第2話 アンデッドになってた
炎竜帝の膨大な魔力。
運よくそれを手に入れたダンジョンは、魔力を吸収しながら成長を続けた。
二体の竜帝の戦いで荒れ果てた一帯は、容易には人が立ち入れない魔境と化していた。
もちろん魔境の中心に位置するそのダンジョンに立ち入る者など皆無である。
そんなダンジョンで生まれた、一体のアンデッド。
理性など持たないそれは、しかし生前の肉体が優秀だったのか、他の魔物を倒しながら成長を、そして〝進化〟を続け――
◇ ◇ ◇
「……?」
ふと、俺は目を覚ました。
あれ?
俺は今、何をしていたんだ……?
薄暗い洞窟めいた場所に、気づけば一人でポツンと突っ立っている。
どこだ、ここは?
「っ!?」
俺はそれに気づいて思わず身構えた。
すぐ目の前に巨大な生き物が横たわっていたのである。
蛇の魔物だ。
それも恐ろしく大きい。
直径が二メートル近くあるため、最初はただの壁のように思えた。
だがよく見るとびっしりと石畳のような鱗が生えている。
全長はたぶん、百メートルはあるだろう。
やばい。
何だよ、この化け物は……?
災害級とされるブラッドサーペントでさえ、こんなに大きくないはずだ。
下手をすれば大災害級……?
おいおい、こんなのに襲われたら一溜りもないぞ。
まったく動かないところを見るに、寝ているのかもしれない。
今のうちに逃げるしかないな。
俺は物音を立てないよう、恐る恐る逃げ出した。
だが少し距離を取ってその巨大蛇を見てみると、逃げる必要などなかったことがすぐに分かった。
頭が潰れていたのである。
一体何が起こったのか分からないが、これでは生きているはずがない。
「おぇあ……」
助かった、と言おうとして、しかし実際に口から発せられたのは奇妙な音だった。
おかしい。
どうやって喋るんだっけ?
「あー、うー、えー」
しばし発声練習をしてみる。
どうやら喉に異常があるわけではなさそうだ。
単純に久しぶりに声を出したので、上手く発生できなかっただけらしい。
……久しぶりに?
その言葉に疑問を抱きつつも、感覚的にはしっくりきてしまった。
薄っすらとではあるが、少しずつ記憶が蘇ってくる。
そうだ。
俺はこの薄暗い洞窟、いや、ダンジョンで致命傷を負い、そして死んだはずだった。
だがこうしたダンジョンのような場所で死んだ人間の肉体は、時にアンデッドと化して動き出すことがあるという。
どうやら俺もそうなってしまったらしい。
そして永遠とも思える時間、ひたすらダンジョンの中を彷徨い続けていたのだ。
しかもアンデッドと化して理性を失った俺は、その本能に従うように延々と魔物という魔物を倒し続けた。
微かにだが、そのときの記憶が頭の片隅に残っている。
そうだ。
この目の前で死んでいる巨大な蛇。
俄かには信じがたいことだが、こいつも俺が倒したような気がする。
倒した直後、なぜか全身に力が漲ってくるような感じがあって……。
「どう、なって、る……?」
まだちょっと声がおかしいが、さっきよりはマシになった。
しかしそもそもこうして言葉を発していること自体が奇妙なのだ。
アンデッドとなった俺がなぜ、再び自我を取り戻したんだ?
当然だが、普通こんな風に思考できるはずもない。
まさか、俺は生き返ったとでもいうのか……?
幾つもの疑問が浮かび上がってくる。
だが今の俺が望むものはただ一つだけだった。
――早く死にたい。
ずっとダンジョンを彷徨い続けて、疲れ果てたのだ。
アンデッドだからか、身体に疲労はまったくない。
痛みもない。
だが精神は疲弊し、摩耗し切っていた。
もはや生への執着などない。
一刻も早く永遠の眠りにつきたかった。
アンデッドと言えど、不死身というわけではないはずだ。
頭を破壊されれば動かなくなるし、浄化魔法を喰らえば消滅する。
俺は今の気持ちを表すような緩慢さで歩き出した。
その割に足が驚くほど軽いのが腹立たしい。
「……これ、なら」
しばらく歩き回って発見したのは、とあるトラップだった。
周囲と変わらないただの地面である。
けれどそこがトラップになっていることを、なぜか俺は察知することができた。
俺は自分からその場所を踏みつける。
すると次の瞬間、地面が消失した。
落とし穴だ。
一瞬の浮遊感の後、俺は真っ暗闇へと落ちていく。
穴の奥には剣山が仕掛けられていた。
この勢いであれが身体に突き刺さったら、死ぬことができるかもしれない。
……すでに死んでいる身なので、死ぬと表現するのは奇妙だが。
俺はゆっくりと目を瞑り、そのときを待った。
ペキンッ!
金属が折れるような音が響いた。
さらにその直後、勢いよく頭から地面へと叩きつけられる。
だがまったく痛みを感じなかった。
目を開けて周囲を見回すと、近くに剣山の一部が落ちていた。
どうやら半ばからぽっきりと折れてしまったようだ。
一方、俺の身体には傷一つなかった。
地面に激突した頭を触ってみても、まったくの無傷である。
単に痛覚が麻痺してしまっているというだけではない。
あれだけの高さから落ちてきたというのに、そもそも怪我をしていないのだ。
どういうことだと首を傾げつつも、ともかくこの穴の底にいてもどうしようもないので、俺は穴から出ることにした。
壁に取っ掛かりはほとんどなく、僅かな凹凸に指をかけて登り始めた。
すると意外にもすいすいと進んでいき、気が付けば穴の外へと脱出してしまっていた。
息一つ荒くなっていない。
「グルルルル……」
そのときだ。
穴から出てくる俺を待ち構えていたかのように、一匹の魔物が現れた。
熊の魔物だ。
体長は四メートルほど。
その全身を覆うのは毛ではなく、高質化した鎧のような分厚い皮膚である。
俺は頭の片隅で、その名を記憶していた。
アームドグリズリー。
災害級の魔物だ。
並の攻撃では傷一つ付かない圧倒的な防御力。
それでいて、指先の爪は名工が打った剣のような切れ味で、攻撃力をも併せ持つという恐ろしい魔物である。
しかもよくよく見てみると、通常の腕に加え、脇腹辺りに二本、また別の腕を有している。
上位種か、あるいは変種かもしれない。
トラップでは駄目だったが、この凶悪な魔物に襲われればさすがに「死ぬ」だろう。
正直、飛び降りと比べると嫌な死に方だが、この際どうでもよかった。
「グル……」
だがどういうわけか、いつまで経っても一向に襲いかかって来ない。
それどころか、こちらと見たままゆっくりと後退っている。
……警戒している?
あんな強くて狂暴そうな魔物のくせに、随分と用心深いんだな。
もしかして油断して人間に襲いかかり、痛い目に遭わされたことがあるのかもしれない。
確かに魔物からすれば、人間の見た目なんて差がない。
さすがにこっちから近づけば、反撃してくるよな?
そう考えた俺は、自らアームドグリズリーに向かっていった。
「グッ、グルオオオオオゥッ!」
すると意を決したような雄叫びを上げ、躍りかかってきた。
迫りくる四本の剛腕。
俺はただその場に突っ立って、それが自らの身体を粉砕する瞬間を待った。
ドンっ。
衝撃は想像していた百倍は小さなものだった。
大樹の幹のように太い四本の腕に思い切り挟み込まれたというのに、俺の身体は潰れるどころか、まったくダメージを受けなかったのだ。
「グルルルルゥ~ッ!?」
逆にアームドグリズリーの方が痛がっている始末である。
よく見ると、爪が何本か折れていた。
慌てて踵を返すと、アームドグリズリーは猛スピードで逃げていく。
やがて暗闇の奥へと消えてしまった。
その後も何度か魔物に遭遇した。
いずれも災害級、あるいはそれ以上のヤバい魔物ばかりだった。
災害級と言えば、たった一体でも都市に大被害を与えるほどの魔物。
そんな化け物がこのダンジョンにはうじゃうじゃしているのだ。
俺がまだ生きていた頃は、ここまで危険なダンジョンではなかった。
そうでなければ、最初からソロで探索しようなどと考えないだろう。
だが何よりも驚くべきなのは、そうした凶悪な魔物たちと遭遇しながら、俺はまだ一度もダメージを負っていないということである。
「この身体……一体どうなってるんだ……?」
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