第21話 くすぐったかった

 私、聖騎士リミュルは大いに困惑した。

 白髪のアンデッドが、燃え盛る屋敷からの脱出を手助けしただと?


 と、そこで報告を思い出す。


 ――さらにそのアンデッドは街に入ることも、誰かに危害を加えることもなく、そのまま立ち去ったそうです。


 コスタールで目撃された白髪アンデッドは、冒険者たちから攻撃されたにもかかわらず、自らはまったく反撃をしなかったらしい。

 それどころか、街へ接近してきていた大災害級の魔物タラスクロードを倒し、結果的に街を救った形になったという。


 危険なアンデッドではないということか?


「いや、たとえそうだとしても、アンデッドはアンデッドだ。神に仕える聖騎士として、不浄なる存在を捨ておくわけにはいくまい」


 神の摂理に逆らった存在、それがアンデッドだ。

 必ず滅さなければならない。

 いつ人類にとっての脅威になるかもしれないからな。


「まだこの街のどこかに潜んでいる可能性が高い。明日、コスタールへと出発する予定だったが、取りやめて街を探索させよう」


 私はそう決断し、宿へと戻ったのだった。



      ◇ ◇ ◇



「やっぱ屋敷内で火魔法を使ったのはダメだったよな……」


 俺は全焼した屋敷の跡を眺めながら、昨晩の失敗を反省する。


 あの巨漢アンデッドを倒したのはいいが、屋敷にいた人たちが危うく火事に巻き込まれてしまうところだった。

 彼らの脱出経路を確保するため強引に屋敷の壁に穴を開けたり、抱えて二階から飛び降りたりと、どうにか全員を無事に避難させるのに苦労した。


 幸い彼らはそれほど俺を怖がらなかったので助かった。

 まぁ俺なんかよりよっぽど恐ろしい奴に捕まっていたのと、緊急事態だったからだと思う。


 すでに夜は明けている。

 屋敷の入り口は閉鎖されており、恐らくそのうち原因特定のための調査が行われるだろう。


 しばらく野次馬に交じって様子を見ていた俺は、やがて踵を返して歩き出す。

 単に何となく気になって見に来ただけで、特に用事があったわけではない。


「……そこのお前、動くな」


 不意に背後からそんな言葉を投げかけられた。

 低く抑えているが、女性特有の高い声だ。


「ゆっくりとこっちを振り返るんだ。そして帽子を脱げ」


 俺は言われた通りに踵を返す。

 するとそこにいたのは、美しい鎧に身を包んだ少女だった。


 まだ十七、八といったところだろう。

 栗色の長い髪を靡かせながら、装飾の見事な槍を構えている。


 俺は大人しく帽子を脱いだ。

 そして少女は息を呑む。


「っ……」


 直後、複数の気配が動き出したかと思うと、俺を取り囲んできた。

 全員が少女と同じような武装をしており、恐らく彼女の仲間だろう。


「私の名はリミュル。聖メルト教が誇る、アルベール聖騎士団の聖騎士だ。貴様はアンデッドだな?」

「……」


 俺はゆっくりと頷いた。

 こんな大勢に注目されて、まともに声が出るはずがない。


「我ら神に仕える聖騎士として、不浄なるアンデッドの存在を看過することはできない。これより貴様を浄化する!」


 おおっ、マジか!


 聖メルト教とやらは聞いたことがないが、恐らく何らかの宗教だろう。

 そして宗教は基本的にアンデッドという存在を嫌悪しており、高度な浄化技術を有していることが多い。


 きっと彼らならば、俺に永遠の安らぎを与えてくれるに違いない。


 俺は抵抗する意思はないと示すよう、大きく両腕を広げた。

 しかしリミュルと名乗った聖騎士少女は、なぜかそれを見て腹立たし気に顔を歪める。


「っ……舐めるな……っ!」


 え? 俺、なんか怒らせるようなことした?

 内心で困惑していると、聖騎士少女は仲間たちに命じる。


「全員、聖槍を構えよ!」

「「「はっ!」」」


 全員が手にしていた槍を、俺に向けるような形で構えた。

 そして槍の先端が煌々と輝き出す。


「一斉浄化、開始ぃっ!」


 次の瞬間、槍という槍から強烈な光が放たれ、俺の視界は一瞬にして白く染め上がった。


 凄まじい浄化の光だ。

 これならば、きっと俺も無事に死ぬことができるだろう。


「……あれ?」


 光がゆっくりと弱まっていく。

 気づけば視界が戻り、俺は平然とその場に立っていた。


 身体を見ても何の異変もない。

 ピンピンしていた。


 いや、ちょっとだけ気持ち悪い感じがするか……。

 少しは効いたのかもしれないが、しかし完全に期待外れだった。


「そ、そんな……まったく効いていないというのか……?」


 聖騎士少女が愕然と目を見開いている。

 他の連中も明らかに狼狽えていた。

 それだけあの聖槍とやらの力に自信があったのだろう。


「くっ……狼狽えるなっ! まだ手はある! 我が教団が開発したこの聖槍の力を信じるんだ!」


 どうやら今ので終わりではないらしい。

 しかし生憎とさっきのがさっぱりだったので、俺的にはまったく期待できないんだが。


 そんなこちらの冷めた心とは裏腹に、彼女たちは決死という言葉が相応しいほどの雰囲気で、


「全員、神のために命を捧げる覚悟はあるか!?」

「「「はっ!」」」

「良い返事だっ! 幸い奴は我らの力を見くびって動こうとしない! 我らの信仰を見せてやれっ!」

「「「おおおおおおっ!」」」


 も、物凄い気合だ……。

 これはもしかして、思ったよりも期待できるのではないか?


 俺は少しワクワクして、思わず頬を緩めながら彼女たちの攻撃を待ち構えた。


「っ! いいだろう、その余裕ごと、今度こそ貴様を消滅させてやる……っ! ――一斉突撃ぃぃぃぃぃっ!」


 そう叫び、彼女自身が先頭に立って突っ込んできた。

 全方位から光り輝く槍が突き出され、俺の身体へ次々と突き立てられる。


 こ、これは――


 めちゃくちゃ、こそばゆい……っ!?


 想定外の感触だった。

 まるで全身を擽られているかのようで、俺は思わず笑い出してしまった。


「ははっ、はははは……っ! ははははははっ!」


 やがて光が収まってくると、俺を完全包囲している聖騎士たちの呆然自失とした顔が見えてくる。


「き、効いていない……」

「それどころか、嗤っている、だと……?」

「ば、化け物……」


 カランカラン、と彼らが手にしていた槍が地面を転がった。

 聖騎士少女も可哀想なくらい顔を真っ青にしており、完全に戦意喪失している。


 あ、その……なんか、ごめん……。

 君たちがあんなに必死だったのに、俺、笑ってしまって……悪気があったわけじゃないんだよ……うん。


 なんだか申し訳なくなって、俺まで落ち込んでしまった。


 いや、違う。

 落ち込んでいる場合じゃない。


 俺の思っていることをちゃんと伝えるべきなのだ。

 だがこの人数の中で急に声を出すのは難易度が高すぎる……。


 そうだ!

 そこで俺は天啓を得た。


 全員と話そうとするからダメなのだ。

 この中から一人を選び、そしてそいつの耳元で話せばいいんだ。

 そうすれば実質的に一対一で会話ができる。


 そう考えた俺は、斜め右にいた中年男に目を付けた。

 何となく一番話しやすそうだったからだ。

 うん、話しかけやすそうな相手に話すのが大事だよな、やっぱ。


「……あの」

「ひっ」


 だが俺が一歩近づくや、彼はよろよろと後退った。


 ちょっ、何で距離を取るんだよ!

 これじゃあ、上手く話せないじゃないか!


 そのとき突然、聖騎士少女が声を張り上げた。


「て、撤退っ! 撤退だっ! 今すぐこの場から離脱せよっ!」

「「「――は、はっ!」」」


 その声で我に返ったのか、一斉に踵を返して逃げ出した。


「隊長は!?」

「わ、私はこいつを食い止めておくっ! 反論は許さんっ!」


 聖騎士少女の叫びに何人かが足を止めかけるも、しかし躊躇いを振り払うように頭を振り、そのまま走り去っていく。


 残ったのは俺と聖騎士少女だけだ。

 ……一緒に逃げてくれてもよかったんだが。


 せっかく一対一となったが、これでは意味がない。

 だって――


 ただでさえ人との会話が苦手な俺が、若い女性と話せるわけがないだろう……ッ!

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