第23話 死霊術師と出会った

 何度も言葉を発しようと試みるのだが、やはり上手くいかない。

 その結果、俺と聖騎士少女との間を、耐えがたいほどの沈黙が支配し続けていた。


 やがて静寂を先に破ったのは、相手の方だった。


「き、貴様は我々人類の敵かっ?」

「ち……」


 違う、と言おうとしたのだが、途中から声が掠れてしまう。


 これじゃダメだ。

 俺は危険な存在ではないと、しっかりと伝えなければならないというのに。


 だが、やらなければやらなければと思うほど、ますます声が出なくなってしまうのだ。

 そうして俺がまごまごしていると、ついに我慢の限界が来たのか、彼女が言った。



「貴様、言葉をまともに話せないのか……?」



 う、うわああああああああああっ!?


 めちゃくちゃはっきりとダメ出しをされてしまい、俺は大きなショックを受けた。

 しかも相手は若い女性である。


「っ! 待て……っ! まだ聞きたいことが――」


 俺は居たたまれなくなって、気がつけば一目散に走り去っていた。


 ――言葉をまともに話せない。


 反論などできるはずもない。

 なぜなら事実だからだ。


「どうせ俺はコミュ障だよおおおおおおおっ!」


 そんな叫び声を上げながら、俺は街中を全力疾走する。

 何事かとこちらを振り向く人たちがいたが、構わず走り続けた。


 どれくらい走っていただろうか。

 気づいたときには、俺は街を取り囲む防壁のすぐ近くまで来ていた。


 防衛時の都合を考慮してか、この辺りに家は建っておらず、少し開けた場所となっている。


「……っ? この気配は……アンデッドかっ?」


 そのとき俺は近くから同族の存在を感知し、思わず身構えた。

 今まで遭遇したアンデッドたちは、ロクでもない連中ばかりだったからな。

 しかもどうやら一体ではなさそうだ。


 やがて向こうから複数の人影がこちらへとやってくるのが見えた。


 五人組だ。

 人形めいた顔立ちの銀髪青年に、虎系の獣人と思われる大柄な男、それから浅黒い肌を大胆に露出している妖艶な女に、小悪魔めいた笑みを浮かべる小柄な少年、そして最後は全身包帯だらけの性別不詳な奴だ。


「ん? もしかして君はアンデッドかい?」


 銀髪の青年が俺を見て、一瞬でそう看破してきた。

 この中で唯一、この青年だけが生きた人間のようで、それ以外は全員がアンデッドである。


「その服装……それなりに知能は高そうだねぇ」


 こちらを値踏みするような嫌な視線に、俺は思わず顔を顰めた。

 何だ、こいつ……よく分からないが物凄く不快な感じがするぞ。


「だけど、ほとんど魔力が感じられない。ただの雑魚アンデッドかな。――ティガ」

「はっ」

「好きにしちゃっていいよ」


 ティガと呼ばれたのは虎系の獣人だ。


「いいんですかい? へへっ、それじゃあオレが食っちまいますぜ」


 鋭い牙が並ぶ口から、じゅるり、と涎を垂らして言う。

 ……まさか、こいつもあの女装した巨漢アンデッドと同じ系統なのか?


 妖艶な女が呆れたように鼻を鳴らした。


「よくアンデッドなんて食おうと思うわね。不味くて仕方ないでしょうに」

「くくっ、その不味さがいいんじゃねーか。オレたちアンデッドには食事が要らねぇが、幸い味覚は失われてねぇ。その上、どんな毒を喰らおうが死なねぇときた。お陰で生前じゃ味わえなかったものでも味わえるってわけだ」

「あんた完全にドMよねぇ」


 ……どうやら食うは文字通りの食うだったようだ。

 よかった。


「んじゃ、いただきまーす」


 獣人は太い両手で俺の身体をがっしり掴むと、大きな口を開けて頭へと齧りついてきた。


 バキンッ!


「あが?」


 牙が折れた。


「あ? おい、どういうことだ? 何で俺の牙が折れちまったんだよ?」


 呆気にとられた顔をする獣人。

 すぐに折れた牙が再生していく。


「あはははっ! ウケるんだけど! 悪食のティガが食べるのに失敗するとか!」

「う、うるせぇ! ちょっとミスっちまっただけだ! オレの牙にかかれば、人間の頭蓋骨くらいピーナッツみてぇに簡単に砕けるんだよ」


 大笑いする女にそう反論してから、獣人は至近距離から俺を睨みつけてくる。


「大人しく食われやがれ。これが生きた人間なら頭蓋を砕くときの絶叫も楽しむんだが、アンデッドは痛みを感じねぇからな。無駄な抵抗はするんじゃねぇぞ」


 やはりこいつもロクな奴ではなさそうだ。

 その口振りから推測するに、生きた人間をそのまま食ったりもしているらしい。


 うん、焼いちゃおう。

 室内じゃないので火魔法でも大丈夫だよな。


「ファイアボール」

「あ? ぎゃあああああああああっ!?」

「「「ティガっ!?」」」


 俺のファイアボールで獣人アンデッドの全身が燃え上がった。

 やがて骨すらも燃え尽きて灰と化す。


「ティガが一瞬で灰になるなんて……なんて威力の魔法なの……っ?」

「待って……おかしいよ? 全然再生する気配がない……」


 妖艶な女と小柄な少年が唖然とする中、銀髪の青年は目を見開いて、わなわなと唇を震わせていた。


「ティガが、霊体ごと消滅させられた……?」

「ジャン様?」

「だ、大丈夫ですか、ジャン様っ?」


 ……薄々そうではないかと思ってはいたが、やはりあの銀髪が死霊術師のジャンらしい。

 これでわざわざ探す手間が省けたぞ。


 喜ぶ俺とは対照的に、ジャンは目を血走らせながらこちらを睨みつけてきた。


「君かぁっ! 僕の大切な眷属を消滅させてくれたのはぁっ!」


 そうして涙ながらに灰を救い上げる。


「ああ、ティガ! 僕の可愛い可愛い眷属っ! 君とは永遠に共にあり続けられると思っていたのにっ! こんな突然の別れっ……あんまりだっ! うわああああああっ!」


 ……あれ?

 もしかしてちょっと悪いことしちゃった?


 いやいや、元はと言えばあっちが俺を食おうとしてきたんだし、正当防衛だよな。

 うん、俺は何も悪くないはずだ。


「ティガああああああっ! ティガああああああああっ!」


 とはいえ、ここまで号泣されるとさすがに胸が痛む――



「はい、悲しみタイム終了~♪ ティガ? 誰だっけそれ? そんな奴いたっけ? もう忘れちゃったねー」



 ――は?


「僕は未来を見続ける男だからね、うん。過去は過去。どうでもいい思い出なんて、綺麗さっぱり忘れて今を生きるのさ!」


 いやいやいや、切り替え早過ぎだろっ!?

 さっきの涙は何だったんだよ!?


 一番ヤバいのはどう考えてもこいつだと俺は悟った。


「それにしても、僕の眷属たちをやってくれたの、てっきり聖騎士たちだと思ってたんだけどね。まさかアンデッドだったなんて。もしかして同族殺しの能力を持ってるのかな?」


 ジャンは興味深そうに俺を見てきながら、


「いずれにしても、ぜひとも僕の眷属に欲しいところだ。というわけで、リノ、ミルラ、あいつの動きを封じておいてよ」

「わ、分かった!」

「……了解ナリ」


 リノというのは小柄な少年アンデッドで、ミルラが全身包帯の方らしい。

 声が低かったので全身包帯は恐らく男だろう。


「ゴーレムハンド!」


 少年が叫ぶと、俺の足元の地面がいきなり蠢き始めた。

 かと思えば、地面から腕のようなものが生えてきて、俺の足をがっしりと掴んでくる。


「……束縛ス」


 さらに包帯男の方が、自分の身体に巻き付いていた包帯を飛ばしてきた。

 まるで生きているかのような動きで、包帯が俺の上半身へと絡みつく。


「あははっ! 身動きが取れないでしょ! ボクはその状態から足を左右に引っ張って、股を裂いちゃうのが好きなんだ!」


 少年が心底嬉しそうに笑う。

 ……うん、こいつもやはり真面な精神性ではなさそうだ。


 バキベキンッ!


 俺が強引に足を動かすと、思っていたより簡単に土の腕が壊れて抜け出すことができた。


「なぁっ!? う、嘘でしょっ? あっさり破壊された……っ? ミノタウロスさえ動けなくさせられるやつなんだよっ!?」


 少年が目を剥いて叫ぶ。


 続いて俺は包帯の方も引き千切ろうとしたが、びよーんと伸びてしまった。


「……無駄ダ。伸縮自在ナリ」


 どうやらこの包帯、どこまでも伸びるらしい。

 よし、じゃあ燃やそう。


 俺は自分に向けてファイアボールを使った。

 すると包帯は簡単に焼け焦げていく。

 もちろん俺自身にこの炎は効かない。


「馬鹿ナ……」


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