第13話 同族に遭遇した

「うーん……眠れない」


 草原の真ん中に寝っ転がりながら俺は唸った。


 どれだけ横になっていても一向に眠くならないのだ。

 やはりアンデッドには、そもそも寝るという生物としては当たり前の機能が備わっていないのかもしれない。


 こうなるとじっとしているより、歩いている方がまだマシだ。

 俺は身体を起こして暗闇の中を再び歩き始めた。


 それからどれくらい経っただろうか。

 遠くに微かな明かりが見えてきた。


「……街だ」


 ようやく街を発見することができた。

 防壁の向こう側から光が漏れてきていることから、廃墟などではなくちゃんと人が住んでいる街のようだ。


 ……まだ日が明けるまで時間がある。

 今のうちに街の中に侵入してしまおう。


 本来ならちゃんと門を通って中に入るべきなのだろうが、しかし衛兵に上手く説明できる気がしない。

 怪しまれて入場を拒否されるかもしれなかった。


 防壁の高さは三メートル以上あった。

 だが俺が地面を蹴ると、軽くその倍は跳躍することができ、易々と壁を飛び越えてしまった。


 地面に着地する。


「……よし、気づかれていないはずだ」


 耳を澄ませてみても、足音一つない。

 俺はひとまず壁とは垂直の方向へと歩き出した。


 それにしても一体どれくらいぶりの人が暮らす街だろう。

 ダンジョンを彷徨っていたのは永遠にも感じられる時間だったが、実際のところそれがどれだけの期間だったのか、自分ではよく分からないのだ。


「何だ、これは……?」


 暗闇を照らす謎の物体の前で、俺はふと足を止めた。


 恐らく防壁の外にまで漏れていたのはこの光だろう。

 だが俺はそれを篝火だとばかり思っていた。


 しかし今目の前にあるのは、空に向かって細長く伸びる棒と、その先端に取り付けられたランタンらしきものだ。

 そのランタンから光が出ているのだが、俺が知っているランタンのように炎が燃えているわけではない。


 それなのに周囲をしっかりと照らす強い光。

 しかも炎のような揺らぎもなく、安定して明かりを提供し続けている。


「あの部分だけならダンジョンに持っていくのに便利そうだな」


 一般的に、明かりが必要なタイプのダンジョンでは、松明か、もしくは火の魔法で光源を確保するものだが、前者だと持ち運ぶのが大変だし、後者だと魔力を消費し続けなければならないのだ。

 まぁアンデッドとなって夜目が利く俺にはどのみち必要のないものだが。


 さらに街中を歩いていると、俺は他にも見慣れないものを発見した。


「これは馬車か? しかしハーネスを付ける場所がないぞ……?」


 一見すると屋根付きの馬車のようで、車輪も付いているのだが、これでは馬が引くことができそうにない。

 加えて御者台も見当たらなかった。


 中を覗き込むと、前部に船の操舵輪のようなものが取り付けられている。

 一体、何のために使うのだろうか?


「……知らない間に不思議なものが作られたんだな」


 考えてみれば、あの大都市バルカバが廃墟と化しているほどだ。

 もしかしたら俺が思っている以上に長い年月が経っているのかもしれない。


 と、そこで俺は探していた建物を発見する。


「……服屋だ」


 悪いと思いつつも、俺は無理やり鍵を壊して店内へと忍び込んだ。


 もちろんボロボロの衣服を着替えるためだ。

 たとえ俺がアンデッドだと分からなくとも、この格好のままでは怪しまれてしまう。


 ただでさえ会話が苦手な俺にとって、第一印象の不信感を拭えるほど器用な真似はできない。

 せめて服装を整えることができれば、きっと俺の話を聞いてくれる人も現れることだろう。


 俺は陳列されてあった服から適当なものを選び、身に付けた。

 そして店内にあった鏡に自分の姿を映してみる。


 ……よし、これならきっと大丈夫なはずだ。

 髪と目の色を除けば、どこにでもいる普通の青年にしか見えない。


 だが、念には念を入れておこう。

 ついでに帽子も被っておけば、髪と目もある程度は隠すことができるはず。


 こうして身なりを整えた俺は、誰とも知れない店主に心の中で謝罪しつつ、店を後にした。

 完全な泥棒だが、せめてもの保証として、ここに来る途中で倒した魔物の素材をカウンターの上に置いておいた。

 売れば盗んだ服以上の値段にはなるだろう。


「これで堂々と歩けるはずだ」


 と言っても、まだ夜中なので確かめることはできない。

 朝になって人が増えてきたら、まずは何食わぬ顔で街中を歩いてみるとしよう。


「……ん?」


 何だ?

 この感じは……?


 不意に不思議な感覚に襲われて、俺は立ち止まった。


「こっちの方からか……?」


 何かに誘われるように、俺は身体の向きを変えて再び歩き出す。

 自分でもよく分からないが、その方角に行ってみたいという気持ちになってしまったのだ。


 決して嫌な感じではない。

 むしろ誰か親しい間柄の相手がそこにいるかのように、心が惹かれる感覚だった。

 しかし心当たりは何もない。


 俺はできるだけ魔力と気配を消し、この感覚に任せて進んでいく。

 やがて、とある一軒家へと辿り着いた。


 人気は感じられない。

 どうやら無人のようだ。

 だが俺の直感はこの家の中に何かがあると告げている。


 窓に鍵がかかっておらず、俺はそこから家屋へと侵入した。

 けれど、どれだけ家の中を探しても何も見つからない。


「おかしいな? ただの気のせいか……。いや、何となく下の方の気がするな……」


 そう思って床を調べていると、不自然な取っ手を発見した。

 手前に引っ張ってみると、そこに現れたのは地下へと続く階段だ。


「なんかお化けが出そう……って、アンデッドの俺がお化けを怖がってどうする」


 俺はそう開き直り、階段を下りていった。

 その先は地下室になっており、


「な、何だよ、これは……?」


 端的に言えば、ここは拷問部屋のようだった。


 あちこちに置かれた数多くの危険な器具や武器の類。

 どれも真っ赤な血で汚れており、実際にここで悍ましい行為が行われたのだと推測できる。


 しかもそれは、周囲に満ちる濃厚な血の匂いから考えるに、そう昔のことではなさそうだ。

 よく見ると血が完全に乾き切っていない個所もあり、どうやらほんの少し前に流されたものらしい。


 そして部屋の端っこに無造作に積み上げられているのは――無数の人間の死体。


 俺がアンデッドでなければ、きっと嘔吐していたことだろう。


「見た、な……」

「っ!」


 俺は咄嗟に振り返った。


 そこにいたのは腰に剣を提げた三十がらみの美丈夫だった。

 長い髪を頭の後ろで一束に結び、細身だが立派な体躯をしている。


 自然体でありながら、研ぎ澄まされた刃のような鋭さがあって、それだけで相当な使い手であることが俺には分かった。


 だが男からはまるで生きている気配が感じられなかった。

 よく見ると、瞬きや呼吸をしていない。


「まさか、アンデッドか……?」


 俺はそう直感する。


 そして先ほどから気になっていた感覚の正体を理解した。

 なるほど、どうやら俺は目の前のアンデッドに誘引されるような形で、この場所にやってきたらしい。


 相手はどうか分からないが、アンデッドとなった俺には同族の居場所を察知する能力が備わっているのかもしれないな。


「なに……? お前もアンデッドだというのか……? 確かに、生きている気配を感じないが……」


 向こうも気づいたらしい。

 それにしても俺以外にも会話ができるアンデッドがいたとは驚きだ。


 俺は同族に親近感を覚え――


 ……待て。

 俺は頭を振って、その感覚を振り払った。


 こいつは俺と違う。

 見ろ、この部屋を。


 恐らくあの死体はこいつの仕業だ。

 その証拠に、奴は今、若い女性の足を掴んで片手で引きずっている。

 胸が微かに上下しており、彼女にはまだ息があるようだった。


「……その人をどうするつもりだ?」

「できる限り苦しませて、殺す」


 問うと、一切隠そうともせずにそんな非情な答えが返ってきた。


「何でそんなことをする?」

「ご主人様のご命令……それ以外に理由などない」

「ご主人様だと?」


 長髪アンデッドは、まるで神でも称えるかのように、どこか恍惚とした顔で言ったのだった。


「我らが王、ジャン=ディアゴ様……。あのお方に捧げるに相応しい死体を、ここで作っているのだ……」


 ……どうやらこいつは俺とは相容れないアンデッドらしい。

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