第40話 また会った
俺、アレクはパーティメンバーたちを労うように告げた。
「長旅で疲れただろう。しばらくこの街でゆっくりしようじゃないか。幸い、温泉で有名な街らしいしな」
ここ数日は移動に次ぐ移動で、ロクに休む暇もなかった。
金等級の冒険者と言えど、さすがに疲労が溜まっているだろう。
「やっと落ち着けるわね」
「ここなら……丈夫なはずだ……」
ハンナとディルが揃って溜息を吐く。
あの恐ろしいアンデッドから逃げるように、俺たちはロマーナ王国を出て、隣国のタナ王国へとやってきていた。
ここはロマーナと比べれば、ずっと田舎の小国だ。
ノーライフキングがアンデッドの王国を築くにしても、こんな小さな国から狙うなんてことはないだろう。
俺たちはそう考えて、冒険者としては旨味の少ないこの国へ来たのである。
せっかくなので温泉に入りたい。
俺たちは温泉宿を探し、街中を歩いた。
とある宿の前を通りかかったとき、突然、ガイがかっと目を見開いて、
「この宿である! アレク殿! 拙僧、この宿がよいと具申したい!」
「……? いや、構わないが……」
普段あまり自己主張をしないガイが珍しいな……と思っていると、宿の看板が目に入った。
――混浴風呂あり。
そういうことか……。
ガイは元聖職者のくせに煩悩の塊なのだ。
「……最低」
ハンナが生ごみでも見るような目を向けるが、ガイは「むしろご褒美……」などと呟いている。レベルが高い。
結局、ガイの必死の主張もあって、俺たちはこの宿に泊まることにした。
ちゃんと男女別の温泉もあるみたいだしな。
「……いや、俺はガイと違って混浴なんて興味ないぞ?」
「どうだか」
ハンナからの疑いの眼差しが痛い。
それから部屋に案内されるなり、ガイは早速、温泉に浸かると言って出ていった。
「……ギルドに、行ってくる……情報収集だ……」
一方、パーティの斥候でもあるディルは、こんなときでも真面目な奴だった。
俺は……まぁしばらく部屋でのんびりさせてもらうか。
すぐに温泉に行こうとすると、ハンナにまた勘違いされかねないからな。
◇ ◇ ◇
「ああ~、いい湯だ……たぶん」
ドラゴンどもから逃げ続け、どうにか撒くことに成功した俺は今、温泉に浸かっていた。
というのも、立ち寄った都市がちょうど温泉の有名なところで、せっかくだからと温泉を堪能することにしたのである。
アンデッドは汗を掻いたりはしない。
それでも走り続けたことで身体に砂や泥などがついて汚れてしまっていたため、一度、綺麗に身体を洗い流したいと思っていたのだ。
温覚や触覚などの機能がほとんど失われているので、正直、生前のような気持ちよさは感じない。
だが立ち昇る湯気の量やとろりとしたお湯から、きっといい温泉なのだろうと推察された。
それにしてもちゃんと宿に泊まることができてよかった。
少し怪しまれはしたものの、お金を支払ったら問題なく部屋に案内してもらえたのだ。
ちなみにお金は、先日世話になった村で貰ったものだ。
俺が無一文だと知ると、村人たちが搔き集めてくれて、出発の際にくれたのである。
ほんと、あの村には感謝しかない。
まだ真昼だからか、俺以外、温泉に入っている者はいない。
と、そこへ。
「混浴。それすなわち合法的女体観察場。いわば天竺」
脱衣所の方から声がしたかと思うと、一人の客が入ってきた。
ん? どこかで見たことあるな?
この辺りでは見かけない顔立ちをした、禿頭の大男だ。
頭には毛がないのに、胸と下腹部は剛毛である。
「……若いオナゴ……若いオナゴ……」
何やらぶつぶつと呟きながら、血走った目で見渡している。
「おかしい……オナゴが見当たらぬ……いや、これはきっと湯気のせいだ」
そう言うと、じゃぶじゃぶとお湯の中を歩き回り始めた。
やがて絶望したように立ち止まる。
「な、なぜだ……なぜオナゴが一人もおらんっ!?」
オナゴ? 何を言ってるんだ?
ここは男湯のはずだぞ。
入るときに分かりにくかったが、ちゃんと宿の店員に確認したからな。
『ここ……男……』
『あ、はい。大丈夫ですよ』
というやり取りをしたことをしっかり覚えている。
俺にしては非常に頑張ったと、自分を褒めてやりたい。
「くっ……だが慌てるのはまだ早い。オナゴが入ってくるのを待てばいいのだ」
禿頭の男はそう言うと、ようやく大人しくなって湯に大きな身体を沈めた。
「あ……っ!」
そのときようやく俺は思い出した。
この禿頭の男、俺がダンジョンから出て最初に遭遇した冒険者四人組の中の一人だ。
棍棒のようなものを手にし、珍しい武装をしていた。
裸だったため、すぐには気づかなかったのだ。
「む?」
俺の声に反応して、禿頭がこちらを見てくる。
先ほどまで眼中に入っていなかったのは、俺が女ではなかったからだろうか。
「~~~~~~っ!?」
俺の顔を見るや、禿頭は愕然としたように目を見開いた。
そして次の瞬間、
「ぎゃああああああああああああっ!」
野太い悲鳴を轟かせ、温泉から水飛沫を上げて飛び出していく。
お、おい、走ると滑るぞ……?
俺が心配した通り、禿頭は一度盛大にひっくり返って汚いケツの穴をこっちに見せたりと、文字通り転がるように逃げていってしまった。
◇ ◇ ◇
「た、た、大変だ……っ!」
宿の部屋でのんびりしていると、ディルが血相を変えて飛び込んできた。
「どうしたんだ? そんなに慌てて?」
全速力で走ったのか、呼吸は荒く、額からは汗が噴き出している。
いつも冷静なディルの珍しい姿に、俺はソファから身を起こした。
「こ、これを……っ! これを見てくれ……っ!」
そう言って、ディルがテーブルの上に叩きつけるように置いたのは新聞だった。
国を跨いで各地で読まれているものだが、どうやらこのタナ王国でも販売されているらしい。
恐らくギルドに置かれているものだな。
冒険者ギルドは国際的な組織で、しかも冒険者たちから色んな情報が集まりやすい。
そのため新聞社とは懇意にしており、大抵のギルド支部で、冒険者たちがいつでも読めるようロビーなどに新聞を置いているのだ。
ディルが指さす記事に、俺は目を落とした。
文章が苦手で、本を読もうとするといつも眠くなるのだが……見出しを見た瞬間、俺は眠気など完全に吹き飛んでしまった。
【ノーライフキング、タナ王国に移動か】
「ば、馬鹿なっ!? こんな小さな国に……っ!?」
俺は思わず大声で叫んでしまう。
「ちょっと、随分と騒がしいけど、何かあったの?」
そこへ騒ぎを聞きつけたらしく、ハンナがやってくる。
わなわなと唇が震えるのをどうにか抑え込んで、俺は新聞を示す。
「~~~~っ!? う、う、嘘でしょっ!?」
見出しを見た瞬間、腰が抜けたようにその場に座り込むハンナ。
怖くて記事まで読み進められない俺たちに、ディルが簡単にその内容を教えてくれた。
「……タナ王国最東部の小さな村……ある冒険者二人組が、依頼のために赴いたところ……そこにノーライフキングがいて……村人たちはすでに、アンデッドにされていた……」
タナ王国の東……俺は頭の中で地図を思い浮かべる。
ロマーナの王都とは、間に広大な森を挟みながらも、最短距離で行ける場所だった。
「何でよっ? こんな小さな国に、来るはずないって言ってたでしょっ!?」
「ふ、普通に考えるとそうだろ! ま、まさか、俺たちを追って……?」
「「っ!」」
そのときだった。
「ぎゃああああああああああああっ!」
廊下から聞こえてきた凄まじい悲鳴。
男の声だ。
どたどたという足音が段々と近づいてくる。
やがて、先ほどのディルよりも勢いよく部屋へ飛び込んできたのは、真っ裸のガイだった。
股間には立派なブツがぶら下がっており――
「いやあああああああああああああああっ!?」
今度はハンナの悲鳴が轟いた。
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