ただの屍のようだと言われて幾星霜、気づいたら最強のアンデッドになってた

九頭七尾(くずしちお)

一章

第1話 ただの屍になってた

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が苦しく、全身が鉛のごとく重い。

 まるで自分の身体ではないかのようだ。


 ずしゃり。


 嫌な音が鳴った。

 気づけば俺は硬い地面に倒れ込んでいる。

 石と砂の独特なにおいが鼻を突いた。


 もう限界だ。


 ポーションはとっくに底をついた。

 内臓に届くほどの傷を負い、治療もままならない。

 地上は遠く、危険な魔物が無数に徘徊している中を、僅かな希望を信じて歩き続けてきた。


 だがそれもここまでだ。

 もはや歩くどころか、立ち上がることすら難しい。


「……俺の人生……何だ、ったんだ……」


 呆気ない人生だった。


 俺、ジオンは辺境の小さな村で生まれた。

 貧乏な村だったが、それなりに幸せな幼少期を過ごしたように思う。

 だがあるとき冒険者に憧れ、村を飛び出した。


 都会で冒険者になったはいいものの、生来の人見知りな性格のせいもあって、なかなかいい仲間に恵まれず、ほとんどの依頼をソロでこなしていった。


 自分で言うのもなんだが、恐らく才能があったのだろう。

 順調に冒険者ランクを上げていった俺は、気づけば二十歳の若さでBランクとなっていた。


 新人冒険者が百名いたとして、そのうち三人が到達するかどうか。

 それがBランクである。

 相当な努力家か、一部の特別な才能を持つ者にしか届かない領域なのだ。


 ……それで己の実力を過信してしまったことが、運の尽きだったのだろう。

 難易度の高いダンジョンにたった一人で挑んだ俺は、魔物の猛攻に幾度となく遭い、負傷し、そしてこのザマである。


「も……うまれ……わった、ら……」


 もう声も出ない。

 段々と視界が暗くなってきた。


 もし生まれ変わったなら、次はもっと堅実に生きよう。

 外交的な性格がいい。

 友人をたくさん作って、時にバカ騒ぎして、時に真剣に語り合って……。


 もちろん最期は、こんな孤独な死に方じゃなくて、家族に囲まれながら幸せな笑顔で――









「おい、人が倒れているぞ」

「本当だ。早く助けないと」


 ――そんな声で、俺は目を覚ました。


 夢か?

 いや、確かに話し声が聞こえる。

 それに足音が近づいてくる。


 やがて俺の目の前までやってきたのは、冒険者と思われる四人組だった。

 男二人は剣士と斥候のようだ。

 残り二人は女で、それぞれ魔法使いと治癒士だろうか。


 バランスのいいパーティだ。

 ソロの俺とは違う。

 きっとこの危険なダンジョンでも、安定して探索を進めることができるだろう。


 それはそうと、なんて幸運だ。

 この広大なダンジョンの中で、まさか偶然にも他のパーティに会うなんて。


 しかも俺のことを心配してくれているようだ。

 ダンジョンで死にかけの冒険者を見つけても、助けるどころか、トドメを刺して金目の物をすべて奪っていくような酷い同業者もいると聞くし、本当にありがたい。


 ……いや待て。

 何か様子がおかしいぞ。

 ポーションを使おうとした剣士の男を、治癒士の女が止めたのだ。


「……残念だけど、助けることはできないわ」

「なぜだ?」

「だって、これはもう、ただの屍よ」


 ただの屍、だと……?

 治癒士の女が言い放った言葉を、俺は理解できなかった。


 そんなはずはない。

 だって俺はまだ生きている。

 現に、俺はこうしてお前たちを見ているし、そのやり取りを聞いているじゃないか。


「私たちにできることは一つだけ……。アンデッド化してしまわないように浄化してあげることよ。……もうすでに、そうなりかけているわ」


 う、嘘だろう……?

 じゃあ何か? 俺の肉体はもう死んでいて、魂だか霊だか知らないが、そんな状態で彼らの話を聞いているってことか?


 ドオオオオオオオオオオンッ!


 そのときだった。

 突然、上の方から物凄い音が響いてきたかと思うと、地面が大きく揺れた。


「な、何だ……っ?」

「地震っ!?」

「ダンジョン内で!?」


 振動は一向に収まらない。

 天井に亀裂が走り、パラパラと石や土が降ってくる。


「ほ、崩落するんじゃないか……?」

「冗談じゃねぇぞ!?」

「は、早く地上へ!」


 彼らは一目散に走り出した。

 もちろん俺を置いて。


 おいおいおい、待ってくれよ!

 このままじゃ生き埋めに……いや、もう死んでるんだっけ?


 そう考えるとあまり怖くなくなってきた。

 もうどうにでもなれって感じだ。


 やがて本当に天井が崩落する。

 迫りくる石の壁を、俺はただぼんやりと眺めながら迎えるのだった。




    ◇ ◇ ◇




 その日、大陸西部に覇を唱えるエマリナ帝国に激震が走った。


 最強の魔物として知られる竜種の中でも、頂点に君臨するとされる四体の竜帝。

 そのうちの二体である炎竜帝と氷竜帝が、エマリナ帝国の領空内にて激突したのだ。


 炎と氷の雨が降り注ぎ、台風のような暴風が吹き荒れた。

 それはもはや天災であった。

 幾ら大国と言え、二体の竜帝の前には成す術もなかった。


 壮絶な戦闘の余波を受け、帝国第二位の都市として知られていた大都市バルカバは消滅。

 それどころか周辺一帯の地形が変わったほどだ。


 やがてその戦いも勝者と敗者を生み出して終結した。

 敗北した氷竜帝は、完全に焼き尽くされて死体すらも残らなかったという。


 一方で、勝者である炎竜帝もまた瀕死の状態であった。

 力の大半を失って空を飛ぶこともままならず、そのまま地上へと落下していく。


 炎竜帝が墜落した場所。

 それこそがまさに、とある冒険者が死亡したダンジョンで――

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