第12話 もはやファイアボールじゃなかった

「はぁ……どうやったら警戒されずに済むんだろうか……」


 せっかく見つけた街から逃げるように立ち去った俺は、歩きながらずっと考えていた。


 撒き散らしていた魔力はちゃんと抑え込んでいたはずなのに、いきなり攻撃されたり、怯えられたりと、まったく会話ができそうな様子ではなかった。

 あんなに友好的な笑顔で近づいていったっていうのに……。


 やっぱりこのボロボロの格好がいけないのだろうか?


「まぁでも、あの四人組の冒険者も一緒だったからな……。俺が危険なアンデッドだと、間違った情報が先に伝わってしまっていたからかもしれない」


 俺はそんなふうに考え、自分を納得させようとする。




 原因は不明だが、俺はアンデッドでありながらなぜか自我を取り戻していた。

 だが――いや、だからこそ、俺は「早く死にたい」と考えている。


 不死の身体を求める者は多い。

 しかし偶然それを手にしてしまった俺にとっては、苦痛以外の何物でもなかった。

 俺は一刻も早く永遠の眠りにつきたいのだ。


 けれどその方法が分からない。

 この身体は異常なほど頑丈な上に、高い再生能力まで有しているらしく、簡単には死ぬことができないようなのだ。


 正直、俺一人ではお手上げだ。

 だからこそ誰かに協力を仰ぎたいし、どうにかして警戒されずにコミュニケーションを取る必要があるのだ。


「それにしても、村も街も全然ないな……」


 いつの間にか荒野は終わっており、見渡す限りの草原となっている。

 しかし行けども行けども、人が住んでいる気配がまるで感じられない。


 気が付けば日が暮れ始め、夜になっていた。

 空には星一つない。


「なのに……見える」


 辺りは真っ暗闇となってしまったが、アンデッドだからか、周囲をしっかりと見渡すことが可能だった。


 もちろん睡眠も食事も必要ない。

 これなら夜通し歩き続けることだってできるだろう。


 だが俺は少し休息を取ることにした。

 景色が変わらない中をずっと進んでいると、心の方が参ってしまいそうだ。


「火をつけよう」


 生前の冒険者時代の野宿を思い出して、俺は枝葉を集めてきて焚火をすることにした。


 そう言えば、当時は魔物が嫌う匂いを発生させる草を一緒に燃やしていたっけ。

 だが今は持っていないし、そもそも魔物が来たところで問題ないよな。


 そんなことを考えながら、俺は魔法で着火しようとする。

 俺は剣士だったが、冒険の際に必須だったので、基本的な火魔法くらいは習得していた。


「ファイア」


 あくまで、小さな種火を作り出す程度の超初歩的な魔法――だったはずなのだが、



 ゴオオオオオオオオオッ!



 猛烈な火柱が立ち上がり、集めた枝葉が一瞬で消失した。


「……は?」


 呆気に取られて、俺はしばしその場に立ち尽くす。


「え? ちょ、どういうことだ……? ファイアボールを使ったわけじゃないよな……?」


 俺が使える火魔法は、せいぜい初級のファイアボールまでだ。

 だがファイアボールにしても、今のは威力が強すぎた気がするんだが……。


「もしかして、魔力量そのものが増えたからか? だから以前と同じ感覚だとダメなのか」


 そのことに思い至り、俺はなるほどと得心する。

 どうやら軽く魔力を込めたつもりで、かなりの魔力を使ってしまったようだ。


「しかしこれ、もし全力でファイアボールを放ったらどうなるんだ?」


 ……試してみよう。

 幸い周辺には人っ子一人いない。


「ファイアボール」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?


「っ!?」


 一瞬、太陽が落ちてきたのかと思った。

 目の前が真っ赤に染まり、巨大な火炎球が草原を焼き尽くしながら猛スピードで飛んでいく。


 大きさは通常のファイアボールの百倍、いや、それ以上だ。

 しかも普通はせいぜい百メートルもすれば消失してしまうというのに、遥か彼方まで飛んでもまだ消える気配はない。


 巨大ファイアボールが通った後の地面は、石がドロドロに溶けて液体と化してしまっている。


「……あの先に街なんてないよな?」


 顔を引き攣らせ、俺はそう祈った。


 と、そこで俺はあることを思いつく。


「この炎なら自分を焼き尽くせるんじゃないか?」


 確かめることに躊躇などない。

 俺は自分の方向に手のひらを向けると、先ほどとは違い、放出せずにその場に留めるイメージで魔法を発動する。


「ファイアボール!」


 次の瞬間、視界が赤く染め上がった。

 燃え上がる炎の中で、俺は呟く。


「……やっぱダメか」


 少し肌の表面が焼けるが、それも一瞬で元通りに再生されてしまう。

 やがて炎が収まったとき、俺はまったくの無傷でその場に立っていたのだった。




    ◇ ◇ ◇




「なに? コスタールで謎のアンデッドが目撃されただと?」


 報告を受けた私は、思わず身を乗り出してしまった。


「はい、間違いありません、エミュル隊長。コスタールの教団支部からの確かな情報です」


 この隊の副隊長であり、優秀な部下でもあるポルミがはっきりと頷く。

 さらに詳しく聞いてみると、そのアンデッドの特徴は私の知らぬものだった。


「奴の新たな眷属か……? もしそうだとすれば、我々の読みは当たっていたということになるな」


 奴――それは、まさに今、我々が追っている最凶の死霊術師、ジャン=ディアゴのことだ。


 各国から指名手配を受けているこの男が重ねてきた悪行の数々は、どれも口にするのも憚られるほど悍ましい。

 そのため様々な国や組織が幾度となく奴を討伐しようと試みたが、そのすべては失敗に終わっていた。


 その組織の一つが、ここ西側諸国で広く信仰されている聖メルト教だ。

 教団が誇る救世軍――アルベール聖騎士団に所属する聖騎士たちで構成された我々特別聖騎隊は、奴の討伐の任務を与えられ、数か月に渡ってその足跡を探ってきた。


 そしてようやくこの国、ロマーナ王国に奴がいるかもしれないという情報を得て、数日前に入国したのである。


 私はこの任務が始まってからというもの、常に肌身離さず持ち歩いているそれに視線を落とす。

 この任務を遂行するため、教団の上層部から賜った特別な聖槍だ。

 しかも私だけでなく、騎隊の全員に配布されている。


「これがあれば、いかなるアンデッドであろうと容易く浄化することが可能だ」


 ジャンが最も恐ろしいのは、奴が引き連れている強大な力を持つアンデッドたちだ。

 かつて英雄として崇められた者たちが、奴の手足として使役されており、迂闊には手を出せないのである。


 しかし教団が総力を挙げて開発したこの聖槍があれば、どのようなアンデッドが現れようと我々の敵ではない。

 必ずや奴を討伐し、教団の汚名を晴らして見せよう。


 ……ジャンはかつて、聖メルト教の神官であった。

 神に仕える身でありながら、信徒を密かに拉致し、そうして死霊術の実験台にしていたのである。


 ゆえに教団は何としても奴を自分たちの手で処罰したいと考えている。

 だからこそ、聖騎士の中でも選りすぐりの実力者ばかりを集め、奴の討伐のためだけにこの特別聖騎隊を結成させたのである。


「ただ、少々腑に落ちないことがあります」

「腑に落ちないこと?」

「そのアンデッドは堂々と街に近づいてきて、コスタールの冒険者たちと戦闘になったそうなのです。しかし討伐を試みるも、手も足も出なかったとのことで……」

「コスタールと言えば、魔境に挑む金等級以上の冒険者も数多く滞在しているはずだぞ?」


 よほど強力なアンデッドだったのだろうと推測される。

 しかしそれ以上に気になったのは、堂々と街に近づいてきたという点だ。


 奴は病的なほど慎重な男だ。

 眷属のアンデッドでさえ堂々と行動することは少なく、大抵は秘密裏に動くはずだった。


「何か事情が……? あるいは、これまでと方針を変えたのか……?」


 考え得る可能性を列挙してみるが、どれもピンとこなかった。


「さらにそのアンデッドは街に入ることも、誰かに危害を加えることもなく、そのまま立ち去ったそうです」

「立ち去っただと……?」


 理解不能な行動だ。

 まさか逃げたわけでもあるまい。


 ……ジャンと関わりがあるかどうかは、今のところかなり微妙だろう。

 だが、


「よし、すぐにコスタールへ向かうぞ」


 聖騎士として、そのような危険なアンデッドを野放しにしておくわけにはいかない。

 それに奴のことだ、そのようなアンデッドがいたら目を付けてもおかしくないはずだ。


 そう結論付けた我々は、進路をコスタールへと向けた。

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