第38話 新たな眷属ができた

『我が主よ、ようやく見つけたのじゃ!』


 雷竜帝が空から舞い降りてきた。

 地響きとともに巨体が街道を埋め尽くしてしまう。


「「「な、な、な……」」」


 その威圧的なドラゴンを見上げながら、商人も盗賊も恐怖のあまり顔を真っ青にしている。


『む? 何じゃ、このゴミ虫どもは? わらわらと群れおって、邪魔じゃのう』


 雷竜帝は不愉快そうにじろりと睨みつけると、それだけで気の弱い者たちは失神して倒れていく。

 しかし彼女にとっては言葉通りただの虫けらとしか思っていないようで、すぐに興味を失ったように俺の方へと視線を戻してきた。


 かと思うと、深々と頭を下げてくる。

 盗賊の頭目が唖然としながら言った。


「ま、まさか……こんな化け物を従えてやがるってのか……?」


 いや、従えているっていうか、勝手にこいつが俺を主と呼んできてるだけだ。

 決して配下にしたわけではない。


「ひぃっ……」


 俺が反論の視線を向けると、盗賊の頭目は先ほどまでの威勢はどこにいったのか、顔を引き攣らせて小さく悲鳴を漏らした。

 よく見ると、股間の辺りがじわじわと湿っていく……うわ、失禁しやがった。


『我が主よ、先日はすまなかったのじゃ』

「……?」


 何の話だと、俺は首を傾げる。


『生憎、ドラゴンである我には、皆目見当もつかぬのじゃが……しかし、何か不快にさせるようなことをしてしまったことは間違いない。ゆえに、お詫びしたいのじゃ』


 え? ちょっ、どういうこと?

 俺を不快にさせた……?


 もしかして、俺が逃げたのを、俺が怒ったからだと勘違いしているのか……?


『お詫びの品に、これを捧げるのじゃ!』


 そうしてさっきからあえて目を背けていたそれを、雷竜帝は俺の目の前に差し出してくる。


 漆黒のドラゴンだ。

 雷竜帝よりも幾らか細身ではあるが、その分、全長が長くて、巨大さは引けを取らない。


 しかしピクリとも動かない。

 生きている魔力を感じないので、死んでいるようだ。


『こやつは闇竜帝と呼ばれておるドラゴンじゃ! 主への貢物にするため、闇竜たちの住処に単身で乗り込み、激闘の末に狩ってきたのじゃ!』


 ……は?

 つまり、わざわざ俺のために殺して、持ってきたってこと……?


 何やってんだよおおおおおおおおおおおっ!?


『こやつの力は我が保証するのじゃ! ぜひ主の新たな眷属にしてやってくれ!』


 いやいやいや、頼んでないから!

 俺は別に眷属を増やしたいわけでもない!


『どうしたのじゃ? まさか、気に入らぬと……?』


 俺の反応の悪さを察して、雷竜帝は絶望的な表情を浮かべる。


『命懸けで狩ってきたのじゃが……そうか……気に入らぬか……』


 今にも泣き出しそうなドラゴン。

 そ、そんな反応されると、めちゃくちゃ困るんだが……。


 ……頼んだわけではないが、せっかく俺のために頑張ってくれたんだ。

 それを無視して突っ撥ねるなんて、できやしない。


「わ、わぁい……嬉しい、なぁ……」


 俺は全力で喜びを表現した。

 きっと思い切り顔が引き攣っていることだろう。


『そうか! 気に入ってくれたか! では早速、こやつを眷属にするのじゃ!』

「あ、ああ……」


 もちろん眷属なんて増やしたくない。

 だがこの流れで拒否することはできなかった。


 しかし、アンデッド化させるなんて、どうやったらいいんだ?

 雷竜帝のときは意図せずやってしまったし……。


 とりあえず手で触れて、願ってみることにした。

 すると、


『……ぬし様』


 漆黒のドラゴンがゆっくりと細身の身体を持ち上げた。

 どうやら上手くいったらしい……いや、上手くいってしまった。


 そして俺に深々と頭を下げてくる。


『私は闇竜帝。ぬし様の配下になった』

『くくく、どうじゃ! 我が主は素晴らしいお方じゃろう!』

『間違いない。今なら分かる』

『貴様を主の元に連れてきたのは我じゃ! 感謝するとよいぞ!』

『ん。感謝』


 巨大な二体のドラゴンが俺を讃え合っている……。


「また別のドラゴンを支配下に置いた……?」

「あばばばば……」


 盗賊たちは完全に戦意を喪失していた。

 頭目の男に至っては白目を剥き、泡を吹いている。


 一方、彼らに襲われていた商人たちはというと、馬車を走らせて逃げ去ろうとしていた。

 ……彼らの方がよっぽど逞しいかもしれない。


『ちなみに我が最初の眷属であり、先輩じゃぞ。その辺り弁えるがよい』

『それはぬし様の気持ち次第。ぬし様こそが基準。どちらが筆頭か、ぬし様が決めること』

『ぐぬぬ、悔しいが、それは正論じゃ……しかし、ぬし様は間違いなく我を選ぶじゃろう!』

『そうとは限らない。きっとスマートな私の方が好み』

『なんじゃと!』


 巨大なドラゴンたちが何やら言い争いを始めていた。

 二体から撒き散らされる強大な魔力で、盗賊たちが次々と気を失っていく。


 な、何をやっているんだ……?


『我が主よ!』

『ぬし様』


 二体のドラゴンたちが同時にこっちを見てくる。


『我か、こやつ、どっちが主の好みなのじゃ!』

『私に決まってる』


 ドラゴンに好みとかねーよ!

 俺は心の中で突っ込んだ。


 それが伝わったのか分からないが、


『いや、待つのじゃ。さすがにこの姿では主とは釣り合わぬ』

『む』

『それにきっと人の姿の方が好まれることじゃろう』

『確かに』


 ドラゴンたちはそう頷き合うと、身体が魔力で光り出す。

 ……嫌な予感しかしない。


 やがて現れたのは金髪の美女。

 雷竜帝が人化した姿なのだが、豊かな胸と細い腰、そして張りのある臀部という、抜群のプロポーション。

 しかも相変わらずの全裸である。


 そしてもう一人。

 こちらは恐らくもう一体のドラゴンが人化したのだろう、漆黒の髪の美少女だ。


 金髪の方とは対照的に、小柄ですらりとした身体つき。

 顔立ちも十代半ばくらいの少女を思わせる幼さで、お陰でより一層、背徳的な姿に感じられた。

 ――そう、彼女もまた一糸纏わぬ裸なのだ。



「~~~~~~~~っ!?」



 俺は慌てて目を背けたが、二人はそれを許してくれなかった。


「主よ、なぜこっちを見ぬのじゃ! どちらが好みなのか、ちゃんと見なければわからぬじゃろう!」

「見て」

「~~っ!?」


 俺の視界の中へと割り込んでくる。


 や、やめてくれっ!

 その姿は刺激が強すぎるんだよっ!


「おい、貴様のせいで主が見てくれぬではないか。きっとそのツルペタ体型があまりに悲惨で、目に毒なのじゃろう」

「そんなことない。むしろその卑猥な胸部こそ毒」

「くくく、負け惜しみを言いおって。人の男というのはの、こうした〝きょにゅー〟を最も好むものなのじゃ」

「違う。女は若ければ若いほど好まれる。つまりより幼児に近い〝ひんにゅー〟の方が上」


 そして何やら言い争い始めてしまった。

 どちらかと言えば巨乳の方が好まれる傾向もあるが、人によっては貧乳を至高と考える者もいるものだ――って、そんなことはどうでもいい!


 俺は二人(?)が火花を散らしている隙を突いて逃げ出した。


「? ぬし様がいない?」

「む? ほ、本当じゃ!」


 気づかれた!

 生憎ここは周囲が開けた場所なので、森と違って姿を隠すのが難しい。


「主よ! どこに行くのじゃ!」

「話は終わってない」

「くっ、今度こそ逃がさぬのじゃ!」

「待って」


 それからしばらくの間、俺は全裸の女二人に追いかけられ続けたのだった。


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