第10話 タラスクロードに食われた

「なんて攻撃だよ……」


 やたらと露出の多い女が放った一撃に驚き、俺は思わず立ち尽くしていた。


 地面は隕石でも落ちたように大きく窪んでいる。

 それをまともに頭に浴びたときは、全身を貫くような衝撃が走った。


 アンデッドなので痛みはないが、さすがにダメージを受けたはずだ。

 試しに身体を動かしてみる。


 ……うん、普通に動く。


 頭を触ってみても、怪我をしている感じはない。

 一体どれだけ頑丈なんだよ……。


「なんて化け物だ……」

「エスティナさんの本気の攻撃を受けて、無傷だなんて……」


 そんな俺を見て、街の前にいた人たちが青い顔をしている。

 恰好や装備などを見るに恐らく冒険者なのだろうが、完全に怯えているようだ。


 よく見たら廃墟で遭遇した四人組の姿もあるが、彼らも例外なく慄いている様子。

 先ほど攻撃してきた赤い髪の女性も、戦意を失ったように立ち尽くしている。


「ええと……これは逆にチャンスでは?」


 攻撃されるよりは、まだ会話ができそうだ。

 そうポジティブに考えた俺は、笑顔で彼らに近づいていく。


「「「ひぃぃぃ……」」」


 すると腰が砕けたのか、何人かがその場に力なくしゃがみ込んだり、尻餅を突いたりした。


 こ、怖くないですよ~?

 今はアンデッドになっているけど、元は人間だし、ちゃんと理性もありますよ~?


 と、そのときだった。


「うおおおおおおっ!」


 ひと際体格のいい男が、雄叫びとともに躍りかかってきた。

 それなりの歳なのか、頭には白髪が多いが、しかし今にも弾け飛びそうなほど筋肉が隆起している。


「掌爆波ァァァッ!!」


 そして裂帛の気合とともに突き出してきたのは、膨大な闘気が生み出す強烈な衝撃波だ。


「~~~~っ!?」


 相変わらずダメージこそ受けはしなかったが、俺は大きく吹き飛ばされてしまった。

 そのまま大人しく飛ぶに任せていると、数百メートルほど宙を舞い、やがて地面に転がり落ちる。


「か、会話することすら許されないのか……」


 あと数メートルにまで接近していたというのに、今や彼らとの距離は何百メートルもある。

 手酷い拒絶を受けてしまったことで、さすがに凹んだ。


 ずんっ!


「……?」


 背後から聞こえてきた地響き。

 俺は後ろを振り返った。


「っ!?」


 すると目と鼻の先にいたのは、あの巨大なタラスクである。


 離れていても相当な巨大さだと思ったが、こうして間近で見るともはや山。

 ドラゴンの亜種と言われるだけあって、その口腔には鋭い牙がずらりと並んでいるし、凄まじい威圧感だ。


 目が合った。


「ど、どうも……」

「グルアアアアアッ!」


 進路上にいる俺が邪魔だったのか、巨大タラスクは腹立たしそうに雄叫びを上げると、いきなり首を伸ばしてきた。


 しかも大きく口を開けて。

 い、嫌な予感が……。


 ばくっ!


 やっぱり食われたぁぁぁぁぁっ!?


 俺は巨大タラスクに丸呑みにされてしまった。




     ◇ ◇ ◇




 今のは間違いなくエスティナの全力の一撃だった。

 にもかかわらず、あのアンデッドは痛痒を感じている様子がまるでない。


「なんて化け物だ……」

「エスティナさんの本気の攻撃を受けて、無傷だなんて……」


 この街でもトップクラスの冒険者たちが声を震わせた。


 あのエスティナですら、戦意を失ったように立ち尽くしている。

 きっと誰よりも彼女自身が理解したのだろう。


 白髪のアンデッドは次元が違う存在である、と。


 そんな誰もが絶望する中、


「うおおおおおおっ!」


 当然、大声を上げて単身アンデッドに立ち向かっていく男がいた。

 ギルド長のバルダだ。


 一体何をするつもりなのか?

 幾らバルダと言えど、エスティナの攻撃すら効かない相手に通用するはずがない。


「掌爆波ァァァッ!!」


 バルダが繰り出したのは、闘気による激烈な衝撃波だった。

 それをまともに浴びたアンデッドが遥か遠くへと吹き飛んでいく。


 そうしてアンデッドが飛んだ先にいたのは――


「タラスクロード!?」


 俺たちがアンデッドとやり合っている間に、いつの間にかすぐそこまで近づいてきていたらしい。

 例のごとくバルダの一撃に何のダメージも受けていないアンデッドが身体を起こすと、タラスクロードと間近で対峙するような形となった。


 そして次の瞬間。

 大きく口を開いたタラスクロードが、アンデッドを丸呑みにしてしまった。


 おおおっ、と冒険者たちが湧いた。


「今だ! タラスクロードを攻撃し、進路を変えさせろッ!」


 バルダが声を張り上げる。

 まさか、これを狙って吹き飛ばしたのか……っ!?


 タラスクロードは非常に硬質な甲羅を有しているため、外からの攻撃はほとんど効果がない。


 そこで内側から攻撃しようと、体内に飛び込んだ冒険者がいるという。

 しかし結局その冒険者が戻ってくることはなかった。


 基本的に竜種は身体の外側だけでなく、内側も非常に強固にできているらしい。

 ブレスを吐く種族も多く、それに耐えられるようになっているのだろう。


 アンデッドを倒すことができないなら、タラスクロードに食わせればいい。

 そしてタラスクロードを魔境に追い返せば、どちらも同時に片づけることができる。


 あの一瞬で、こんな作戦を思いつくとは……。

 さすがギルド長だ。


 俺たちはタラスクロードを追い払うべく、当初の予定通りに散開。

 人員の大半が左側へと回り込む。


 タラスクの前方に立つのは危険で、もし近づいて攻撃するとなると、左右のどちらかから攻めるのが鉄則である。

 正面からだと先ほどのアンデッドの二の舞になるからだ。


 タラスクは正面から近づく敵には、強烈な噛みつきで攻撃することができるが、左右の敵に対処するのは非常に苦手なのだ。


 身体を保護する甲羅にはまずダメージが通らないため、俺たちはタラスクロードの頭、あるいは手足を狙い、次々と攻撃を放っていく。

 それも左側ばかり。


「オオオオッ!」


 甲羅以外も硬質なため、ほとんどダメージにはならないが、それでも攻撃を嫌がり、タラスクロードが身体を右側へと回転させ始めた。


「よし、タラスクロードが少し向きを変えたぞ!」

「このまま右回転させていくんだ……っ!」


 魔境へ追い払うためには、身体の向きをほぼ百八十度変えてもらう必要がある。


 と、そのときだった。

 突然、タラスクロードが動きを止めたかと思うと、


「オアアアアアアアアアッ!?」


 悲痛の叫びを上げて苦しみ始めた。


「攻撃が効いているのか?」

「だが身体は大して傷付いていないぞ?」

「じゃあこの苦しみようは何だ……?」


 理由が分からず当惑していると、


 ボンッ!


 突如としてタラスクロードの甲羅の一部が弾け飛んだ。


「「「……は?」」」


 思わず攻撃の手を止め、何が起こったのかと呆然として立ち竦んでいると、さらに再び、今度は先ほど以上の勢いで甲羅の一部が爆発。

 破片が周囲に飛び散り、俺たちの近くにも降ってきた。


「オアアアアアア~~~~ッ!?」


 自慢の甲羅に大きな穴が開き、タラスクロードは悶え苦しんでいる。

 そんな中、穴から手が出てきたかと思うと、白髪のアンデッドが中から這い出してきた。


 全身に粘性の高い液体が纏わりつき、思い切り顔を顰めてはいるが、見たところ無傷である。


 まさか、タラスクロードの体内から、甲羅を突き破って出てきたってのかよ?

 あの甲羅、下手したらアダマンタイト並みの硬さなんだぞ……?


 身体を甲羅ごと貫通させられたタラスクロードは、すぐに苦しむ力すら無くなったのか、そのまま動かなくなってしまう。

 どんなに高い自然治癒力を持っていようと、あれでは死を待つだけだろう。


「じょ、冗談じゃねぇ……」

「ば、化け物にも程があるだろ……」


 もう幾度目とも知れない絶望を、俺たちは味わうのだった。

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