第15話 新聞に載ってた

「恐怖で歪んだ死に顔……泣きながら懇願する死に顔……理不尽への憤りで満ちた死に顔……復讐を果たせない無力感に絶望した死に顔……ああ、どれも甲乙つけがたいねぇ……」


 芸術品でも扱うような手つきで死体の顔という顔をうっとりと眺めながら、銀髪の青年は吐息混じりに呟く。


 細身で背が高く、儚さを醸し出す端正な顔立ちをしている。

 そのせいか、死体を嬉しそうに確認しているという悍ましい状況ながら、美しい絵画の中の光景だと錯覚してしまいそうだった。


 青年の名はジャン=ディアゴ。

 死体をこよなく愛する死霊術師であり、国際的に指名手配されている凶悪犯罪者である。


 墓に眠る死体をアンデッドとして蘇らせるばかりか、生きた人間を何人も殺している。

 判明しているだけでも被害者は百人を超えているが、実際はそれ以上だった。

 ジャン自身は殺した人間の数など覚えていないが。


「――っ!?」


 上機嫌だったジャンが突然、目を大きく見開く。

 そしてわなわなと唇を震わせ始めた。


「どうなされましたか、ジャン様?」

「主君……?」

「だ、大丈夫ですかっ? もしやお身体に何か不調が……っ!?」


 異変に気づいて三者三様ながら心配そうに声をかけたのは、ジャンが使役している無数のアンデッドたちの中でも、特に寵愛している〝傑作〟たちだった。


 ジャンが〝九死将〟と名付けた彼らは、例外なく生前に類まれな武勲を遺した英雄たちである。

 無論その数は九体いた。


「ソウが……九死将が、やられた……」


 ジャンがわざわざ東方の島国にまで赴き、そこでアンデッドとして蘇らせた武者、ソウ。

 その魂が消失したことを、ジャンは遠くに居ながら察知したのである。


「あああああっ! なぜだっ!? なぜなんだっ!?」


 ジャンは慟哭した。

 滂沱の涙を流し、追悼の叫びを上げる。


「ソウ! もはや君の冷たい身体を抱き締めるどころか、会うことすらできないなんて! そんなことあっていいはずがないだろうっ!?」

「「「ジャン様……」」」

「うわあああああああああああっ!」


 しばらくの間、ジャンの大声が辺りに木霊する。

 そして、




「うん、すっきりした~♪」




 気づけば笑顔が戻っていた。

 まるで何事もなかったかのように、ジャンはあっけらかんと言う。


「ま、いなくなっちゃったものは仕方ないよね。それに九死将と言っても、あれは所詮、末席だし。次はもうちょっといい素体を探そう」


 あっさりと言ってのけるジャンに、眷属のアンデッドが問う。


「ですが、貴女様のお力で、我々の肉体は無限に再生するはずでは……?」


 ジャンは首を振った。


「それは霊体が残っていたならばの話だね。ソウは恐らく、その霊体ごと消滅させたれたみたいだ」

「そ、そんなことが可能なのですか……?」

「ほぼ不可能……のはずなんだけどねー。まさか、この僕の術が破られるなんて」


 ジャンの強力な死霊術を打ち破り、霊体そのものを破壊するなど簡単なことではない。


 ましてやソウは東方剣術を極めた達人だ。

 敵の気配を察知する能力にも優れており、奇襲は難しい。


 その上、彼我の距離を一瞬で詰める〝縮地〟という技を使い、そこから繰り出す斬撃はほぼ回避不能。

 正面からの戦闘で、彼を上回るのは容易なことではないだろう。


「考えられるとしたらメルト教の聖騎士団かな? 僕を本気で討伐しようと選りすぐりの聖騎士たちを集めて作った討伐隊が、どうやらすぐ近くまで来ているみたいだし」


 ジャンは推測する。


 これまで何度かメルト教の聖騎士による襲撃を受けたが、そのたびに返り討ちにしてきた。

 だが今回は今まで通りにはいかなさそうだ。


「末席とはいえ、僕が死霊術の奥義で作った九死将の一体を倒しちゃうなんて、思っていたよりやるじゃないか。だけど他の九死将たちはそう簡単にはいかないよ? それに、開発中の奥の手もあるしねぇ……」


 巨大教団を敵に回しながらも、ジャンは楽しそうに嗤う。


「ふふふ、むしろ楽しみだ。信仰に厚い聖騎士を僕のアンデッドにしちゃって、神に背く行為を強制させる……。背徳的で想像するだけでぞくぞくしてきちゃうよねぇっ!」


 ……このときの彼には考えつきもしなかった。

 彼の傑作が一つ失われてしまったのは、教団とはまったく無関係な、とあるアンデッドのせいであったことなど。




      ◇ ◇ ◇




「やっぱり再生しないな……」


 長髪アンデッドが燃え尽きた後の灰を二時間以上も眺めていたが、結局、復活する様子はまったくなかった。


 放っておくと危なさそうなアンデッドだったので、念のためここまで粘ってみたが……さすがにもう大丈夫だよな?


「あれだけ焼かれても問題ないとか豪語してたのに……ぶふっ」


 自信満々に宣言していた姿を思い出して、思わずちょっと笑ってしまった。


「さて、そろそろここから出るか。……しかし、これはどうすれば?」


 俺が目を向けたのは、地下室に積み上げられた無数の死体だ。

 当然だがもう助けようもないが、このまま放置しておくのも可哀想である。


「だた……外に運び出したら確実に俺が怪しまれるよな? ましてやアンデッドだとバレたら、もはや疑いを解くことなんて不可能だ」


 せっかく服を拝借してまで小奇麗な格好になったのだ。

 これなら騒ぎになることなく街を歩けるか、確かめてみたい。


「……許せ」


 俺はそう軽く謝って、死体は置いていくことにした。

 たぶん逃げたあの女性が街の衛兵に追報するだろうし、そのうち発見されるはずだ。


 廃屋を出ると、すでに夜が明けていた。

 早朝の冷たい空気の中、まだ静かな街を歩き出す。


「っ……人だ……」


 前方から朝の散歩中と思われる中年男性が近づいてきた。


 大丈夫だ。

 今の俺は服装がちゃんとしている。


 帽子も被っているし、アンデッドだとバレるはずがない。

 そもそも朝っぱらから太陽が苦手なアンデッドが街中を歩いているなんて、誰が想像できるだろうか。


 緊張とともに男性とすれ違う。


「……?」


 一瞬、不思議そうにこっちを見てきたが、男性はそのまま何事もなくすぐ横を通り過ぎて行った。


 よし、上手くいったぞ!


 俺は思わず拳を握り締める。

 これなら街中を堂々と歩くことができそうだ。







 太陽が昇るにつれて、段々と街が活発になってきた。

 人通りも増えてきている。


 そんな中、俺は胸を張って大通りを闊歩していた。


 先ほどから何度も人とすれ違っているのだが、足を止める者は一人もない。

 俺は完全に普通の人たちの中に紛れ込んでいた。


 これはもしかして帽子を取っても大丈夫なのでは?

 白髪は珍しいが、いないわけではないし、赤い目はこの昼間ならほとんど目立たないだろう。


 そう考えて、思い切って帽子を脱いでしまおうと頭に手をやりかけた、そのときだった。


 ブオオオオンッ!


 後ろから響いてきた重低音。

 一体何事かと振り返った俺が見たのは、あの屋根付きの馬車のようなものだった。


「動いている……っ?」


 馬も御者もいない。

 それなのに車体を震わせながら、こちらに向かって走ってくるのだ。


「凄い……」


 プ~~~~~~~ッ!!


 うおっ、いきなり鳴いた!?


 耳をつんざく音とともに、それは俺のすぐ目の前で停止した。

 小太りの男性が中から顔を出し、怒鳴ってくる。


「おい、邪魔だぞ! 早くどけ!」

「あ……すん……せん……」


 どうやら進路を妨害してしまったようだ。

 俺はすごすごと道を開けた。


 そのとき男性が俺の顔を覗き込んで、大きく目を見開いた。


「っ……真っ白い髪に、赤い目っ……」


 しまった、見られてしまった!


 だがこれはまだ先ほど想定した範囲だ。

 少し変わった見た目というだけで、俺をアンデッドだとは思わないはず。


「け、今朝の新聞に載っていたのは、本当だったのか……っ?」


 ん? シンブンって何だ……?

 そんな疑問を抱きつつも、俺は人畜無害であることをアピールすべく、笑顔を見せた。


 にこ~。


「こ、この恐ろしい笑みっ!? やはり新聞に書いてあった通りだ……っ!」


 突然、男性が何かを向けてきた。

 拳大ほどで、L字型をしている謎の物体だ。


 パァンッ!


 次の瞬間そんな破裂音とともに、俺の眉間を石塊のようなものが直撃していた。

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