第22話 聖槍が効かなかった
火事で全焼した屋敷で、怪しい人物を発見したという連絡が部下から入った。
別の場所を捜索していた私は急いで駆けつける。
「どいつだ?」
「あの帽子をかぶった男です」
「……奴か」
野次馬に交じって焼け跡を眺めている、何となくまだ若そうな男だ。
しかし帽子を深くかぶっているため、顔はよく見えない。
「ですが、先ほどから焼け跡を見ているだけで何もしません。外れという可能性も……?」
「いや、普通の人間とは気配が違う。恐らく奴はアンデッドだ」
「では、すぐに取り押さえますか?」
「まだだ。ここでは周囲の人間にまで被害が出る。奴が動き出してからだ。それに隊員たちが集合するのを待ちたい」
何のために現場に戻ってきたのかは分からないが、しばらく何をすることもなくずっと焼け跡を見ていた。
やがて満足したのか、踵を返して去っていく。
隊員たちと示し合わしてから、私は奴の後を追った。
「……そこのお前、動くな」
背後から近づくと、私はそう鋭く声をかける。
すると奴は大人しく足を止めた。
「ゆっくりとこっちを振り返るんだ。そして帽子を脱げ」
聖槍を構えながら私がそう指示すると、奴は言われた通りにこちらを振り返り、そして帽子も脱ぐ。
「っ……やはり……」
露になったのは、白い髪と赤い目だ。
コスタールの教団支部より報告を受けていた通りである。
「私の名はリミュル。聖メルト教が誇る、アルベール聖騎士団の聖騎士だ。貴様はアンデッドだな?」
「……」
確認のため問いかけると、すんなりと頷く。
ここまでは信じられないほどに従順な態度だ。
もしくは我々などまったく怖くないという、余裕の表れだろうか。
強い魔力はまるで感じない。
だが力と知能のあるアンデッドほど、実力を隠蔽することを我々は知っている。
目の前のアンデッドは間違いなくそれだろう。
一瞬、緊張で身体が強張るのを感じたが、しかし握りしめた武器のことを思い出して私は勇気を取り戻す。
そうだ。
我々にはこの聖槍がある。
私は力強く宣言した。
「我ら神に仕える聖騎士として、不浄なるアンデッドの存在を看過することはできない。これより貴様を浄化する!」
するとどういうわけか、奴はその場で悠々と両腕を広げたではないか。
抵抗する素振りも逃げる素振りもない。
それどころか、まるでどこからでも攻撃してこいと言わんばかりの態度だった。
我々の攻撃など絶対に効かないという自信か?
「っ……舐めるな……っ!」
我らが信仰する神への侮辱にも思え、私は強い憤りを覚えた。
ならば見せてやろう!
神威の宿るこの聖槍の力を!
「全員、聖槍を構えよ!」
「「「はっ!」」」
「一斉浄化、開始ぃっ!」
私の掛け声に応じて、白髪アンデッドを取り囲んだ聖騎士たちが、聖槍の力を解放する。
放たれたのは、上級アンデッドすら一撃で消滅せしめるほどの強烈な浄化の光だ。
それが全方位から、合計十五発以上である。
いかなるアンデッドであろうと、確実に浄化することができるはず――だった。
やがて光が収まったとき。
我々は信じがたい光景を目の当たりにすることとなった。
「そ、そんな……まったく効いていないというのか……?」
何事もなかったかのように、平然とその場に立っていたのである。
「くっ……狼狽えるなっ! まだ手はある! 我が教団が開発したこの聖槍の力を信じるんだ!」
絶望しそうになる気持ちを奮い立たせ、私は声を張り上げた。
そうだ。
聖槍の浄化の力を真に発揮できるのは、穂先を対象に接触させたときである。
遠距離から放てるという利点があるが、その分、威力を犠牲にしていたのが先ほどの攻撃だ。
例えるなら、斬撃の際に生じる衝撃波のようなものに過ぎない。
今度は斬撃そのものを奴に叩き込んでやるつもりだった。
もちろんそのためには、危険を承知で奴に接近しなければならない。
すでに戦意を喪失しかけている隊員たちを鼓舞するべく、私は叫んだ。
「全員、神のために命を捧げる覚悟はあるか!?」
「「「はっ!」」」
「良い返事だっ! 幸い奴は我らの力を見くびって動こうとしない! 我らの信仰を見せてやれっ!」
「「「おおおおおおっ!」」」
そんなこちらの決死の想いを嘲笑うかのように、白髪は頬を緩めていた。
完全に馬鹿にしきった態度だ。
「っ! いいだろう、その余裕ごと、今度こそ貴様を消滅させてやる……っ! ――一斉突撃ぃぃぃぃぃっ!」
皆が同時に地面を蹴り、命がけの突撃を敢行した。
その中でも私は先頭を切って、槍の先端を奴の身体に突き刺す。
槍の形状であることにもちゃんと意味がある。
対象の体内に突き立てることで、内側から浄化の光を流し込むことが可能になるからだ。
……だが感触がおかしい。
まるで手応えがなかったのである。
何か見えない壁にでも阻まれてしまったかのような……。
生憎と眩い光のせいで奴が今どうなっているのか見ることはできないが、私以外の者たちからも戸惑う気配が伝わってくる。
まさか、これでも効かないというのか……?
私が嫌な予感を覚えていると、
「ははっ、はははは……っ! ははははははっ!」
光の中心から笑い声が響いてきた。
わ、笑っている……?
そんな……嘘、だろう……?
光が収まり、まったく変わらない姿の奴を目にしたとき、我々は完全に戦意を失ってしまった。
誰かが取り落としたらしく、カランカラン、と聖槍が地面を転がる音が響く。
それを咎めることなどできない。
なぜなら私も恐怖で手の感覚を失い、聖槍をちゃんと持っているのかどうか自分でも分からない状態なのだ。
それでも私は辛うじて我を失うことはなかった。
そうだ、私はただの一聖騎士ではない。
教皇を父に、そして聖騎士団団長を姉に持ち、幼い頃から厳しい教育を受けてきた。
ゆえに私は、いついかなるときであろうと、聖騎士としての範を示さねばならぬのだ!
「て、撤退っ! 撤退だっ! 今すぐこの場から離脱せよっ!」
「「「――は、はっ!」」」
「隊長は!?」
「わ、私はこいつを食い止めておくっ! 反論は許さんっ!」
隊員たちの足音が遠ざかっていく。
一方で、白髪は……まったく動こうとしない。
これでは命を懸けて足止めする覚悟だった私が馬鹿みたいではないか……!
そもそも我々などこいつにとっては羽虫同然で、最初から興味などないということか?
こちらが睨みつけるも、ただ私をじっと見ているだけだ。
攻撃してくる気配もない。
極限の緊張感の中、私は意を決して奴に問いかけた。
「き、貴様は我々人類の敵かっ?」
「ち……」
……ち?
くそっ、何て言っているのか聞き取れない!
「貴様、言葉をまともに話せないのか……?」
アンデッドの中には会話が可能な者と、そうではない者がいる。
どうやらこいつは後者らしい。
間違いなく高位のアンデッドであり、知能も高そうに見えるため、会話ができてもおかしくないと思ったのだが……。
そういう点でも特殊なアンデッドなのかもしれない。
「……」
ん? 何だ?
まるでショックを受けたかのような顔だが……?
しかしそう見えたのも一瞬のことで、白髪は急に踵を返すと、どこかへ走り去ってしまった。
「っ! 待て……っ! まだ聞きたいことが――」
すぐに後を追いかけるが、速すぎる。
あっという間に背中が遠ざかっていき、気づけば見失っていた。
「はぁ、はぁ……逃げられたか……」
私は仕方なく追うのを諦め、足を止めた。
しかしはっきりと分かったことがある。
やはりあの白髪のアンデッドは、人に危害を加える気などないのだ。
私は火事から救出された人たちから聞いた話を思い出す。
「あの話が本当なら……それどころか、人を助けようとするのか……?」
奴のことについて、騎士団本部へどう報告すべきか。
私は大いに悩むことになるのだった。
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