第39話 ダメ王だった

「ど、ど、ど、どうすればいいのだぁぁぁっ!?」


 玉座の周りを右往左往しながら、恰幅のいい中年男が頭を抱えて叫んだ。

 彼こそがタナ王国の国王、レオンハルド二世である。


「落ち着いてください、陛下。あなた様はこの国のトップ。それが慌ててしまっては、国民が不安を覚えてしまうでしょう」


 そんな彼に苦言を呈したのは、レオンハルドの補佐として辣腕を振るう若き宰相だ。

 まだ三十そこらの年齢ながら、その実力で国王の右腕の座を勝ち取った英才である。


「これが落ち着いていられるか!」


 しかしそんな宰相の忠告など右から左で、レオンハルドは焦燥に満ちた顔で声を荒らげる。


「大災厄級の魔物ノーライフキングがっ……まさかこの国に来るとは……っ! もっと他に大きな国があるだろうに! なぜわざわざこんな吹けば飛ぶような小さな国に来てしまうのだぁぁぁっ!」


 レオンハルドが頭を悩ませているのは他でもない、今、世界を騒がせているノーライフキングと思われるアンデッドの姿が、国内の小さな村で確認されたことだった。


 歴史あるロマーナ王国ならともかく、国王自らが認めるほどの小国が、なぜ目を付けられてしまったのか。

 レオンハルドには皆目、見当もつかないし、ただその不運を呪うしかなかった。


「いや、待て……そうだ! こんな小さな国など、アンデッドにとっても魅力は乏しいはず! 考えてみれば、情報の出どころは、村を訪れた二人の冒険者たちからギルドへ寄せられたもの。目撃者がたった二人では、確かな情報とは言えぬ! そう! きっと何かの間違いだ! そうに違いない!」


 レオンハルドは自分に言い聞かせるように力強く頷くが、その考えを若き宰相が一蹴した。


「ですが、陛下。その村は、間に踏破不可能と言われるほどの広大な森を挟んではおりますが、地理的にはロマーナからそう遠くありません。ロマーナから姿を消したノーライフキングが、森を抜けて我が領土内に踏み入れていたとしても、何らおかしいことではないのです」

「ぐぬぬぬっ」


 あっさりと自説を否定され、レオンハルドは喉を鳴らす。


「それに危機管理というものは常に最悪を想定すべきでしょう。この国にノーライフキング現れた。まずはそれを前提として取るべき一手を考えるべきかと」

「あー、あー、聞きたくなーい!」


 都合の悪い意見に耳を塞ぐレオンハルド。

 若き宰相はぼそりと呟く。


「……このダメ王」

「おい、今、何か言ったか!」

「いえ、何も? ただ、同じ国王でも、ロマーナの英雄王とは大違いだと」

「はっきり言いおったな! だいたい、あんな化け物と比べられても困る! 噂では単身でノーライフキングに挑んだそうではないか!」

「もちろん誰も英雄王と同じことを陛下に望んではおりません。ただ、せめてその十分の一……百分の一……いえ、千分の一でも構いませんので、見習っていただければ幸いかと」

「ええい! どんどん期待値を下げていくでなーい! わしだって……わしだって、英雄王のようなカッコいい王様になりたかったのだぁぁぁっ!」


 レオンハルドは涙ながらに叫んだ。

 若き宰相は溜息を吐く。


「はぁ……ともかく、汚い贅肉を揺らしていても問題が解決するわけではございません」

「お前ちょっと国王のわしに対して辛辣すぎやしないか……?」

「何のことでしょう? そんなことより、主たるものを集め、皆で知恵を出し合うことに致しましょう」

「む、むう……そうだな」


 不服そうな顔をしつつも、宰相に頼り切りのレオンハルドは素直に頷くしかない。

 と、そのとき。


「宰相閣下、聖メルト教の聖騎士と名乗るお方が、陛下との謁見を希望されています。いかがなさいましょうか?」


 若き宰相に、配下からそんな連絡が入った。

 彼は少し思案してから、


「……分かりました。通してください」

「え? わしの許可は?」







 ロマーナ王国の英雄王と密約を交わした聖騎士リミュルは現在、タナ王国という小さな国に来ていた。


 というのも、英雄王から直々に、あの白髪のアンデッドは雷竜帝とともにタナ王国の方へと飛び去っていったとの情報を得たからだった。


「ロマーナとタナ王国の間には、熟練の冒険者でも踏破不可能とされる深い森がある。だが、あのアンデッドならば、森を抜けてタナ王国に入っていてもおかしくはない」


 そう当たりをつけ、彼女は隊員たちを引き連れてすぐさまロマーナからタナ王国へと入った。

 もちろん森を大きく迂回するルートだ。


 ちなみに彼女が率いる特別聖騎隊が結成された目的は、死霊術師ジャンの討伐だったのだが、ジャンの死亡が確認された今、その任務はあのノーライフキングの捜索へと移っている。

 つまり、英雄王からの依頼は別としても、彼女はあの白髪のアンデッドを追わなければならないのだ。


 そうしてタナ王国の王都へとやってきた彼女は、真っ先に王城へと足を運んだ。

 国内の情報を得るには、国の中枢が手っ取り早いとの判断からである。


「アルベール聖騎士団所属の聖騎士、リミュルと申します。急な申し出にもかかわらず、謁見の機会をいただき誠にありがとうございます」


 すぐにタナ王国の国王、レオンハルドとの謁見に漕ぎつけたリミュルは、玉座の前で膝を突いて名前と礼を口にする。


 玉座に腰かけているのは、恰幅のいい中年男だ。

 人の良さそうな顔をしてはいるが、なぜかやたらと目が泳いでおり、国のトップとして不可欠な落ち着きがまるで感じられない。

 英雄王と謁見したばかりだからか、随分と頼りなさそうに見えてしまった。


「おお、よく来てくれたな。わしがこの国の王、レオンハルドだ。……して、なぜこのような小さな国に?」

「はっ。陛下もご存じかと思いますが、ノーライフキング――」

「ひえっ……」

「……陛下?」


 ノーライフキングの名を出した途端、なぜか悲鳴が上がった。

 ごほん、と玉座の傍に控える若い男が誤魔化すような咳払いをする。


「う、うむ……もちろん、知っておる。ロマーナに現れた、大災厄級とも目されるアンデッドのことだろう……?」

「はい。実はそのアンデッドが、ロマーナとの国境を超え、この国に入っているかもしれないのです」

「嫌だぁぁぁぁぁっ!」

「っ!?」


 突然、レオンハルドが頭を抱えて叫んだのでリミュルは面食らう。

 そのとき何を思ったか、先ほどの若い男が手にしていた分厚い書類をレオンハルド目がけて投擲した。


「ぶべっ!?」


 それが見事に直撃し、レオンハルドは白目を剥いて気を失う。


「……は?」


 困惑するリミュルへ、その男はにっこりと微笑んで言った。


「失礼しました。陛下は多忙を極める政務で非常にお疲れでして。代わりにわたくしめがお話をお伺いいたしましょう」

「へ、陛下は大丈夫なのか……?」

「心配要りません。少しお休みになられているだけですので。それより、ノーライフキングのことでしょう。ええ、まさにちょうど今、その対策を陛下と考えていたところでして。実は我が国のとある村で、冒険者たちがそれらしき男を見たとの情報が」

「っ……やはりか」


 詳しく聞いてみると、どうやらその村というのは、まさにロマーナとの国境を形成する広大な森からほど近い場所にあるのだという。


「御覧の通り、我が国は吹けば飛ぶような小国。英雄王のような強さとカリスマ性を兼ね備えた王様もおりません。いるのはただ無為に右往左往するだけのぶt――」

「……」


 今、豚と言いかけたな……と思うリミュルだったが、何も言わないでおいた。

 この国の政治の在り方は、彼女の与り知るところではない。


「幸い、我が国は情報の伝達が遅く、まだ民の多くは何も知らずに日常を送っておりますが、いずれ噂が広がれば大混乱に陥ることでしょう。もちろん、ノーライフキングを討伐する戦力もありません。果たして、どうすべきか……」


 彼は彼で真剣にこの国のことを憂いているのだろう。

 リミュルは言った。


「我々は聖メルト教からノーライフキング討伐の任務を与えられ、アンデッドを確実に浄化させることができる武具を持っている。もし我らにお任せいただけるのならば、必ずや奴を討伐してみせましょう」


 もちろん方便である。


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