第4話 コミュ障が悪化してた

 巨大な戦斧を手にした四十がらみの身体の大きな男。

 それからこの中では最年少と思われる若い女。

 彼女は剣士だろうか。


 小柄で年齢の判別が難しい男は盗賊か、あるいは斥候か。

 最後に、三十半ばほどと思われる棍を手にした禿頭の男。

 あまり見かけない顔つきと武装だ。


 その四人組は、魔物との交戦中に現れた俺を前に、愕然としたように立ち尽くしている。

 一方で猪の魔物はというと、


「ブフゥッ!?」


 そんな風に鼻を鳴らしたかと思えば、猛スピードで逃げていってしまった。


 俺と、見知らぬ四人の男女だけがこの場に残される。

 ええと……ど、どうすればいい?


 人間に会ったはいいが、どんな風に声をかけていいのか、まったく分からない。

 生前ですら、俺はコミュニケーションが苦手だったのだ。


 ましてやアンデッドとなり、ずっとダンジョンを彷徨い続けていたのである。

 上手く会話ができる気がまったくしない。


 戸惑い、沈黙するしかない俺。

 一方で彼らは怯えるような、あるいは絶望するような表情で身構えている。


 そもそも相手は俺を危険な魔物と認識しているのではないか?

 だとすると、友好的な会話など望めるべくもない。


 いや、水たまりに映っていた俺の姿は、あまりアンデッドらしいものではなかった。

 ちゃんと言葉が通じる相手だと分かれば、少しは警戒を解いてくれるに違いない。


 そうだ。

 まずは挨拶だ。

 明るく元気に「こんにちは」と言えば、きっといけるはず!


「……こ……ちわ……」


 びっくりするくらい声が小さかった。

 だってまだ言葉を発するのに慣れていないのだ。


 それでも挨拶は挨拶だ。

 大きな一歩である。


 これで彼らも俺が危険な存在ではないと、理解してくれたに違いない――


「「「……」」」


 ちょっ、反応なし!?

 俺ちゃんと挨拶したよねっ?


 むしろ彼らの表情はますます硬くなっていた。

 かえって警戒心が高まったように見える。


 くっ、一体何がダメだったんだ……?

 そ、そうか。

 笑顔だ!


 ぼそぼそした小さな声だった上に、俺はたぶん緊張のせいで無表情だった。

 それでは逆効果となってもおかしくはない。


 俺は必死に表情筋を動かした。


 にこ~。


 次の瞬間だった。

 突然、戦士の男が獣のような雄叫びを轟かせた。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 そして決死の表情で躍りかかってくる。


 ええええっ!?

 せっかく頑張って笑顔を作ったのに、また逆効果っ!?


 戦士の男が手にしているのは、常人なら持ち上げることすら難しいだろう、巨大な刃の付いた戦斧だ。

 それを俺の頭部へと振り下ろしてくる。


 あ、もしかしてこれなら死ねるかも?

 そう思って避けなかったら、見事に額に戦斧の刃が直撃した。


 ばぎんっ!


「っ!?」


 男が目を剥く。

 俺の頭部を粉砕すると思われた一撃だったが、破壊されたのは戦斧の方だったのだ。

 刃が砕け散ったのである。


 俺の方は……やはり無傷だ。


「ば、化け物っ……」


 男は引き攣った顔でそう小さく呟く。


「アレク、退いてっ!」


 彼の後ろからそう叫んだのは、剣士らしき少女だ。

 いや、よく見ると彼女は魔法の杖のように掲げ、頭上に巨大な炎塊を作り出している。

 どうやら魔法剣士らしい。


「メテオファイアっ!」


 炎の塊がさながら隕石のように、真っ直ぐ俺のところへ降ってきた。


 ズゴオオオオオオンッ!


 直撃。

 そして猛烈な炎に全身を焼かれる俺。


 アンデッドモンスターは総じて火の魔法に弱い。

 物理攻撃はまったく効かなかったが、これならあるいは――


「……ぜんぜん、熱くない」


 身体を覆い尽くすほどの炎に焼かれているというのに、まるで熱くなかった。

 単に痛覚を失っているわけではなく、身体は火傷一つ負っていない。


「っ……効いてないわっ!」


 女魔法剣士が驚愕の声を上げる中、俺は背後に微かな気配を感じて振り返った。

 そこにいたのは、小柄な男。

 猛禽類のように目を光らせながらも、無表情の中に極限まで殺意を押し込めている。


 手にはナイフを握っていた。

 いや、ナイフというよりも暗器の〝針〟に近いものだろう。


 それを俺の眼球目がけ、躊躇なく突き出してくる。

 手慣れた殺しの技だ。


 ばきんっ!


 しかし眼球にぶつかるや否や、〝針〟が折れた。

 俺の目は無傷だ。


「馬鹿、な……」


 無表情だった男の顔に驚愕が浮かび上がった。


 直後、禿頭の男が何やらブツブツと呪文めいた言葉を発しながら飛びかかってくる。

 煌々とした光に包まれた棍を、俺のすぐ目の前で振り下ろした。


「滅せよ! かああああああっ!」


 凄まじい閃光が弾け、俺の身体を覆い尽くす。


 びりっ、と。


 まるで静電気が走ったような、初めて微かな痛みを感じ、俺はびくりと身体を震わせた。

 だがすぐに何事もなかったかのように光が収まる。


「……これが、効かぬとは……」


 禿頭の男が愕然としたように呟く。


「マジか……高位アンデッドすら浄化する、ガイの祓術がまったく効いてねぇなんて……」

「な、何なのよっ、この化け物は……っ?」

「……絶望、だ」


 他の三人も信じられないといった顔で呻いた。


 ど、どうしよう?

 まさかいきなり攻撃されるとは思っていなかった。


 しかし幸い俺は無傷だ。

 攻撃されたことは事実だが、俺がそれを許してやりさえすれば、まだ今からでも友好的な会話ができるかもしれない。


 そのために、まずは怒っていないことをアピールするしかない。

 先ほどは失敗に終わったが、今度こそ笑顔の力を借りるべきときだ。


 にこ~。


「ひぃっ……」


 ……怯えてんじゃん。


 と、そのときだ。

 戦斧の大男が意を決したように懐に手を突っ込むと、何やら不気味な光を放つ結晶のようなものを取り出した。


「一か八かっ、こいつを使う……っ!」


 そう決死の表情で叫ぶと、結晶を俺に向かって投げつけてきた。


 パリンッ!


 俺のすぐ足元で結晶が割れる。

 次の瞬間、空間が歪んでしまったかのように、目の前の光景がぐにゃぐにゃと曲がって見えた。


「……?」


 何らかの攻撃をされたのか。

 だが相変わらず身体には何の異変もない。


 しかし空間が元に戻ったとき、いつの間にかそこに大きな影が出現していた。


 ケンタウロスの下半身を山羊にしたような姿。

 グネグネと捻じ曲がった二本の角に、蝙蝠のような漆黒の翼を有しており、全身は真っ赤な毛で覆われている。


 どうやら先ほどの結晶には、何かを強制的に召喚する魔法が込められていたらしい。


「こいつは……悪魔か……?」


 邪神によって生み出され、異界に棲息すると言われる邪悪な種族。

 それが悪魔だ。


 個体差は大きいが、一般的に頭部の角と漆黒の翼が特徴で、また総じて高い能力を持つ。

 下級の悪魔ですら、熟練の冒険者が苦戦するほどだ。


「ウオオオオオオオオッ!」


 無理やり呼び出されたことへの怒りを示すように、悪魔は凄まじい雄叫びを上げた。

 悪魔には高い知性を持ち、会話が成立するタイプの個体もいるが、どうやらこいつはそれとは真逆の個体らしい。


 って、あいつら逃げ出してんじゃん!


 よく見るとあの四人組はこちらに背を向け、全速力で逃走していた。

 悪魔を呼び出しておきながら放置するとは何事か。


 もしかしたら召喚するだけで、コントロールすることができないのかもしれない。


 お陰で悪魔の怒りの矛先は俺に向いた。

 四本足で地面を蹴り叩き、躍りかかってくる。


 このとき、俺は初めてこのまま攻撃を受けることに抵抗を覚えた。

 なぜなら悪魔に倒された者は、その悪魔に支配され、眷属にさせられてしまうことがあると聞いていたからだ。


 死ぬのはいいが、眷属になどなりたくない。

 そう思った俺は、思わず迫りくる悪魔へと拳を突き出していた。


 バァンッ!


 悪魔と俺の拳が激突した瞬間、凄まじい破裂音が轟いた。


 破裂したのは悪魔の下半身だった。

 血と臓物を周囲に巻き散らしながら、上半身だけとなった悪魔が頭から地面に倒れ込む。

 その刹那、顔が驚愕に歪んでいたのがチラリと見えた。


 ……いや、俺だってびっくりだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る