第36話 村を発った
「お、おいおいおい……じょ、冗談だろう……?」
ピンプが口にした言葉に背筋を寒くした俺は、恐る恐る訊き返した。
だが若い相棒は真剣な顔つきを崩さない。
「だ、だいたいそれが本当なら、村人たちは何で普通に生活してるんだよ?」
「こんな辺鄙な村に新聞なんて来ないですからね……いえ、もしくは――」
一瞬の間を置いてから、ピンプは言った。
「――すでに、村人全員がアンデッドにされてしまっているか……」
「っ……」
窓の外はすでに真っ暗だ。
夜――言わずもがな、アンデッドが最も活発になる時間である。
「す、すでにアンデッドにされて、操られているかもしれないってのか……? ば、馬鹿なことを言うんじゃねぇ。全然、そんな風には見えなかっただろ……」
「でも、高位のアンデッドなら、それくらいのことが可能なのかもしれないでしょう……?」
そう言えば、噂に聞くジャン=ディアゴとかいう死霊術師が操るアンデッドたちは、生前とまったく変わらない言動を取るという話だ。
大災厄級のアンデッドなら、一つの村の住人たちを丸ごと眷属し、ごく自然に振舞わせることができてもおかしくはない。
いや、大災厄級というからには、その程度とは思えない。
そうやって俺たちが知らない間に、周囲の人間たちが全員アンデッドに代わっていて――
「お食事のご用意ができましたよ」
「ひぃっ!?」
突然、ドアの向こうから声をかけられ、俺は思わず変な声を出してしまった。
「ははははっ! 怖がり過ぎですよ!」
「て、てめぇっ、俺を揶揄いやがったな!」
いきなり笑い出したピンプに、俺は声を荒らげる。
どうせ今のはこいつの作り話だろう。
俺が意外と怖がりなのを知って、騙しやがったのだ。
「くそっ」
ニヤニヤと嗤うピンプに腹を立てながら部屋を出る。
それから俺たちは家主の厚意で準備された夕食をいただいた。
田舎の村なので素朴な料理だったが、まぁ味は悪くなかったように思う。
しかしそれよりも、気になったことが一つあった。
「あなた方は食べないのか?」
「ええ。今夜は少々特別な日でして。どうか、我々のことはお気になさらず、好きなだけ召し上がってください」
どういうわけか、この家の住人たち、いや、村人たち全員が今日は夕食を取らないらしい。
「パパ、お腹空いたよー」
「ぺこぺこー」
「もう少し我慢しなさい」
にもかかわらず、子供たちが空腹を訴えると、そんな風に窘めていたのだ。
もう少し我慢……?
ということは、この後、別のものを食べるということか?
ううむ、よく分からない。
「よろしければお酒もどうぞ」
「おお、かたじけない。ん? どうした、ピンプ? お前は飲まないのか?」
「……」
「どうしたんだ? そんなに青い顔をして」
それから俺は少し酒をいただき、ほろ酔い気分で部屋に戻った。
すると突然、ピンプが震える声で言った。
「に、逃げましょう……っ!」
「おいおい、何を言ってるんだ?」
「さっきの聞いてなかったんですかっ!? どう考えても、オレたちが食われるんですよ……っ?」
「なっ?」
つまり、村人たちが食べるのを我慢していたのは、俺たち……?
夜襲をかけた方が確実だから、今はまだそのときではない、と?
「いやいや、ドッキリはもうやめろって」
「今度はガチですからっ! お、オレは逃げますからねっ! 一人でアンデッドになった村人たちに貪り食われてくださいっ!」
「お、おい……」
よくこいつに騙されている俺だが、それでもさすがに今は本気だと分かった。
一気に酔いが覚めてくる。
「わ、分かった。一緒に逃げよう。だが、どうやって?」
「村の入り口は閉められているはず……壁を乗り越えるしかないでしょう」
「よし、じゃあ急ぐぞ」
「待ってくださいっ……玄関からだと、もし見つかったらどう言い訳するんですかっ! 窓から行きましょう……っ!」
「そ、そうだな」
そして俺たちはその部屋に唯一あった窓から外へと出ると、夜の闇に紛れながら――アンデッド相手に意味があるか分からないが――村の防壁へ。
「パパ! お客さんたちがいないよ!」
「えっ……本当だ!」
そんな声が聞こえてきて、俺たちは戦慄する。
「い、急げっ! 何やってるんだっ?」
「し、仕方ないでしょう! オレは後衛なんですからっ!」
手間取っているピンプをどうにか壁の上へと引っ張り上げてやる。
こうして俺たちは恐ろしいアンデッドの村を無事に脱出。
冒険者ギルドに帰還すると、事の顛末をすべて報告したのだった。
◇ ◇ ◇
「……」
いつもとは違う食事風景に、俺は首を傾げた。
普段は村長の家族と一緒に食事を取っているのだが、今日はどういうわけか俺の分しか用意されていなかったのである。
俺の疑問を察してくれて、村長が言う。
「実は今夜は村の古くからの風習で、初めて狩りに出た若者たちが獲ってきた肉しか食べてはならないのです」
風習か。
そう言えば、俺の生まれ育った村にも変な風習があったな。
成人になると、男は全員、村の物見やぐらから地面へ飛び降りるという儀式をしなければならなかった。
もちろん地面にマットを引いたりはしないので、降りた際に足の骨を折るケースが後を絶たなかったっけ。
まぁ、俺は成人前に村を出てしまったので、結局やる機会はなかったのだが。
「もちろん、村人だけに適用されるものですので、ぜひ普段通りに召し上がってください」
「……」
俺は頷いた。
……頷いたが、正直言って非常に食べづらい。
そもそもアンデッドの俺は食事など必要がないのだから、村人たちと同じでもまったく構わないのだ。
「遠慮なさらないでください。今日この村にいらっしゃった冒険者の方々も、今頃はいつものように食事を取っている頃でしょうから」
どうやら今日、この村には二人組の冒険者が来ているらしい。
彼らはコボルトの群れを討伐する依頼を受け、わざわざ遠くからやってきてくれたそうだ。
……ちょっと遅かったけれど。
俺が横取りする形になってしまったが、そうでなければ今頃は村が滅びていたわけで、許してもらいたい。
ん? 何か外が騒がしいな?
やがて玄関の方から声が聞こえてくる。
何事かと出ていった村長が、村の人と話をしているらしい。
「冒険者の方々がいなくなった?」
「は、はい……忽然と姿を消したようで……村の中を探しても、見当たらず……」
「一体どういうことだ……?」
「分かりません……ですが、村人の中には、彼らは死んだ冒険者たちのゴーストだったんじゃないかと……」
「っ……そ、そ、そんなはずはないだろう……っ?」
村長の声は震えていた。
やはりこの村の人たちにとっても、アンデッドは恐怖の対象なのだろう。
俺にこうして親切にしてくれているのは、俺がアンデッドだと知らないからなのだ。
……それにしても、もし本当にその冒険者たちがアンデッドだったのなら、きっと俺が感知できたはずだ。
だが生きた冒険者だとすると、急に姿を消したことの説明がつかない。
何とも不思議な話だった。
結局、翌朝になってもその冒険者たちは見つからなかったという。
この村に来て、何だかんだで数日が経った。
何人かとは少しずつ会話もできるようになってきてはいるが、せいぜいあいさつ程度のもので、深く突っ込んだ話はできていない。
しかし、そもそも俺が求めている「俺の死ぬ方法」を、この田舎の村の住民たちが知っているとは、とても思えない。
そこで俺は、この辺りで最も人の多い街がどこかを訊くことにした。
「それなら王都ですね。と言っても、タナ王国は小国ですので、他国の首都と比べれば小さな街ですが……」
村人たちから聞き出すことができたのは、ここがタナ王国という小さな国だということだ。
どうやら俺はいつの間にか国境を越えてしまっていたらしい。
俺が求めるものが、この国の王都にあるかは分からない。
だがこの村に居続けるよりはずっと可能性が高いだろう。
……いつまでも世話になるわけにもいかないしな。
そうして俺はこの村を出ることにした。
その意思をどうにか伝えると、村人たちはすごく残念がってくれたばかりか、こんな俺を盛大に見送ってくれたのだった。
「道中には危険な魔物や盗賊も出ますので、どうかお気をつけて。……いえ、貴方様の強さなら心配する必要はないかもしれませんね」
「おじちゃん、また来てね! 絶対だよ!」
俺は彼らに手を振って、村を発つ。
アンデッドだと知らないとはいえ、初めて俺を受け入れてくれた人たちだ。
彼らと別れるのは少し寂しい。
これから向かう王都の人たちも、彼らのように俺を怖がらないでくれたらいいのだが……。
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