第6話 攻撃が効かなかった
元暗殺者のディルによれば、この白髪の不気味な青年は、俺たちを見て「殺す」と呟いたらしい。
どうやら見逃すつもりはないようだ。
それにしても、金等級冒険者である俺たちが、圧倒されるほどの凄まじい気配を放っているこいつは一体、何者なんだ?
白髪と赤い目を除けば、普通の人間の青年のように見えるが……。
「……アンデッド、であろう」
普段はどんなときも冷静沈着なはずのガイが、掠れた声で言った。
アンデッド、だと?
俺の知るアンデッドは、例えば腐った肉体で動き回るゾンビ、骨だけと化したスケルトン、それから霊体となって人を襲うゴーストなどだ。
あるいはより高位のアンデッドとなれば、吸血鬼(ヴァンパイア)だったり、首を無くした騎士の姿をしたデュラハンなどが有名だ。
しかし目の前の白髪はそのどれにも当て嵌まりそうにない。
吸血鬼なら牙が生え、もっと青白い顔をしているはずだからな。
そしてアンデッドは総じて太陽光に弱く、中には陽光を浴びるだけで浄化されてしまう場合もあるという。
高位のアンデッドとなると耐性を持つそうだが、それでもこんな風に日中に活動することは稀だった。
「恐らく、相当高位のアンデッド……しかし拙僧にも、その底がまったく計り知れぬ……」
ガイはアンデッドに詳しい聖職者だ。
そんな彼が「底が知れない」と戦慄するほどのアンデッドだと……。
だが大人しく殺されてやるつもりはない。
幸いガイは対アンデッドに効く浄化の術を持っている。
「……俺たちが奴の注意を引く。ガイはその間に発動の準備を進めてくれ」
「……承知」
俺は愛用の戦斧を強く握り締める。
超重量の武器だが、持ち主が手にしたときだけ軽くなるという特殊効果が付与されており、実は女子供でも扱うことができる代物だ。
さらに闘気を刃に伝えていく。
この状態で俺が本気の一撃を放てば、強固な城壁すら粉砕できる自信があった。
幾ら高位のアンデッドと言え、その直撃を受ければ一溜りもないはず。
そのとき、アンデッドが「にやり」と不気味な笑みを浮かべた。
まるで「やってみろ。貴様の攻撃など効かないぞ」とでも言うかのように。
……舐めやがって!
やってやろうじゃねーか!
「うおおおおおおおおおおっ!」
俺は怖気を振り払うように雄叫びを上げ、アンデッドへと躍りかかった。
先ほどの余裕を証明するかのように、アンデッドはその場から動こうとすらしない。
俺は渾身の力で戦斧を振り下ろした。
超重量の刃がアンデッドの頭部へ――ばぎんっ!
……は?
俺は敵前だというのに、目を見開いて呆然とするしかなかった。
これまで幾多の魔物を叩き潰しても刃毀れ一つしなかった、ミスリル合金製の戦斧だ。
しかも闘気で刃を覆い、さらに強度は増していたはず。
なのに、その刃が砕け散ったのである。
驚愕すべきはそれだけではない。
頭部に直撃を受けたというのに、まったくの無傷なのだ。
「ば、化け物っ……」
アンデッドは基本的に痛覚を持たないため、腕を切断されても構わず襲い掛かってくる。
そして負った怪我が自然に修復していくなど、高い再生能力を持つアンデッドも多い。
しかし、そもそもダメージを与えることすらできないアンデッドなど初めてだ。
「アレク、退いてっ!」
ハンナの怒鳴り声で、俺は我に返った。
そうだ。
まだ戦闘中なのだ。
呆然として動きを止めている場合ではない。
「メテオファイアっ!」
俺が慌てて飛び退いた直後、炎の塊がさながら隕石のように高速で通過していった。
ズゴオオオオオオンッ!
アンデッドに炎塊が直撃する。
高々と火柱が上がり、その熱風だけで俺まで火傷しそうだった。
……ハンナのやつ、また威力を上げやがった。
しかもあれで魔法剣士である。
やはりもう銀等級のレベルにはない。
「っ……効いてないわっ!」
だがそんなハンナの渾身の魔法も、アンデッドには通じなかったらしい。
炎に巻かれながらも平然としているのだ。
やがて炎が収まったとき、アンデッドは火傷一つ負っていなかった。
その背後に、いつの間にかディルの姿があった。
俺たち仲間にも察知されないほどの熟練の隠密スキルで気配を消し、アンデッドの背中を取っていたのである。
ディルが手にしているのは極太の針だ。
一点集中の一撃は竜種の鱗をも貫くほどで、さらに針に特性の猛毒が塗られている。
あの毒は大型の魔物にも効く。
気づかれずに接近しては一刺しで危険な魔物を葬るところを、俺は何度も見てきた。
もちろん毒がアンデッドに効くかどうかは分からないが。
いや、その前に果たして針が通るのだろうか?
アンデッドが振り返った瞬間を狙い、ディルは針を突き出した。
針の先端が吸い込まれるようにして向かった先は、眼球だ。
そうか。
柔らかい眼球であれば貫けるかもしれない。
ばきんっ!
しかし期待は裏切られた。
針の方が折れてしまったのだ。
「馬鹿、な……」
さすがにこれはディルにとっても想定外だったらしい。
そのときだ。
ついに術の準備が完了したのか、ガイが後方から走り込んできた。
手にした棍が浄化の光に包まれ、煌々とした輝きを放っている。
「滅せよ! かああああああっ!」
光の柱がアンデッドに降り注いだ。
俺たちは祈るような心地でそれを見守る。
もし、これさえも効かなかったとしたら……。
やがて光が収まったとき。
俺たちは目を疑うしかなかった。
「……これが、効かぬとは……」
「マジか……高位アンデッドすら浄化する、ガイの祓術がまったく効いてねぇなんて……」
「な、何なのよっ、この化け物は……っ?」
「……絶望、だ」
そこにいたのは、浄化されるどころか、何事もなかったかのように立つアンデッドだ。
俺たちの全力の攻撃が、まったく通らないなんて……。
打つ手はない。
こんな化け物に出会ってしまった時点で、俺たちの敗北は決していたのだ。
しかし不可解なのが、これだけ一方的に攻撃されたというのに、アンデッドは未だ何も仕かけてはこないということだ。
それどころか、またしても不気味な笑みを浮かべている。
くっ……俺たちなど、いつでも殺すことができるということか。
あるいは、死んだ方がマシだと思えるほどの苦痛を与え、じっくりと楽しんでから殺すつもりなのかもしれない。
「ひぃっ……」
俺と同じ想像をしたのか、ハンナが引き攣ったような悲鳴を漏らす。
彼女も冒険者の道を選んだ以上、いつでも死ぬ覚悟はしているはずだ。
だがアンデッドに玩ばれることになるなど、さすがに考えてもみなかっただろう。
……そんなこと、させるかよ。
俺は意を決し、懐に手を突っ込んだ。
そこには魔法袋と呼ばれる魔道具が入っており、ここには外から見える何倍もの容量を保存することが可能だった。
非常に高価だが、持っていると冒険にかなり役立つため、ローンしてまで購入した代物である。
右手が掴んだのは、ひんやりと冷たい拳大の結晶だった。
「一か八かっ、こいつを使う……っ!」
こいつはとあるダンジョンの奥深くで発見した、特殊な魔法が込められた結晶だ。
割るとその効果を発揮し、魔法が発動する。
だがこの結晶に封じられているのは普通の魔法ではない。
鑑定士に視てもらったところによれば、異界の魔物を強制召喚するというものらしい。
どんな魔物を召喚するかも分からなければ、召喚した魔物をコントロールすることもできないという。
完全に博打なアイテムなのである。
危険過ぎて恐らく使う機会などないと思っていたのだが、売らずに取っておいてよかった。
下手をすればさらに状況が悪化するかもしれないが、現状を打開するにはもはやこの手しかなかった。
パリンッ!
結晶がアンデッドの足元で割れた。
しかしそのときにはもう、何が現れるのかを確認する間もなく、俺たちはその場から全力で遁走していた。
「ウオオオオオオオオッ!」
凄まじい雄叫びが聞こえてきて、走りながら思わずチラっと振り返ると、そこに山羊の下半身を持つ真っ赤な悪魔の姿があった。
その強烈な存在感だけで分かる。
あれは間違いなく上級悪魔だ。
そして幸い、その悪魔はアンデッドに襲いかかろうとしていた。
このまま両者が戦っている隙に――
バァンッ!
次の瞬間、悪魔の下半身が爆発四散していた。
ええええええええええええええええええっ!?
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