第42話 騎士団長だった
「リミュル隊長。件の村の調査報告があがってまいりました。近隣にある教会に打診し、神官を村に派遣して、秘密裏に村人たちの状況を探ってほしいと依頼していたものです」
「そうか。それで、どうだった?」
「隊長が予想された通りでした。村は至って普通。アンデッドになっている者など、一人もいなかったそうです。それから確かに白髪の青年が一時期、村にいたとの証言も得ております」
「やはり、か」
副隊長のポルミの報告に、私は頷いた。
我々は今、タナ王国の王都で、あの白髪のアンデッドの情報収集に努めているところだ。
ここタナ王国内でも、我が聖メルト教は広く信仰されている。
そのため教会や信徒などの独自の情報網を活用すれば、こうして王都に居ながらも王国内のことを調査することが可能だった。
……本来なら、王国がその村を調査するべきなのだが。
どうやら近隣の都市にはすでに噂が拡散してしまったらしく、国が領主に命じても、領兵たちが怖がって誰一人として調査に行ってくれないと言われたそうだ。
冒険者も同様である。
実は教会も最初は難色を示したのだが、噂は間違いだと私が強く主張したことで、どうにか調査できたのだ。
まぁ、敬虔な信徒ならば、たとえ本当にアンデッドの巣窟と化していても、神の命令ならばと喜び勇んで調査に赴く者もいるだろうが。
「しかしなぜ、村人たちがアンデッドにされたなどという誤った情報が伝わったんだ?」
「村の依頼を受けてやってきた冒険者たちが、急に姿を消したという出来事があったようです」
「何か勘違いがあったのか……? ともかく、今はその村にはいないのだな?」
「はい。村人たちによれば、王都に向かった、と……。現在、どのあたりにいるのかまでは分かりませんが、村を発ったのが今から一週間ほど前とのことです」
この国に列車は走っておらず、最も早い移動手段は馬車。
それで街道を進めば、そろそろここ王都に着いていてもおかしくない頃合いだ。
「だが奴は恐らく徒歩……いや、徒歩でも馬車よりも早く進めるのか? 途中でどこかに立ち寄っていないとも限らない……」
ともかく、早急に奴の動きを捕捉する必要がありそうだ。
ここはこの国の力を借りる方が早いだろう。
そのとき、ちょうど我々の元にこの国の宰相であるバイト殿がやってきた。
少々性格は悪いが、まだ三十代ながら国のナンバーツーの座についているだけあって、非常に優秀な男だ。
「リミュル殿。ご報告がございます。ノーライフキングと目される青年が、我が国のアッティラという街で目撃されました」
「本当か、バイト殿?」
「はい。それも、つい昨日のことです」
アッティラと言えば、王都からは馬車で三日ほどの距離だ。
これまでの進行速度を考慮すると、奴の速さはせいぜいその馬車程度。
そのままのペースを維持してくれるならば、ここ王都に辿り着くのは明後日という計算になる。
「そのことを陛下には?」
「まだ報告しておりません。伝えればパニックになることは目に見えていますので」
「そ、そうだな……」
そんなやり取りをしていると、何やら急に廊下が騒がしくなった。
バイト殿と目配せし、共にその場所へと向かうと、
「そこを退くのだっ! わしは一刻も早く、この国を出るぅぅぅ!」
「へ、陛下っ、落ち着いてくだされ! 国王がこの有事に逃走してなんとなされます!」
「そんなこと知らぬ! 早く逃げなければっ、わしまでアンデッドにされてしまうではないかぁぁぁっ!」
そこで我々が目撃したのは、大声で駄々をこねるレオンハルド王の姿だった。
状況から察するに、どうやらバイト殿の知らぬところで、誰から陛下に先ほどの情報を誤って伝えてしまったらしい。
「……陛下」
「おおっ、バイト! 話はすでに聞いたぞ! 誰が何と言おうと、わしは逃げる――ぶごぉっ!?」
バイト殿が無言で振るった拳が、レオンハルド王の鳩尾に突き刺さった。
「あぐぅ……」
意識を刈られ、レオンハルド王の巨体が崩れ落ちる。
今、完全に殴ったよな!?
仮にも国王に暴力を振るって大丈夫なのか!?
そんな私の驚きを余所に、バイト殿は平然と近くにいた使用人たちに命じた。
「陛下を玉座にお運び申し上げろ。そしてそこから動けないよう、鎖か何かで玉座に括り付けておくように」
「はっ!」
バイト殿の命を受けて、レオンハルド王の大きな身体が運ばれていく。
「……失礼しました。見苦しいものをお見せしてしまいましたね」
「いや……」
ともかく、今のは見なかったことにして、先ほどの話の続きをしよう。
「先日申し上げた通り、ノーライフキングの対処は我々に任せていただきたい。ここ王都に一歩たりとも足を踏み入れさせはしないと、約束しよう」
「よほど自信がおありなのですね?」
「ああ。この聖槍があれば、どんなアンデッドであろうと確実に浄化できる」
私は胸を張って告げた。
……実際にはまったく効果がなかったのだが。
どのみち戦うわけではなく、説得するのだから関係ない。
今ここで、あのアンデッドは危険な存在ではないと説明しても、納得してもらうことは難しいだろう。
なので詳しいことは話さず、すべてを委ねてもらう方がよいとの判断だ。
「分かりました。あなた方を信じ、すべてを託しましょう」
「任せてほしい」
「とは言ったものの、果たして本当に話ができるかどうか……」
借りている部屋へと戻った私は、思わず不安を独り言つ。
なにせ一度あのアンデッドとの会話を試みて、失敗に終わっているのだ。
あの遭遇時のやり取りから考えて、言葉が通じないということはないだろう。
ちゃんとこちらの言っていることを理解している様子だったしな。
では、なぜあのアンデッドは逃げたのか?
あれだけの不死性を持った存在が、討伐されることを怖がったとは到底思えない。
だいたい無防備に攻撃を受けようとしたほどなのだ。
そうだ。
考えてみたら、あのとき奴が逃げようとしたのは、私と一対一になってからのことだ。
もしかして私を怖がった……?
いや、私だけが特別、アンデッドに怖がられる理由なんて思いつかない。
「……とにかく、まずはこちらに敵意がないことを示して、それから――」
トントン。
部屋のドアをノックされ、私は思考の底から現実へと戻される。
「リミュル様、お客様がお見えになっています」
「? お客様?」
その表現に私は違和感を覚えた。
それがもしこの国の人間であれば、そんな言い方はしないだろう。
首を傾げつつ、私はドアを開けた。
するとそこにいたのは、バイト殿の部下である役人の一人と、
「久しぶりですね、リミュル」
「……っ!?」
まさかの人物に、私は言葉を失う。
「お知り合いでございましたか。突然、王宮にいらっしゃって、リミュル様にお会いしたいとのことでしたのでお連れいたしました」
驚愕する私を余所に、役人が経緯を告げる。
しかし私の耳にはまったく届いていなかった。
役人が立ち去り、彼女は部屋の中へと入ってきた。
まったく遠慮することなく、ソファへと優雅に腰を下ろす。
そこでようやく、私はまともに言葉を発することができた。
「き、騎士団長っ……なぜ、ここに……?」
メルト教が誇る救世軍――アルベール聖騎士団を、歴代最年少の若さで率いる最強の聖騎士。
それが今、私の目の前にいるセレスティア騎士団長その人なのだ。
本来ならば、このような小国に出向くような方ではない。
いや、考えられるとしたら……。
果たして私の推測通りの答えを、彼女は口にしたのだった。
「なぜって、そんなの決まっているでしょう? 今話題のノーライフキングを討伐しにきたのです」
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