第14話 霊体ごとやられた

「我らが王、ジャン=ディアゴ様……。あのお方に捧げるに相応しい死体を、ここで作っているのだ……」


 恍惚とした顔で、謎の人物の名を告げる長髪のアンデッド。

 無論、そんな名前は聞いたことがない。


「いや、誰だよ、そいつ……」

「貴様っ、アンデッドだというのに、あの方を知らぬのというのか……!?」


 最近までダンジョンに潜っていたからね。


「我がご主人様にして、アンデッドの王――いや、この世界の王となるべきお方だ……! その偉大なるお力によって、私はこの世界に舞い戻ったのだ……!」

「よく分からんが……死霊術師みたいな奴ってことか?」


 そもそも死霊術自体が禁忌の魔法だ。

 ロクな奴ではなさそうである。


「あのお方をそこらの下等で低俗な死霊術師どもと一緒にするな……!」


 ……怒られてしまった。


「まぁいい……いずれ貴様も理解できるだろう」


 そう言って、長髪アンデッドは意識を失った女性を拷問器具のところへ運んでいこうとする。

 俺はその前に立ち塞がった。


「何のつもりだ……?」

「何のつもりも何も、何で俺が見過ごすと思っているんだよ?」

「貴様、アンデッドのくせに邪魔をする気か……?」

「いや、そもそも勝手に仲間扱いしないでくれ」


 俺は嫌悪感を露に、はっきりと告げた。


 それにしても相手がアンデッドらからか、我ながらスムーズに会話ができている気がする。

 ……できればもっと楽しい会話がしたかったけどな。


「だいたい人殺しは駄目だろ」


 って、アンデッドにそんな陳腐な道徳を解いても仕方ないか。

 案の定、長髪アンデッドは鼻を鳴らすと、


「笑止……。アンデッドが生死の道理を語るとは……」


 こっちもアンデッドに小馬鹿にされるとは思ってなかったよ。


「邪魔をするというのなら容赦はしない……少しそこで大人しくしているがいい――〝縮地斬り〟」


 次の瞬間、長髪アンデッドの姿が掻き消えたかと思うと、いつの間にか目の前にいた。

 しかもすでに剣を抜いており、俺の首を狙って放たれる鋭い斬撃。


 パキンッ!


「なに……!?」


 折れた剣先が宙を舞った。

 逆に俺の首には傷一つ付いていない。


「馬鹿な……? なぜ、斬れなかった……?」


 カラン、と剣先が地面に落ちる。

 その音で目を覚ましたのか、気を失っていた女性が瞼を開いた。


「こ、ここ、は……?」


 怯えた顔で周囲を見回す女性へ、長髪アンデッドは告げる。


「……起きたか。これより、貴様に地獄のごとき苦しみを与える……。思う存分、恐怖し、憤り、そして強い憎しみを抱くのだ……。そうすれば、我が主が望む死体となり得るかもしれぬぞ……」

「ひぃっ!?」

「おい、早く逃げろ! こいつは俺が何とかする!」

「は、はひぃっ……」


 俺が怒鳴りつけると、腰を抜かしながらも女性は這うようにして地下室の出口へと向かおうとした。

 だがその足を長髪アンデッドが掴む。


「逃がすものか……! 無為な生を送るより、偉大なるあの方の供物になれることの方が遥かに幸運……! つまりお前は選ばれたのだ……! その栄誉を感謝とともに受け入れるがよい……!」

「謎の論理を押し付けるんじゃねーよ」


 俺は女性を掴んでいた長髪アンデッドの腕を叩き落とそうとする。

 バァンッ!


 ちょっと強く叩き過ぎたのか、腕が破裂した。

 予想外のスプラッタに、女性の顔が真っ青になった。


「ひいいいいいいいいっ!?」


 一方、長髪アンデッドは驚愕したように目を見開いて、


「何だと……? 貴様、先ほどのことといい、やはり並のアンデッドではないな……?」

「だとしたら何だっていうんだ?」

「私を妨害したことは許してやる……その代わり一緒に付いてくるがいい……。あの方のも元へと案内しよう……貴様は眷属の一人となれるかもしれぬ……」


 まさか勧誘されているのか?

 いやいや、どう考えても御免である。


「お断りだ!」


 俺はそう断言すると、長髪アンデッドの腹に蹴りを見舞った。


「ぐぶっ!?」


 そんな声を漏らしながら吹き飛び、地下室の壁に思い切り激突する――ぐしゃっ!


 ……うわ、潰れちゃったよ。

 しかもよく見ると腹が抉れ、上半身と下半身が分離しそうになっている。

 今のもそこまで強く蹴ったつもりはないのだが……。


「ええと……倒したのか?」

「ジャン様の眷属である私が、この程度で倒されるはずがなかろう……!」


 うおっ、動き出しやがったっ!


「この身体は特別製なのだ……! これくらいすぐに修復される……!」


 その言葉通り、あっという間に元の姿へと戻っていく。


 だがその間に女性は地下室から脱出していた。

 こいつの注意も俺に向いているようだし、今のうちにどこか遠くまで逃げてほしい。


「どうだ……! 素晴らしいだろう……! これこそが我が主の絶大なる力の証……! 私は頭を破壊されようが、身体の大半が消失しようが、必ず復活する……! まさに不死身のアンデッドと化したのだ……!」

「え? 何でそんなに嬉しそうなんだ……? むしろ死ねないと困るだろ?」


 こっちは死ねないせいで大いに苦労しているというのに……。


 ……しかし、本当にこいつは何をしても死なないのか?

 俺はそもそもダメージすら負わず、無敵と言っても過言ではない状態だが、見て分かる通りこの長髪の身体は普通に脆い。


 もしこいつがどんな状態からでも復活できてしまうというなら、そして俺にもその再生能力があったとするなら……俺が死ぬのはますます難しいということになってしまうんだが……。

 ちょっと試してみるか。


「ファイアボール」

「!?」


 長髪アンデッドの身体が猛烈な炎に包まれた。

 その超高熱であっという間に肉が溶け、骨が見えてくる。


「無駄だ……! たとえ炎で焼かれようと、私は必ず再生する……!」


 炎の中で勝ち誇ったように叫んでいる。

 しかしすぐに声帯も焼き尽くされたのか、静かになった。


 煌々と燃え続ける炎の中で、完全な骨と化したアンデッドの身体が地面に崩れ落ちる。

 その骨も炭化していく。


 やがて炎が消え、そこにはただの灰の塊が残るだけとなってしまった。


「……」


 しばらく待ってみたが、再生する気配はまったくない。


「ここまで焼き尽くされたら、さすがに復活は不可能なのかもな?」



     ◇ ◇ ◇



 私の名はソウ。

 遥か東方の島国で、侍として生き、そして死んだ男だ。


 時は激動の時代。

 数百年もの長きに渡って続いてきたエイド幕府が、西洋列強諸国の後押しを受けた倒幕軍によって、まさに転覆させられようとしていた。


 私は幕府側の人間として倒幕軍と戦った。

 数多くの敵を斬り捨て、討幕軍から〝剣鬼〟と呼ばれて大いに恐れられた私だったが、しかし西洋から持ち込まれた数々の新兵器を前に、あえなく討死。


 そして永遠の眠りについた――はずだった。


 私は墓の中からアンデッドとして蘇ったのだ。

 外ならぬジャン=ディアゴ様の手によって。


 生前、私はこの身の脆さにどれだけ苛立ったことか分からない。

 血を流せば力が失われ、受けた傷は容易には癒えず、剣で斬られれば簡単に致命傷となる。


 もしこの身が不死身ならば、もっと戦える――もっと人を斬れるというのに!


 だからこそ私は驚いた。

 ジャン様の偉大なお力でアンデッドとして蘇った私は、いかなるダメージを受けようと、直ちに修復されるのだ!


 以来、私はあの方に忠誠を誓い、与えられた命令を忠実にこなす眷属となった。







「ファイアボール」

「無駄だ……! たとえ炎で焼かれようと、私は必ず再生する……!」


 ジャン様に捧げるための死体を製造していたとある地下室で遭遇した、謎のアンデッド。

 その魔法の炎を浴びて全身の肉が溶けようとも、私はまったく動じることはなかった。


 炎の中で私の身体が崩れていく。

 その様子を、私は空中から冷静に見ていた。


 私は一時的に幽体――すなわちゴーストとなっていた。

 猛烈な炎で焼かれた肉体はほぼ灰と化しているが、時間を経ればいずれ元通りになるだろう。


 それにしても恐ろしいのはこの謎のアンデッドだ。

 これほど強力な魔法を行使できるとは……。

 ぜひともジャン様の元へと連れて行きたいところだ。


 ……ん?

 何だ……?


 そこで私は異変を察した。

 この幽体が、なぜか空に向かって勝手に浮かび上がり始めたのだ。


 ま、待て?

 どういうことだ?


 私の肉体はあそこだ。

 なぜ離れていこうとする?


 必死に地面に戻ろうとするも、しかしまったく幽体は言うことを聞いてくれない。


 空を見上げ、私は当惑した。

 いつの間にか地下室の天井が消え、そこには真っ暗な闇が広がっていたのだ。


 その中にぽっかりと浮かんでいたのは、謎の扉。

 悍ましい装飾の施されたそれがゆっくりと開いていく――


 その瞬間、私は直感した。

 あれはまさか……冥府への、扉……?

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