第41話 いきなり襲われた

 部屋に全裸で駆け込んできたガイ。

 男の象徴をはっきりと見てしまい、ハンナが悲鳴を上げる。


「ななな、何やってんのよっ、この変態っ!? ファイア――」

「お、おい、ハンナっ!? こんなところで魔法はやめろ!」


 いきなりガイ目がけて魔法をぶっ放そうとしたハンナを、俺は慌てて止めた。


「ガイ! お前も早くソレを隠せ! 多少の変態性は仕方ないと思っていたが、その趣味は完全にアウトだっ!」

「ち、違う! いや、露出癖があるのは否定しないが……今はそうではない!」


 否定しないのかよ!


「あいつだ……っ! ノーライフキングっ! 奴が温泉にいたっ!」

「「「~~っ!?」」」


 ガイが真っ青な顔で叫んだその言葉に、俺たちは戦慄した。

 まさか、すでにこんな近くにまで来ていたとは……っ!


 ん? 待て……温泉?

 何で温泉に……?


 いや、そんなことはどうでもいい。

 俺たちは取るものも取り敢えず、宿から逃げ出した。


「ど、どこに逃げたらいいのよ!? 逃げても絶対に追いかけてくるに違いないわ!」

「だが逃げる以外にないだろうっ!? 俺はまだ死にたくない!」

「死ぬだけならまだマシ……アンデッドにされ、永遠に奴の意のままに操られ続けるかも……」

「やめて、ディル! そんな話、聞きたくない!」


 遅かれ早かれ、俺たちはあの記事の村人たちのように、奴の餌食になってしまうのかもしれない。

 だが今はとにかく逃げ続けるしかなかった。


 言い合いながら街中を疾走する俺たちを、街の人たちが怪訝な顔で見てくる。

 どうやら追いかけてきてはいないようだ――


「っ……きゃあああっ!?」

「いやぁぁぁっ!」


 悲鳴!?

 や、奴が追い付いてきたというのか!?


 怖くて後ろを振り返り、確認することができない。

 しかし最悪の状況を想定し、俺たちはとにかく必死に走った。


「い、急げぇぇぇっ! 絶対に追いつかれるなぁぁぁっ!」


 ……このときの俺たちは、動転のあまり気づいていなかったのだ。

 ガイがまだ全裸のままで、すれ違った女性たちが悲鳴を上げていたのは、そのせいであったということに。



     ◇ ◇ ◇



「そんなに怖がらなくてもいいと思うんだが……」


 禿頭の男が逃げるように出ていった後、俺は悲しくなって溜息を吐いていた。

 どう考えても俺のことを危険なアンデッドだと勘違いしているよな。


 この誤解をどうすれば解くことができるのか。

 そもそも会話すらままならない俺にとって、難しすぎる問題だ。


「っ! そうだ。言葉で無理なら、文章で伝えるっていうのはどうだ?」


 不意に妙案を閃き、俺は思わず手を叩いた。


 あらかじめ何かに「俺は危険なアンデッドではありません」と書いておいて、それを見せればいいのだ。

 これなら簡単に相手に言いたいことを伝えることができるはず。


 温泉から上がったら、早速やってみるとしよう。


「それはそうと、念のため頭にタオルを巻いて白髪を隠しておくか……」


 また別の客が入ってきて、さっきみたいに逃げ出されては困るしな。

 ちょうどそのとき、温泉に新たな客が入ってきた。


「~~~~っ!?」


 俺は思わず息を呑んだ。

 というのも、その客というのが若い女性だったからだ。


 な、何で女性客が!?

 いや、そう言えばさっき、あの禿頭が『なぜオナゴが一人もおらん』とか喚いていた。

 もしかしてここ、混浴なのか……っ?


 戦慄する俺を余所に、その女性は湯船へと近づいてくる。


 年齢は二十代後半くらいだろう。

 栗色をした髪は長く、そして優雅にカールしている。


 背筋はピンと伸び、動作の一つ一つから気品が感じられ、どこかの貴族の令嬢と言われてもおかしくない雰囲気だった。


 もちろん温泉なので裸だ。

 湯気とタオルで大事な部分は隠されているものの、その抜群のプロポーションは隠し切れていない。


「あら、先客ですの? この時間なら貸し切りを楽しめると思ったのですけれど」


 彼女は俺に気づいて残念そうに言う。


 す、すぐ出ていくから!

 だから、いったん隅っこの方に行ってくれたら助かる!


 俺のそんな祈りも虚しく、彼女は顔色一つ変えずに、


「気にしなくて構いませんわ。別に見ても減るようなものではありませんもの」


 そんな男らしいことを言いながら、温泉に入ってきた。

 俺は慌てて奥の方へと退避する。


「ふふ、随分と恥ずかしがり屋さんのようですわね」


 そんな俺を微笑ましそうに見ながら、彼女はお湯にゆっくりと浸かっていった。

 俺の見た目は、死んだときのままの二十歳なので、彼女的には若造なのだろう。


 は、早く上がろう……っ!


 俺は彼女のいる場所を避けるよう、大きく迂回して温泉から出ていこうとする。

 だが最も彼女との距離が近づいた、そのときだった。


「……っ! この匂いはっ……」


 突然、何かに気づいたように息を呑んだかと思うと、ゆらりとその身体から殺気めいたものが立ち昇った。


「あなた……人間ではありませんわね?」


 き、気づかれた!?


「隠していようとも分かりますわ。不浄なるモノが放つ嫌な匂い……それを完全に消し切ることなどできませんから」


 匂いって、嗅覚で俺がアンデッドだと分かったというのか?

 あるいはもっと抽象的な意味で言っているのかもしれないが……。


 いずれにしても、この女、只者ではなさそうだ。


「不浄な存在が人のフリをして市中に紛れ込むなど、決して許してはおけません。今ここで浄化して差し上げますわ」

「~~っ!?」


 一体どこから取り出したのか、彼女の手には剣が握られていた。

 だがそんなことより 湯の中から立ち上がってしまったことだ。


 身体に巻きつけていたタオルは今や、お湯に濡れたせいで透けてしまい、しかもぴったりと身体に貼りついて美しいラインをかえって際立たせてしまっている。


「まっ……」


 俺は慌てて股間を隠しながら立ち上がった。

 間髪入れず、女が躍りかかってくる。

 鋭い斬撃が俺の肩へと叩き込まれた。


 微かにピリッとした痛みが走ったが、それだけだ。

 彼女の刃は、肩の皮膚を薄く切ったところで止まっていた。


「まったく斬れない……? ドラゴンの鱗すら切断できる、この剣で……?」


 目を見開いて驚いている。


 そのときだ。

 今の激しい動きのせいで、彼女が巻いていたタオルがはだけてしまう。


「~~~~っ!?」

「……アンデッドに見られようと、恥ずかしくなどありませんわ」


 だがその言葉通り平然としている。

 いや、あんたがよくても、俺の方が恥ずかしいんだが!


「はぁっ!」


 そんなこちらの思いを余所に、彼女は再び剣を振るってきた。

 今度は首に刃が当たるも、やはり薄皮一枚が切れただけだった。


「っ……お待ちなさい!」


 俺は温泉から飛び出していた。

 呼び止めてくるが、もちろん待つ気など毛頭ない。


 頭に巻いていたタオルを取って、下半身に巻くと、俺は廊下を走っていく。


 ……追いかけて来てないな?

 さすがに若い女性が、裸のまま出てくることはできなかったのだろう。


 今のうちにどこか遠くに逃げよう。

 最近、裸の女に追いかけられてばかりだな……と思いながら、俺は宿からも飛び出したのだった。


 後でまた服を調達しなければ……。



     ◇ ◇ ◇




 裸で逃げていくアンデッド。

 さすがにこの姿のまま追いかけるわけにはいかず、彼女は廊下へ顔を出してその後ろ姿を見送ることしかできなかった。


「あの白髪……やはり……」


 頭に巻いていたタオルを外したことで、白い髪が露になっていた。

 先ほど対峙したときに見た赤い目と合わせて、今まさに世界中で話題となっている存在の特徴と、完全に一致している。


「ノーライフキング……まさか、こんなところで遭遇するとは思いませんでしたわ」

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