第5話 慈悲はなかった

 俺の名はアレク。

 金等級の冒険者だ。


 十七の時に冒険者になり、それからすでに二十五年。

 今年で四十二歳になったが、しかしまだまだ引退する気はさらさらない。


 身体は若い頃よりむしろ元気になっているほどだし、力もスキルもまだまだ成長し続けているのを感じている。

 何より俺は今のパーティをいたく気に入っている。


 ……変わった連中ばかりではあるがな。


「これほどの都市も、やはりいつかは滅びるのだ……。人の作り上げたものの、なんと儚いことか……。ああ、これぞ無常……」


 そうブツブツと独り言を呟いているのは、俺よりも頭一つ以上も小柄な男。

 パーティメーンバーのディルだ。

 普段は無口で無表情な男なのだが、感傷的になるとやけに饒舌になるクセがある。


 元々はとある国で、要人などを秘密裏に殺すための暗殺者として育成されたという彼は、紆余曲折あってその国を脱出。

 新たに冒険者として生きていたとき、偶然、俺と出会った。

 十年ほど前のことだ。


 それ以来、こうしてずっとパーティを組んでいる。

 暗殺者として鍛えられた戦闘能力の高さもさることながら、斥候としても活躍していた。


「見ろ……部屋の中に当時のものと思しき死体が転がっているぞ……。周囲に満ちる高濃度の魔力のせいか、何百年も経っているというのにほとんど腐敗していない……。くくく、ぜひとも持ち帰らねば……」

「それだけはやめてくれ」


 俺はすかさず制した。

 死体を見るとやたらと興奮し、すぐに持ち帰ろうとするのが玉に瑕だ。


 ちなみに現在、俺たちのパーティはというと、世界でも有数の魔境として知られるここ、〝エマリナ大荒野〟へと来ていた。

 遥か昔、エマリナ帝国と呼ばれる大国があったとされる一帯だが、どういうわけか現在は広大な荒野と化している。


 延々と続く異常気象のせいで、現在は人の住める場所ではない。

 そして凶悪な魔物も多数棲息している危険地帯だが、貴重な遺産が眠っていることもあって、俺たちのような高位冒険者が調査を進めていた。


 中でも今、俺たちが探索しているのは、当時、大都市だったと推測される場所だ。

 建物の多くは風化してボロボロになっているが、それでもかつての繁栄ぶりが伺える。


「不思議なことに、死因の大半は焼死と凍死らしいな。何らかの災害に遭ったのか、どうやら短時間の間に一斉に亡くなったようだ」

「焼死と凍死って、どうやったら同時に起こるのよ?」


 そう俺に噛みついてくるのは、うちの紅一点、そしてパーティ最年少のハンナだ。


 年齢はまだ十九。

 それもあって、パーティ内では一番低い銀等級であるが、その実力はすでに金等級に勝るとも劣らない。


 実は彼女は、かつて俺とパーティを組んでいた剣士と魔法使いの娘である。

 二人とも凄腕の冒険者だったが、結婚を機に引退。

 そしてハンナが生まれた。


 両親の才能を受け継いだらしく、彼女は剣も魔法も使え、いわゆる魔法剣士だ。

 幼い頃から両親に憧れて冒険者を目指していたが、いざ冒険者になろうとすると、その親から猛反対を受けたので、喧嘩して家を飛び出したというなかなかのお転婆娘だ。


「さあな。少しは自分の頭で考えろ」

「まるであたしが何も考えてないみたいに言わないでくれる?」


 色々あって、なぜか今は俺のパーティに加入している。

 小さい頃は可愛かったのだが、反抗期なのか、今ではすっかりこんな調子である。


 俺の方がかなり先輩のはずなんだが、まったく慕われている感じがしない。


「――南無」


 顔の前で手を合わせ、神妙に祈りを捧げているのは禿頭の大男。

 戦士の俺と匹敵する体格の持ち主である彼は、ガイと言った。


 ガイは元々、東方の国で聖職者をしていたらしい。

 そのため治癒魔法に長けているのだが、同時に棍を使った接近戦も得意としており、攻撃と補助の両方を熟すことができる。


 彼とは数年前に出会い、それから一緒に冒険を続けていた。

 何やら過去に色々あって、聖職者を破門されたらしい。

 それで西方に流れ着き、冒険者を始めたのだという。


「処女のまま命を失ったオナゴも多くいたことだろう。なんと勿体なきことか」


 ……恐らくその好色さが祟り、破門されたのだろうと俺は推測している。

 真面目そうな顔をしているくせに、その実、暇さえあれば若い女性と遊んでいる変態野郎なのだ。


 ちなみにこのつるつるの頭は東方の聖職者の規律によるものだそうで、実際には禿げているわけではなく、剃っているとのことだ。

 あくまで本人の主張であるが。


「っ……何か近づいてくる……。恐らく、魔物だ……」


 そのときディルが小さく警告を口にし、俺たちはすぐに臨戦態勢を整えた。


「ビッグボアか」


 現れたのは巨大な猪の魔物だ。

 鋭い牙を突き出しての強烈な突進が危険な魔物であるが、それさえ気を付ければそう対処の難しい相手ではない。


 ただこの魔境の魔物は、一般的な個体と比べ、高い能力を持っていたり、特殊なスキルを有していたりするため、その辺りの注意が必要だ。

 魔力濃度の高い場所にいると、変異が起こることがあるのだ。


 見たところ目の前の個体も、通常のビッグボアよりも体毛が赤い気がする。


「ブフォッ!」


 ビッグボアは興奮したように鼻を鳴らすと、挨拶代わりとばかりに突っ込んできた。

 俺たちは咄嗟に左右に散り、それを回避する。


「おおおっ!」

「喰らいなさいっ! ファイアジャベリンっ!」


 そして瓦礫に頭から激突したビッグボアの尻へ、すかさず攻撃を見舞った。


 突進を躱して、攻撃する。

 これがビッグボアと戦うときの基本的な戦法だ。


 俺が指示するまでもなく、仲間たちはそれを理解し、耐久力の高いビッグボアに確実にダメージを与えていった。

 普段は扱い辛い者たちばかりだが、こと戦闘となると非常に頼りになる連中なのだ。


 ちなみに俺たちのバーティの陣形は、主に俺とガイが前衛となり、魔法による遠距離攻撃が可能なハンナが後衛となる。

 そしてディルは、気配を消して魔物の認識から逃れつつ、状況に応じて臨機応変な動きをする、いわば遊撃だった。

 他の魔物の接近を警戒するのも、彼の重要な役目だ。


 そんなディルが突然、震える声で叫んだ。


「な、何か近づいてくる……っ! 何なんだ、この凄まじい気配は……っ!?」


 あのディルがここまで狼狽えるのは珍しい。


 しかも野生の勘と言うべきか、ビッグボアも急に動きを止め、何かに怯えるようにブルブルと鼻面を鳴らし始めた。

 どうやら本当にとんでもない存在がこちらに接近してきているらしい。


 というか、こうした感覚には鈍いはずの俺ですら察知できる。

 なぜか身体が勝手に震え始めたのだ。


 やがて、そいつは姿を現した。


「人間……?」


 確かに見た目は人間の青年のように見えた。

 白髪で目が赤いこと、そして衣服があまりにもボロボロであることを除けば、どこにでもいるような二十歳前後の若者である。


 だがそいつが全身から発している凄まじい気配。

 それに晒されただけで身体中の汗腺という汗腺から汗が噴き出し、ガタガタと歯が鳴り始めやがった。


 絶対的な強者。

 格が違う存在。

 敵対すれば死。


 直感で理解できた。

 俺は今、これまでの冒険者人生の中で最大のピンチに遭遇している、と。


「ブフゥッ!?」


 ビッグボアが猛スピードで逃げていった。

 それを追ってくれれば嬉しかったのだが、白髪の青年はちらりと目で追っただけで動かなかった。


 どうやら目的は俺たちの方にあるらしい。

 いや、もしかしたらビッグボア同様、見逃してくれるかも……?


 そのときだ。

 青年の唇が微かに動く。


「……」


 今、何か言ったのか?

 まったく聞き取れなかった。


「(おい、何て言ったのか分かったか?)」


 俺はディルを見やり、目でそう訴えた。

 彼はそれに気づいてくれて、小さく呟く。


「オレには……〝こ〟までしか、分からなかった……」


 こ?

 ……殺す?


 どうやら慈悲はないらしい。

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