第37話 住処に突撃した

 世界で最も長大で、そして深いと言われている大峡谷。

 日中でも陽の光が一切届かないその谷底に、そのドラゴンたちの住処はあった。


 闇に溶け込む漆黒の鱗。

 一般的なドラゴンと比べて細身で長い身体つきは、力強さよりも俊敏さを感じさせる。


 彼らは闇竜。

 闇に生き、闇を操る、特別なドラゴンの一族だ。


 そんな彼らが静かに暮らしていた谷底に、突如として眩い光が飛び込んできた。


『相変わらず辛気臭い場所じゃのう! こんなところに住んでおったら、精神まで暗くなってしまいそうじゃ!』


 他でもない、ジオンの眷属となった雷竜帝である。

 主君への誤った忠誠心に突き動かされて、ついに闇竜たちの寝床へと単身で乗り込んできたのだった。


 青天の霹靂、いや、闇空の霹靂と言うべきだろうか、凄まじい魔力と雷光を放つその異種のドラゴンの登場に、闇竜たちは大いに当惑した。

 しかし自分たちの住処を荒らされて、大人しくしている彼らではない。


「「「グルァァァァッ!!」」」


 鋭い咆哮を轟かせ、一斉に闖入者へと躍りかかっていった。


 だが相手はドラゴンの頂点に君臨する雷竜帝である。

 その巨体が暴れるだけで、闇竜たちは軽々と吹き飛ばされていった。


『……む?』


 そのとき、雷竜帝は自身の身体が急に重たくなったように感じた。

 闇竜たちが、その闇を操る特殊能力を使い、雷竜帝の動きを封じにかかったのだ。


 この暗闇に沈んだ谷底は、彼らが能力を最大限に発揮できる場所でもある。

 だが――


『くくく、この程度で我から自由を奪えるとでも思ったか!』


 直後、雷竜帝は全身から雷光を放出した。


「「「~~~~~~ッ!?」」」


 雷撃を浴びて、闇竜たちが次々と倒れていく。

 拘束していた闇すらも焼き払われ、雷竜帝は再び自由の身と化した。


 地の利のハンデをあっさりと覆してしまう雷竜帝の圧倒的な強さに、もはや闇竜たちは怯えて後退ることしかできなかった。


 だがそこへ、闇の奥から雷竜帝に勝るとも劣らない体躯のドラゴンがゆっくりと姿を現した。


『……何の用?』

『ようやく出てきたか! 久しいのう、闇竜帝よ!』


 そのドラゴンこそが、この谷底の支配者にして雷竜帝と同格に値するドラゴンの頂点、すなわち闇竜王だった。


『他でもない、貴様に用があって来たのじゃ!』

『こっちにはない。帰って』


 闇竜帝は淡々と突っ撥ねるが、主君のために暴走している雷竜帝が大人しく引き下がるはずもない。


『そういうわけにはいかぬ! 我は貴様を殺さねばならぬのじゃ!』

『……は?』

『私怨はないが主のためじゃ! 観念して死ぬがよい!』

『意味が分からない』


 闇竜帝側からすれば、なんとも迷惑極まりない話だった。

 しかし動揺する素振りもなく、悠々と断言する。


『ここは私のホーム。圧倒的有利』

『くくく、果たしてそうかのう?』

『?』

『主君によって不死身のアンデッドとして生まれ変わった我の力、とくと見るがよいわっ!』


 雷竜帝は誇るように宣言すると、その太い後ろ脚で力強く地面を蹴り、闇竜帝へと躍りかかった。




    ◇ ◇ ◇




「よし、無事に街道に出れたぞ」


 村を発った俺は、村人から教えられた方角へと歩き続け、やがて街道へと突き当たった。

 後はこの街道をひたすら西へ進んでいけば、この国の王都に辿り着くことができるらしい。


 街道だけあって、時々人とすれ違うようになった。

 だが相手は俺を見ても怖がったりはしない。

 軽く会釈をして通り過ぎるだけだ。


 今はちゃんとした服を着ているし、白髪や赤い目が目立たないよう帽子も被っている。

 やはりこの状態なら怪しまれることはないようだ。


「王都の人たちも、あの村の人たちみたいに優しければいいんだが……」


 そんなことを考えながら延々と歩き続けていると、


「きゃあああっ!」


 不意に悲鳴が聞こえてきた。

 何事だろうかと、俺は悲鳴がした方へと走り出す。


 旅人が魔物に襲われているのかもしれない。

 そんな予想をしていた俺だったが、しかしどうやら違ったようだ。


「うるせぇよ! いいから金目のもん、全部置いていきやがれ!」

「それから若い女もな! ひゃはははっ!」


 商人らしき一団が、盗賊に襲われていたのだ。

 そう言えば、村の人たちも盗賊が出るって言ってたっけ。


 商人の一団には護衛もいたようだが、すでに盗賊にやられてしまっていた。

 恐らくそれなりに力のある盗賊団らしく、人数も多い上に、装備もかなりしっかりしている。


「や、やめてくださいっ! 娘だけはっ!」

「うるせぇよ!」

「ぎゃっ?」


 娘を奪われそうになった商人が必死に訴えるが、盗賊に蹴り飛ばされて地面を転がった。


 さすがに見過ごすわけにはいかない。

 俺は単身、盗賊たちの中へと飛び込んでいく。


「ん? 何だ、てめぇ――ぶぎゃっ!?」


 最初にこちらに気づいた盗賊の顔へ、ビンタを見舞う。

 それだけで身体ごと一回転し、気を失って地面に倒れ込んだ。


 拳で殴ったりしたら頭が破裂しかねないからな。

 もちろん命だけは助けてやろうと考えたわけではなく、やり過ぎて怖がられてしまうのを避けるためだ。


「なっ……? がっ!?」


 困惑している別の盗賊へ、今度は足払いをかける。

 ボキッ、という音が鳴ったので、たぶん足の骨が折れたようだ。


「こいつ、できるぞっ!?」

「狼狽えるんじゃねぇ! たかが一人だ! 畳みかけろ!」


 盗賊たちが一斉に躍りかかってきた。

 剣や槍、あるいはナイフなどが俺の身体に叩きつけられるが、もちろんそんなもので傷つくはずもない。


「馬鹿なっ!?」

「まったく効いてねぇ!?」


 当惑する盗賊たちの腕を掴んで放り投げた。

 何人かを巻き込みながら十メートルくらい吹っ飛んでいく。


「や、やべぇぞ、こいつ!?」

「勝てるわけがねぇ!」


 力の差を理解したのか、逃げ出そうとする盗賊もいた。


 と、そのときだ。

 逃げようと踵を返した盗賊が、巨体にぶつかって弾き返される。


「おい、テメェ、なに逃げようとしてんだよ? ああん?」

「ひっ、お、お、お頭ぁっ!?」


 両手に巨大な戦斧を構えた、ドワーフのような髭もじゃの大男だった。

 どうやらこの盗賊団の頭らしく、逃げようとしていた盗賊たちが青い顔をして怯え出す。


「なかなか戻って来ねぇと思ってきてみりゃ、この程度の隊商相手になに手間取ってやがるんだよ?」

「そ、それがっ……変な男が邪魔をしてき――ぶごっ!?」

「うるせぇ! 言い訳してんじゃねぇよ!」


 そう怒鳴りつけてから、頭目の大男は俺を睨みつけてきた。


「テメェか、俺たちの仕事を邪魔しやがったのは?」

「……」

「何とか言えよ、コラ! ぶち殺すぞ!」


 癇癪持ちな男らしい。

 まぁ盗賊の頭目に人格を期待しても仕方がないが。


 俺が押し黙っていると、大男はますます苛立ってこっちに近づいてきた。


「ちっ、とっとと死にやがれ!」


 そして戦斧を躊躇なく振り下ろしてくる。

 がんっ、と大きな音が鳴って、俺の頭に当たった刃が弾かれた。


「……は?」


 さすがにそんな結果は予想していなかったのだろう、大男の口から間抜けな声が零れた。


 ……さて、どうするか。

 どうせロクな奴じゃないだろうし、こいつくらいはヤってしまっても大丈夫だよな?


 頭目がやられれば、さすがにこの盗賊たちもしばらくは大人しくなるだろう。


 そう結論付けて、呆然としている大男の首へ腕を伸ばそうとした、ちょうどそのときだった。

 急に空が陰ったかと思うと、巨大な生き物が降ってきたのだ。


『我が主君よ、ようやく見つけたのじゃ!』

「……げ」


 見覚えのある金色の鱗のドラゴンだ。

 しかも俺の目が正しいならば、同程度の巨大な何かを口に咥えている。


「「「な、な、な……」」」


 盗賊たちは目を大きく見開き、言葉を失って立ち尽くす。


 ずどおおおんっ!


「「「ひぃっ!?」」」


 雷竜帝が地上に着地した際の振動と爆風で、頭目の大男を初め、盗賊たちが次々と地面にひっくり返った。

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