第35話 快く迎え入れてもらった

「ワオオオンッ!」

「ぐあっ!?」

「バウバウッ!」

「がっ……」


 コボルトの群れと村人たちが戦っている。

 だが村人たちの大半には戦闘の心得などないらしく、かなり苦戦していた。


 しかも崩れて穴が開いた防壁から、次々と新たなコボルトが村の中へと侵入してきていた。

 このままでは村はコボルトに占拠されてしまうだろう。


「ワオーーーーーーンッ!」


 そして仲間たちを鼓舞するかのように、ひと際大きな咆哮を上げたのは、通常のコボルトより二回り以上も体格のいいコボルトだ。

 あいつがこの群れを率いている上位種、エルダーコボルトだろう。


 俺は真っ先にそのエルダーコボルトへと突っ込んでいくと、腹に蹴りを叩き込んだ。


 バァンッ!


「~~~~ッ!?」


 それだけで硬い筋肉が破裂し、中から飛び出した内臓が辺りに散らばる。

 本体の方は物凄い速さでふっ飛んでいき、防壁に開いた穴を通ろうとしていたコボルトたちを巻き込みながら、村の外へと消えていった。


 ……ちょっと勢いをつけ過ぎてしまった。


 周りを見回すと、村人たちだけでなく、コボルトまでもが動きを止め、唖然とした顔でこっちを見ていた。


「「「ワ、ワオオンッ!?」」」


 しばしの硬直の後、恐怖で顔を歪めたコボルトたちが、一目散に先ほどの穴へと殺到した。

 どうやら自分たちのリーダーを瞬殺され、完全に戦意を失ってしまったらしい。


 我先にと一斉に穴へと飛び込んだせいか、何度もつっかえてしまいながら、コボルトたちは慌てて村の外へと逃げていった。


「た、助かった……のか?」

「そうみたいだな……」

「けど、あの白髪は一体……」


 当然ながら、皆の注目が俺一人に集まってくる。

 や、やめてくれ……そんなに見られると緊張してしまう……。


 エルダーコボルトの腹を蹴り一発でぶち破ってしまったせいか、村人たちの視線には少なからず怯えが混じっていた。

 しかも彼らからすれば完全に見知らぬ人間だ。


 そんな中、レイの父親が傍に駆け寄ってきた。


「お陰で村が助かりました! それに息子のことも……本当に感謝してもしきれません!」

「あ、い……」


 これが不信感を解くきっかけとなったのか、堰を切ったように他の村人たちも次々と礼を言ってくる。


「兄ちゃんめちゃくちゃ強いんだな! まさかエルダーコボルトを一撃で倒すなんて!」

「これで奴らも二度と村には寄ってこねぇだろ!」

「もしかして有名な冒険者さんとか?」


 その友好的な態度に、どう反応していいのかまったく分からず、俺はおどおどすることしかできない。

 しかしこれだけ感謝されて嬉しくないはずがない。


 レイの父親が言う。


「ははっ、どうやら俺たちの恩人さんは、少し人見知りのようだ。お前たちそれくらいにしておけ」


 わ、分かってくれたか……っ!

 俺は思わずぶんぶんと頭を強く振った。







 その後、俺は村の人たちから大いに持て成されることとなった。

 しかも、俺が人見知りであることも周知されたようで、適度な距離を取って接してくれる。

 ありがたや……ありがたや……。


「おじちゃん、どうやったそんなに強くなれるんだ! 教えてくれよ!」

「おれも知りたい!」

「おれもおれも!」


 まぁ子供たちだけは遠慮なく群がってくるが。


「ぜひ今晩はうちに泊っていってくだされ」


 そう言ってきたのは、この村の村長だ。

 せっかくなのでその厚意に甘え、彼の屋敷に上がらせてもらった。


「さあ、どうぞお召し上がりください」


 そこで振舞われたのは、村長の妻や娘たちが腕によりをかけて作ったという料理だ。

 アンデッドの身に食事は不要なのだが、せっかくなのでいただくことに。


 ……しかし悲しいかな、まったく味がしない。

 どうやらアンデッドには味覚がないようだ。


「どうですか、お味の方は?」

「……」


 どう返事すればいいか分からないので、俺は黙々と食べ続けた。

 すると勝手に気に入ったと思ってくれたようで、


「見事な食べっぷりですね。ぜひたくさん食べてください」


 それにしてもまったくお腹がいっぱいにならないな……。

 そもそもこの身体で消化ができるのか?


 そんな疑問を抱きつつ、俺は用意された大量の料理をすべて平らげてしまう。


 結論から言うと、ちゃんと消化されるらしい。

 食べた直後は腹が膨らんでいたが、段々と元通りになっていったのである。


 だがいつまで経っても尿意も便意も起こらないので、生きている人間とは消化の仕組みが少々異なっているのかもしれなかった。




     ◇ ◇ ◇




「そろそろ村に着くはずだ」

「依頼が出されて二週間は経ってますよね? すでにコボルトに滅ぼされてたりして……」

「おいおい、縁起でもないこと言うんじゃない」


 俺の名はベル。

 もうすぐ三十五歳になる銀等級の冒険者で、生まれ故郷であるタナ王国を拠点に活動している。


 タナ王国は吹けば飛ぶような小さな国で、冒険者ギルドは王都にしか存在していない。

 それゆえ慢性的な人手不足で、常に依頼の達成が遅れがちだった。


 今、俺たちが向かっているのは、そんなタナ王国でも辺境に位置するド田舎の村である。

 英雄王が治めるロマーナ王国とは地理的に遠くないのだが、間に広大な森を挟んでいるため、行き来するには大きく迂回する必要があった。


 もしこの森さえなければ、ロマーナとの行き来が盛んとなって、この辺り一帯は栄えていただろうにな。


 すでに日が暮れかけている。

 どうにか夜までには辿り着きたいが……。


 そう思っていると、やがてそれらしきものが見えてきた。


「へえ、思ってたよりずっと立派な防壁ですね」

「そうでもなけりゃ、こんなところで暮らしてられやしないだろう」

「確かにそうですね。あーあ、これじゃ、コボルト程度では壊せそうにないですね」

「おいおい、何で残念そうなんだよ」


 この相棒の名はピンプ。

 性格は少々アレだが、確かな実力がある魔法使いだ。

 俺よりも後輩の二十八歳で、数年前からパーティを組んで上手くやっている。


 そして村に辿り着くが、やはりまだ無事のようだった。

 だが村人たちから予想外のことを告げられてしまう。


「実はすでにエルダーコボルトを倒して、群れを追い払ってしまったんですよ」

「何だと? 一体どうやって?」

「旅のお方に助けていただきましてね」


 聞けば、一度は防壁を破壊され、村への侵入を許してしまったそうだ。

 このままでは村は壊滅……そう思われたとき、どこからともなく現れた白髪の青年がエルダーコボルトを瞬殺、群れは一目散に逃げていったという。


「白髪に赤目? かなり特徴的だが……冒険者ではないのか?」

「分かりません。あまり話すのが得意ではない方でして」

「そうか」


 どうやらその青年はまだこの村に留まっているらしい。

 いるなら会ってみたいと思ってその意思を伝えてみたが、先方に確認すると言われて保留となった。


 それから俺たちが案内されたのは、空いている部屋があるという村人の家だ。

 今日はここに泊らせてもらうこととなった。


 ちなみにこうした場合、契約に乗っ取り、俺たちが受け取れる報酬はさすがに満額とはいかず、一部ということになる。


 ここまでわざわざ来たというのに、割に合わない金額だ。

 まぁ仕方のないことだが。


「ん? どうした、ピンプ?」


 そこで俺は相棒の様子が変なことに気づいた。

 こいつなら今回の割に合わない仕事に悪態の一つや二つ、ついてもおかしくないのだが。


「……ベルさん、オレの思い違いかもしれないんですが……」

「何だ? 勿体ぶらずに言ってみろ」

「白髪赤目の青年って……もしかして今話題のあれじゃないですよね……?」

「話題?」


 何の話だと訝しむ俺に、ピンプは少し呆れた顔をして、


「ベルさん、新聞読んでないんですか?」

「あんなもん、読むわけねぇだろ」


 新聞ってのは文字ばかりのチラシみたいなやつで、そこには最近あった色んなニュースが載っているという。

 この小国じゃ読んでいる奴は少ないが、海外では富裕層を中心に読者が増えているとか。


 高価なので俺たちのような貧民には手が届かないが、冒険者ギルドは定期購読を取っているらしく、ロビィに置かれて誰でも読めるようになっていた。

 まぁ実際に読んでいるのはピンプみたいな一部の変わり者ぐらいだけどな。


「はぁ……これだから脳筋冒険者は……」

「おいこら、誰が脳筋だ?」

「つい最近、その新聞に載っていたんですよ……ロマーナ王国に、大災厄級とも目されるアンデッドが現れたって……そう、白髪赤目の……」


 そう告げられた瞬間、背筋をぞっと冷たいものが走ったような気がした。

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