第3話 大都市が廃墟になってた

 ここは凶悪な魔物が無数に蠢く超絶危険なダンジョンだった。

 にもかかわらず、俺はまだ一度も有効なダメージを受けていなかった。


 そもそも俺と遭遇した魔物の大半は、こちらを見るなり怯え、逃走してしまう。

 そして襲いかかっているごく少数も、自分の攻撃がまったく効かないと知るや、あのアームドグリズリーと同様すぐに逃げていくのだ。


 さらにはどんなトラップも効かない。

 落とし穴だけでなく、天井の崩落で生き埋めにされても、毒を浴びせられても、大爆発をまともに喰らっても、俺はまったくの無傷だった。


「ちょっと強すぎないか……この身体……?」


 俺は一刻も早く死にたいのだ。

 なのにこの頑丈すぎる身体のせいで、どうしても「死ぬ」ことができない。


 そうして途方に暮れかけていた、そのときだった。


「っ、外だ……」


 ダンジョンの出口を発見したのである。


 生きていた頃なら、無事に生還できたことをどれほど喜んだことだろうか。

 しかし生憎と俺は死に、アンデッドとなってしまった。


 それでもようやくこの薄暗い穴倉を脱出できることに、俺は少なからず高揚していた。

 なにせ久しぶりに光を浴びることができるのだ。


 いや、待てよ……?

 今の俺はアンデッドだ。


 アンデッドは太陽の光に弱いと聞く。

 だから夜間やダンジョン、薄暗い森などにしか現れないのである。

 もし長時間に渡って太陽光を浴び続けると、消滅してしまうとすら言われていた。


「むしろ、望む、ところだ……っ!」


 そうだ。

 俺は死にたいのだ。

 太陽の光で死ねるというのなら好都合である。


 俺はつい走り出し、空から降り注ぐ眩い陽光の中へと身を躍らせた。


「……うん、痛くも痒くもない……」


 燦燦と照り付ける太陽光をまともに浴びても、まったくのノーダメージである。

 ずっと浴びていたら効果が出てくるのかもしれないが、少なくともこれが弱点であるとは思えなかった。


 それにしても随分と強烈な日差しだな。

 アンデッドの身なので分かりにくいが、遠くを見ると陽炎が起こっているので、周囲はかなりの高温のようだ。

 今は真夏なのかもしれない。


 ダンジョンの周辺は見渡す限りの荒野だ。 

 草一つ生えていない。


 記憶は曖昧だが、こんな場所じゃなかったはずだ。

 確かダンジョンは森の中にあったように思う。


 俺がアンデッドとしてダンジョンを徘徊している間に、周辺の環境が変化してしまったのだろうか。


 俺がそれに気づいたのは、ふと後ろを振り返ってみた瞬間だった。


「なっ!?」


 巨大なドラゴンの頭部がそこにあった。


 と言っても、残っているのは骨格だけだ。

 当然ながらすでに死んでいる。


 たった今、俺が出てきたダンジョンの入り口。

 洞窟だと思っていたそれは、どうやらドラゴンの口だったらしい。

 よく見ると天井からは鋭い牙が何本も突き出している。


 頭部だけで十メートルはありそうだ。

 全長ともなればどれほどの大きさなのか想像もつかないが、外に出ているのは頭だけで、身体の方は完全に地面に埋まってしまっていた。


「……このドラゴンに、踏み潰されたら……さすがにこの異常な身体も、無事じゃ、済まないだろうな……」


 いずれにしても、俺の記憶に残るダンジョンの入り口はこんな風ではなかった。

 普通の洞窟のような一口だったはずだ。


 一体何が起こったのか。

 色々と疑問は浮かぶが、しかし考えても分かるはずがない。


 そのとき突如として周囲が暗くなった。

 見上げると、さっきまで雲一つなかった空が、真っ黒い雲に覆い尽くされようとしていた。


 急な天候の変化に驚く間もなく、空から大粒の雨が降ってくる。

 ザァァァァァァッ!


 先ほどまでの晴天が嘘のような凄まじい豪雨だ。

 何度も雷鳴が瞬き、地上に稲妻が落ちる。


 俺は慌ててドラゴンの口の中に避難した。

 この様子だとしばらくは止まないだろう。


 荒野にあっという間に幾つもの水たまりができていく。

 いや、水たまりというより、もはや池や湖だ。


 やがてダンジョンの入り口にまで浸水してきた。

 ふと水面を覗き込んでくると、そこに俺の顔が映っていた。


「これが、俺……?」


 そこには雪のように髪が白く、鮮血のように目が赤い青年の姿があった。

 俺の髪はもっと黒かったはずだし、目もこんな赤くなかったはずだ。


 だがそれらを覗けば、ごく普通の人間に見えた。

 これならたとえ人に遭遇したとしても、アンデッドだとは思われないかもしれない。







 その後、天気が目まぐるしく変わった。

 急に気温が下がってきたかと思うと、雨が雹となり、やがて雪となった。


 かと思えば、今度は気温が上がっていき、そして雨も上がる。

 代わりに暴風が吹き荒れ、あちこちで竜巻が発生。


 それもようやく収まると、再び蒼天となって灼熱の暑さに。

 なるほど、こんな環境では草も生えないはずだ。


 ともかく俺は荒野を歩き出した。


「確か、近くに集落があったはず……」


 かつて冒険者たちがダンジョンに挑むための拠点として利用していた集落だ。

 森の中に設けられ、それゆえ魔物に襲われることも少なくなかったが、住人の大半が腕に覚えのある者たちだったため、いつも難なく討伐していた。


「……ここか」


 もちろん、その森すら消滅した今、まだ存在しているとは思っていなかった。

 残っていたのは、集落を守っていた防壁の微かな名残だけだ。


 それでも、これで俺の記憶が間違っていないことが証明できた。

 やはりここは、かつて森だったはずの場所だ。


 それからさらに俺は荒野を歩いた。

 微かな記憶を頼りに、続いて俺が目指したのは都市バルカバだ。

 ……まさかあの大きな都市が無くなっていることはあるまい。


 徒歩で行くような距離ではないが、それでも今の疲れを感じない身体なら問題ない。

 空腹を覚えることもなければ、睡眠すら必要なく、俺は夜通し歩き続けた。


 ダンジョンから離れていくにつれ、少しずつだが異常気象がマシになってきた。

 それに伴い、草木や魔物をちらほらと見かけるようになる。


 魔物は俺を見るや、どいつもこいつ一目散に逃げていく。

 ダンジョンにいた魔物と比べると幾らか力は劣るようだし、本能で敵わないと理解して向かってこないのかもしれない。

 こっちから攻撃する気はないんだけどな。


 やがてそれが見えてきた。

 都市を守護する巨大な城壁――


「ここもか……」


 竜種の攻撃にも耐えると言われていた分厚い壁が今や、無残な姿へと変わり果てていた。

 あちこち崩れ落ち、これでは野盗の侵入すら簡単に許してしまうだろう。


 もちろん都市の中も悲惨な有様だった。

 美しかった街並みは失われ、ボロボロになった無人の廃墟が延々と続いている。


 俺は見覚えのある大通りに出た。

 かつては幾多の商店が軒を連ね、大勢の人々で賑わっていたはずだ。


 だが現在は人っ子一人見当たらない。

 いるのはアンデッドと化した俺だけ。


「まさか、人類そのものが滅びた……なんてことはないよな……?」


 そんな考えが脳裏を過った、そのときだった。


「おおおっ!」

「喰らいなさいっ! ファイアジャベリンっ!」


 どこか遠くからそんな声が聞こえてきた。


「人? 人がいるのか……?」


 俺は急いで声がした方へと走り出した。


 身体が軽い。

 初めて走ったが、信じられないほどの速度が出ている。


 それでも五分ほどは走っただろうか。

 随分と距離があったようだ。


 俺は先ほどこんな遠くの声を拾ったのか?

 あり得ない聴力だ。


 そして彼らを発見した。


 間違いない。

 人間だ。

 冒険者らしき四人組である。


 彼らは魔物と戦っていたようだった。

 全長二メートルを超し、鋭い牙を有した猪の魔物だ。


 だが現在は両者ともに戦闘を中断しており、いきなりの乱入者――すなわち俺の方を注目している。


「ブフゥッ!?」

「「「な……」」」


 次の瞬間、魔物が尻尾を巻いて逃げ出す。

 一方、四人組は顔に絶望的な表情を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る