なはず! さあ、もう一度、祈りを! 皆さんの信仰はその程度ではないはず……っ!」
それに応えて、信徒たちの祈りがさらに強くなる。
刀身が凄まじい輝きを見せる一方で、ますます女団長の表情が歪んでいった。
「団長っ!」
そこへ慌てて駆け寄ってこようとしたのは、あの聖騎士少女だ。
「リミュル、貴方は下がっていなさい……っ!」
「で、ですがっ……神剣アルベールは、破格の力を与えてくれる半面、負担が非常に大きい! これ以上は、身体が……」
なるほど、あの剣、どうも使い手に大きな負荷を与えるようだ。
だからあんなに苦しそうにしているのか。
「心配……要りません……っ! その前にっ……倒します……っ! はああああああ……っ!」
裂帛の気合とともに、女団長が斬りかかってくる。
そして閃光のような一撃を喰らった瞬間、俺の意識は完全に飛んだ。
おおっ、これは……ついに、やったか……?
最後の刹那に俺は感じたのは、ようやく安らかな眠りにつけることへの喜び、ただそれだけだった。
あれ?
俺は今、何をしていたんだっけ?
気づくと俺は冷たい地面の上に大の字になって倒れていた。
首を傾げなら上半身を起こす。
すると目に入ってきたのは、愕然としたように目を見開く栗色の髪の女だ。
息が荒く、滝のような汗を掻いている。
さらに俺を取り囲むように、広場には大勢の人間たちの姿があった。
「あ、そうか」
そこで俺は思い出す。
この女に、あらゆるアンデッドを浄化できるという触れ込みの神剣とやらで思い切り斬られたのだ。
「……無傷なんだが」
自分の身体を確認してみても、どこも怪我をしていなければ、痛みもない。
しばらく意識が飛んでしまってはいたようだが……。
「くっ……」
「だ、団長っ!?」
女団長が地面に崩れ落ちそうになる。
あの聖騎士少女が慌てて駆け寄り、彼女の身体を支えた。
「し、信じられ、ません……あのような状態から……再生するなんて……。これでは一体……どうやって、浄化すればいいというのですか……」
もはや諦めたように嘆息している。
ええと……どうしようかな?
広場に集まった信徒たちも動揺していて、すでに祈りを止めてしまっているし、もうダメっぽい感じだ。
また期待して損してしまったな……。
やはり俺はそう簡単には死ぬことができないらしい。
……浄化できないようだし、俺、そろそろ帰っていいかな?
こんな風に大勢から注目されている状態は、アンデッドなのに精神がすり減ってしまう。
というわけで、とっととここから立ち去ろうとした、そのときだった。
「ん?」
急に空が暗くなり、太陽が雲にでも隠れたのかなと思いつつ、空を見上げた俺は、つい「げぇっ」と叫んでしまった。
上空を悠々と飛行していたのは、どこかで見たあの二体のドラゴンだったのである。
『ぬし様、やっと発見』
『主よ、今度こそ逃がさぬのじゃ!』
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