第22話 Stipulation(定め)

山田「酒井さん、もう一つ俺、酒井さんへ伝えないといけないことがあるんです。まだ親にも伝えていないんです。もちろん兄弟や仲の良い友人へもです。」


山田の表情からは、なんだか意を決した空気感を醸し出していた。


僕「山田君、どうしました。僕は少々のことでは驚きませんよ。大丈夫ですよ。」


山田は少しだけ安心した様子だった。僕は、山田の決意も同時に感じ取れた。なんだか空気感が一大決心しましたという感じで受け止めた。


山田「じゃ、勇気をしぼってはなしますね。この箱根旅行の企画を酒井さんへお話する前に、体調が悪かったので風邪かなって思って病院へ行ってきたんです。」


僕「そうだったんですね。」


山田はなんだかもじもじしていた。


僕「山田君、伝えたいことがあるなら、口に出してごらん。きっとすっきりするよ。先ほども言ったけど、少々のことでは僕も驚かないからね。大丈夫。」


山田「わかりました。思い切って酒井さんへお伝えします。俺の秘密を。」

僕「了解。山田君が話しやすいように言ってごらん。」


そう告げた後僕は山田の手をぎゅっと握った。


山田「ありがとうとございます。なんだか酒井さんと話していると心が安らぎます。」


僕「僕のが、山田君よりも一周りぐらい上だから、いろんな経験をしているから大丈夫だよ。少しぐらいはいいアドバイスもできるかもしれないしね。」


山田「了解です。実は、先ほどお伝えした通院したときに発覚したことがあったんです。肺炎の可能性もあるため、ドクターから念のために精密検査をしてみますかと言われ、俺、肺炎か何かの可能性もあるかと思い、お願いしたんです。」


僕「そうだったんです。で、検査結果はどうだったんですか。」


山田「一通りの検査を終えてその時、ドクターから検査結果を告知された内容が俺の想定外だったんです。」


僕「山田君の想定外の結果だったんですね。」


山田「そうなんですよ。まったく想定してなかったんですよ。まったく考えてもなかったんですよ。」


僕「人生はいろんなことが突然起こりますからね。それが人生ってものですよ。」


山田は重い口をようやく開き、僕に話し始めた。


山田「血液検査の結果、HIVに感染していたんです。」


僕はHIVに感染していたというフレーズに思わず、体の動きが止まってしまった。山田は、続けて話した。


山田「俺、その告知を受けたとき、涙が出るというよりは、そうなんだって感じで、動きが止まったんですよね。末期がんの告知を受けた人もこんな感じなのかなって思っちゃったんです。親にももちろん言えませんし。他人へ話したのは今が初めてなんです。酒井さんが初めてなんですよ。告知された瞬間の診療室の光景はいまでも思い出します。ドクターが血液検査結果をモニターに写し、そのモニターからのライトの明かりも目に焼き付いています。ただ、そうなんだって思っただけなんですけどね。人間って思いがけないことを伝えられると動きが止まるんだなって思っちゃいました。それと同時に辺りの景色がスローモーションのようなゆっくりとした動きだったんですよ。」


僕「そうなんですね。でも、僕は山田君がHIVに感染していたとしても、今まで通りで何も変わりませんよ。これからは僕と山田君の二人で頑張って生きていこうね。いいほうにとると、今、その結果が分かってよかったんですよ。もっと症状が進行して分かるよりは、まだ治療すれば進行が抑えられる時だったんでしょう。ある意味、ご先祖に守られていたのかもしれませんね。」


山田は僕のその言葉を聞いて、泣いていた。僕も一緒に泣いた。悲しいとかそういった気持ちではなく、運命のいたずらの残酷さに僕は涙が出た。山田はまだ20代前半にもかかわらず、この病気に感染した。まだ若すぎるのにと思うと僕は涙が止まらなくなった。山田の横顔を見ると、頬を流れる一粒の涙のしずくが箱根の夜景を照らすライト越しに映った。


僕「山田君、この告白は勇気がいったね。その山田君の勇気に僕は感動したよ。大丈夫だよ。僕が付いているからね。もしもの時があるならば、僕が最後まで傍にいるから安心してくださいね。僕のほうが順番的には先に逝くとことになるけどね。」


山田「酒井さんだから、俺は話しました。酒井さんの言葉は、本当に俺に生きる勇気を与えてくれますよ。俺、本当にうれしくて。」


と山田のめから涙があふれ出てきた。僕の目からも涙があふれ、二人足湯のカウンターで男泣きに泣いた。


僕「山田君。僕の知り合いに高齢者支援施設に勤務している人いて、その方に以前聞いたことがあるんだけど、更生医療や障碍者手帳の申請が必要だと言っていたよ。一人でそう言った手続きをするのが不安なら、僕も一緒についていきますよ。安心してください。」


山田は、無言のままうなづいた。


僕「このことは、親御さんへは必ず伝えなきゃね。親の協力も必要になるしね。勇気は必要だけど、もしも一人ではできないのなら、僕が同行しますよ。」


山田「酒井さん、本当にありがとうございます。」


僕「ところで検査結果の告知をした病院では、専門病院を紹介してもらえた?」


山田「紹介いただきました。紹介状もいただきました。」


僕「そうでしたか。まずはその病院へ行き、今後の対応を確認しようね。」


山田「酒井さん、俺一人で行くのはなんだか怖いんです。」


僕「じゃ、一緒に行こうか。」


山田「ありがとうございます。酒井さんが一緒なら心強いです。」


僕「いつですか。」


山田「3月5日の10時に予約を入れていた大いるんです。」


僕「その日は終日OFFなので、一緒に行けるよ。大丈夫だよ。僕も一緒に今後の治療について聞くから大丈夫だよ。人間、持ちつ持たれつですからね。お互い様ですよ。」


山田「ありがとうとございます。」


僕「じゃ、決まりだね。」


山田「酒井さん、俺がHIVに感染したのは、初めての海外旅行のベトナムで酒井さんとハノイでお別れし、一人でホーチミンへ行った時なんですよね。」


僕「そうなんですね。」


山田の話は続いた。


山田「その時に、俺、夜にバーへ行ったんですよ。男性専用のバーではなく、普通のバーへ行ったつもりだったんですよね。その時に、俺の隣で飲んでいた男性3人のグループと意気投合し、飲み始めたのが始まりだったんです。その男性三人は、ゲイだったようで俺に目を付けたようで、近づいてきたみたいでした。後で考えるとそうだと感じたんですよね。」


僕「そうだったんですね。」


山田「そのバーを出ようとしたときに。、そのグループの一人から別の店で飲まないかって誘われたんですよね。俺もそこで断ればよかったんですが、断り切れなかったのと、南国の解放感でついて行っちゃったんですよ。」


僕「海外は特にそういったときは気を付けないとですからね。」


山田「酒井さんのおっしゃる通りなんですよ。俺がそのグループについていくとだんだんと人気のない路地へ向かったんです。俺もちょっとやばいかもともったので、ホテルへ帰るというと、強引に近くの掘立小屋みたいなところに連れ込まれたんです。そこでその男性さんに次から次へと侵されちゃったんですよ。そのときに感染したみたいです。それぐらいしか、俺に心当たりないんですよね。」


僕「そうでしたか。山田君の身体だけじゃなくて心も傷ついたんですね。」


山田「酒井さん、俺、汚く汚れちゃったんですよね。」


僕「そんなことはないよ。僕はそんなことを気にしないから大丈夫だよ。今まで通りの山田君だから。」


山田の顔から涙のしずくが零れ落ちていた。


山田「酒井さん、俺、本当に酒井さんと出会えてよかったと思っています。改めて今実感してますよ。」


僕「じゃ、過去は過去、これからの未来のことを考えて行動しないとね。今晩は、箱根でゆっくりとして、箱根から帰ってからは、いろいろ手続きも必要となってくるから、僕も手伝うから大丈夫ですよ。」


山田「そうですね。今日はこれからの未来のことを考えて行動するようにしたいですね。俺、なんだか勇気が出てきました。酒井さんと話しているといつも勇気をいただくんですよね。酒井さんは、まさに俺のパワースポット、そのものなんです。」


僕「山田君こそ、すごく勇気があるよ。こんなことを僕にカミングアウトができるなんてすごいよ。逆に僕はその山田君の勇気に完敗した感じだよ。」


山田「この箱根旅行は、俺の大切なターニングポイントになりました。」


僕「そうだね。人生は何が起きるかわからないから、準備をすることも大切だけど、起こったことに対して、柔軟にどう対応できるかの大切なんだよね。ものの見方は一つだけではないから、いろんな方向から視点を向ける必要があるんだよ。それには知識が必要なんだよね。だから、日々勉強を積み重ねる必要があるんだよ。」


山田「酒井さんって本当にすごいですよ。俺の憧れですよ。」


僕「そんなに褒めても何も出てきませんよ。」


今回、山田からの衝撃のカミングアウトがあり、僕と山田は、これで本当のソウルメイトに生れた気がした。ただ、この箱根旅行は、僕と山田の最初で最後のターニングポイントになることだろうと想った。


僕と山田は、しばらく箱根の夜景を見ながら、話し続けた。話し終わったころ、二人どちらともなく足湯のカウンターを立ち、室内へと入っていった。この一歩は僕と山田の最初で最後の想いと決意をもって進んでいるような気がした。






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最初で最後の思い(戸惑い、箱根から) 有野利風 @Arino_Toshikaze

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