新年の一コマ

阪木洋一

新年の日に


「あれ……?」


 元旦の、午前のことである。

 平坂ひらさか陽太ようたが、トス、という小さな音を立てながら、室内に敷かれたカーペットの上で仰向けになって倒れ――その、陽太のお腹の下辺りに。

 一つ上の先輩であり、去年に恋仲となった少女、小森こもり好恵このえがストンと座ったのは。


「……ふぅ……はれ? ようた、くん?」

「あ、いや、えっと……せ、先輩?」

「……ここ、わたしの、おへや? それで、どうしてようたくんが、ここに?」

「え、ええええっ!? せ、先輩、覚えてないんスかっ!?」

「……おぼえて……んにゅ?」


 普段からもボーッとした雰囲気の好恵先輩であるものの、今はそれを輪にかけてボーッとしている。

 少々丸みのある顔は真っ赤で、眠たげな半眼はとろんとしており、焦点が定まっていない。少し半開きになってる桜色の唇からは、艶っぽい息が漏れ……その、とっても、色っぽい。

 そんな先輩のすべてに、陽太は、焦燥感に駆られると共に、こう、お腹の下辺りに力が溜まっていきそうな得体の知れない感覚を得たのだが、そこに、彼女が腰を下ろして居るものだから。

 その、なんだ、溜まりません。


 いやいやいや、待て待て待て、落ち着けオレ!

 冷静に冷静に冷静に……よし、オレはもう、冷静――


「……ようた、くん?」


 って、おおぅい、冷静になれるかっ!?


 そんな具合に、陽太の思考は、己の努力による鎮静と、彼女のとろけた声による興奮とで上下を繰り返し、何もかもがわからなくなりそうになる。

 な、なんで、こんなことに……と思いたいところだが、それこそ、ここで冷静に状況を整理しないといけない。

 ひとまずは今、こうなるまでの過程について、陽太は急速に思考を巡らせる――




 去年の十二月、半年以上にわたる両片想いの末、平坂陽太と小森好恵は恋仲となった。

 告白はわりと急展開かつドラマティックだったものの、その日は人生最良の日だったといっても過言ではない、と今でも思うと共に。

 陽太は、今までしっかりと育ててくれた両親に、その件を報告すると、


「やったじゃん! ようやく実らせたわね、このっ、このっ!」


 もちろん、とても喜ばれた。特に母については喜びの大爆発といってもいい。

 好恵先輩の方も同様だった模様で、本当に、お互いに良い親に恵まれたなと、陽太は心から思った。

 あと、好恵先輩のご家族自体が、去年十月辺りに陽太の家の近所に引っ越してきていたため、その数ヶ月で結構なご近所付き合いをしていたのか、


「それで陽太、クリスマスは、好恵ちゃんと二人で何処かに行ったりするの?」

「え……ううむ、付き合うこと自体、結構急だったから、そこまで決めてるワケじゃないんだよな……」

「じゃ、さ。毎年やってるウチの家族のクリスマスパーティ、好恵ちゃんや、ご両親の方々も呼んでこない? 改めてご挨拶したいしっ」

「え、えええっ!?」


 とまあ、母の提案もあったのと、好恵先輩やそのご両親による了承もあって、平坂家のクリスマスのささやかなパーティは、小森家をゲストとして招いて行われることになって。

 それはそれは、楽しい時間となった。


「……陽太くん」

「ん、なんですか、好恵先輩」

「……正月のお祝いも、一緒にやろうって、わたしのお母さんが。わたしも賛成なんだけど、陽太くん、どうかな」

「お、おお……」


 そして。

 今度は小森家からの提案で、年の明けた正月のお祝いやご挨拶についても、今度は小森さん宅で、合同で行われる運びになった。

 もはや、陽太と好恵先輩が結婚したかような、家族ぐるみのお付き合いである。

 ……いや、まあ、結婚とかそういうところまでは、陽太自身まだまだ想像できない範囲であるものの、彼女のことを幸せにしたいと思う気持ちは本物であることに変わりはない……という決意のほどは、後におくとして。

 で、今朝の午前八時。


「あけましておめでとうございます」


 お節とお雑煮を囲んで、家族合同で新年のご挨拶。

 美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、両親同士の和気藹々とした歓談に、クリスマスの時と同じく楽しい新年会になったのだが……一つ、陽太が気になったのが、


「………………ふぅ」

「あれ、好恵先輩、ど、どうしたんスか?」


 この雰囲気の中にあって、好恵先輩のテンションが低い。ボーッとしているから物静か、というわけでなく、ただただ低い。

 しかも、顔が赤く、眼の焦点も合っていない。

 ……これはもしや、体調を崩したのでは、と陽太は良くない予感を抱いたものだが、


「陽太くん、大丈夫よ。この娘、昔からお酒にとっても弱くて」

「お酒……ああ、なるほど」


 好恵先輩のお母さん、小森好香このかさんが教えてくれた。

 正月、一年の邪気を清めるという風習で用いられるお酒――お屠蘇とその入った容器を見て、陽太は納得。

 平気で飲む大人達はともかく、陽太や好恵先輩といった未成年組も、正月ということで嘗める程度には口に含んでいる。

 陽太自身、少し喉が熱いなと思っただけで、味の方はまだ少しよくわからないし、そこまで酔うわけでもないといった具合なのだが……好恵先輩は、そうもいかなかったらしい。

 あの量だけで、泥酔とはいかなくても、相当に酔っているようだった。


「んー、陽太くん、ちょっと好恵を休ませてあげてくれる? まだちょっと、騒がしいことになりそうだから」

「あ、は、はい。わかりました。ええと……」

「階段上がって、すぐに部屋があるわ。戸に、名前付きのプレートもあるから、すぐわかるわよ」

「了解ッス」


 いろいろと丁寧に教えてくれる好香さんに、ありがたみを感じつつ。

 陽太は、好恵先輩をひょいっと負んぶして、賑わう小森家の居間を後にする。

 陽太自身が小柄なためか、好恵先輩とは五、六センチしか背丈が変わらないものの、背に負った彼女は驚くほどに軽く、そして、柔らかい。特に背中の辺りが。

 そういう、邪な気を抑えつつ、階段を上がるのは中々の手間ではあったが、そこは部活で鍛えた精神力と脚力とバランスの良さでどうにかしてっと。

『KONOE』と、可愛らしいアルファベットのある戸を開くと。


「お、おおぅ……」


 なんだかいい匂いが、陽太の鼻腔をくすぐった。

 陽太自身、好恵先輩の部屋……というより、女の子の部屋に入るのは初めてである。

 パステルカラーの壁紙やカーテンといい、しっかりと整理されている本棚といい、それでいてそこかしこに置かれている可愛らしい小物といい、ベッドにあるぬいぐるみといい、


 お、女の子って、やっぱりすげェ……。


 陽太、思わず息を吐いてしまったのだが、


「ハッ。い、いかんいかん! オレ、いかん! きょろきょろ見てないで、先輩を下ろさないと……!」


 ぶんぶんと首を振り、背負っている好恵先輩を、壁際のベッドの方へと降ろそうとしたところで、


「……ようた、くん?」

「あ、先輩、気が付きましたか?」

「……んー……うん?」


 どうやら、好恵先輩の意識が少しだけ浮上したらしい。


「よいしょっと」


 ひとまず、予定通りに好恵先輩のことをベッドに寝かせるのではなく縁側に座らせる感じで降ろして、陽太は彼女の正面に回って床に膝をついて、顔色をチェックしながら話しかける。


「先輩、大丈夫ッスか?」

「……どう、なのかな」

「んんむ、このまま横になります? それとも、お水とか持ってきましょうか?」

「…………」


 ダメだ、殆どまともに思考が働いてない。

 ひとまず、横にさせた方がよさそうだ、という思いで陽太は、


「好恵先輩。ちょっと、し、失礼しますよ……」


 彼女の身体を座らせた状態から本格的に寝かせるために、緊張した手つきで、その小柄な身体を抱き抱えようとしたところで、


「……えい」

「お?」


 と、いきなり、好恵先輩が動き出して、陽太の肩をわずかな力で手押しする。

 いきなりの不意打ちに、陽太、バランスを崩して尻餅をつくのだが……さらに、


「……はい」

「え、お、お?」


 好恵先輩は動いて、陽太の両肩を押すことで、陽太は部屋のカーペットに付いていた手を崩して、トス、という音と共に背中から落ちた。

 いきなりのことに陽太は少々息が詰まる心地だったのだが、その、陽太のお腹の下辺りに――


「あれ……?」

「……ふぅ」


 好恵先輩が、ストンと腰を下ろしたのだった。何故か。

 

「……はれ? ようた、くん?」

「あ、いや、えっと……せ、先輩?」


 ――回想終了

 そんなゆるゆるな過程を経て、陽太は最愛の彼女である好恵先輩に押し倒された上に、お腹の上に乗られるという、今の状況に至る。

 

「せ、先輩、ひとまず退いてもらえませんかねっ!?」

「……んー、なんだか、いいね、こういうの」


 酔った先輩、まったく、こちらの言葉が届いておらず、ふにゃけた微笑みを浮かべている。

 はっきり言って、可愛い。

 と思いつつも、和んでいる場合ではない。

 これは、どうすればいい?

 そんな感じで、陽太は思考を巡らせたところ、


 ――ヨータよ。交渉というものは、まず相手の出方に合わせつつ、そこから自分が有利な方に持って行くことが肝要じゃ。


 と、自分が所属している部の部長であり、やたら尊大な同級生が普段から言っている言葉を、ふと思い出した。

 普段からいけ好かなくて、わりと悪党なヤツではあるが、ここはその通りにした方が良さそうだ。


「せ、先輩、これからどうしたいとかってあるんですかねっ」

「……どうしたい……ようたくんと、ずっと、一緒にいたい」

「――――っ!」


 初っ端から大胆なことを言われて、陽太、女の子みたいに顔をボッと真っ赤にする。

 嬉しい。

 嬉しいけど、今は、そうじゃない。


「そういう、将来のお話ではなく、今の状況の話ですよ、先輩……!」

「……いまの、状況……?」


 と、好恵先輩、もう少しだけ意識が浮上したらしく、今の自分と今のこちらとを見下ろすので、視線を交互させている。

 大丈夫だろうか、というハラハラした気持ちで陽太は待つのだが、十数秒ほどして、彼女から出た結論は、


「……ふたりきり、だね」

「え、あ、はい」

「……なんだか、いけないこと、してるみたい?」

「!?」

「……いけないこと、する?」

「せ、先輩、落ち着いて!? つか、いけないことってなんスか!?」


 わりと涙目で言う陽太。

 高校一年生でありながら、下ネタや性教育についてわりと知識のない陽太は、彼女の言う『いけないこと』がどんなものであるかを、推し量ることが出来ない。

 ただ、状況が悪化してしまった、ということだけは何となくわかった。

 もはや、退いてもらうための交渉どころではない。


「……士音しのんちゃんが描いてた漫画によると」


 と、近くにあったこちらの手を、両方とも、指を絡めてぎゅっと握ってくる。温かくて柔らかい、すごく心地いい感触。

 ん? これが、いけないことなのか……?

 などと、陽太が、疑問に思った瞬間、


「……ん」

「え……?」


 好恵先輩、こちらに覆い被さるかのように身を倒してきて。

 こちらの首筋に、その桜色の唇を寄せて。


「んぅ!?」


 鎖骨辺りを、甘噛みされた。

 これには、陽太の中で、未知の感覚が背筋を通り越して全身を駆け抜ける。

 肩が震えて、足がピンとなって、変な緊張と共に変な声が漏れてしまった。


「……んむ、んむ」

「あ、先輩、ちょっと……だめ……!」


 そんな陽太の反応にも構わず、好恵先輩の甘噛みは続く。何度も訪れる、よくわからない感覚。

 決して不快ではなく、それどころか甘くて、くすぐったくて、軽く電気が走るかのように、ジンジンする。


「……ふふ、陽太くん、かわいー」

「あ……う……せ、先輩」


 しかも、先輩のとろんとした眼で見つめられながらそんなことを言われ、陽太の中の何かが何度もゴトリ、ゴトリ、と揺れている。


「……陽太くん、きもち、よさそう?」

「よく……わからないッス……」

「……わたしも、きもちよく、なれないかな?」

「え……? お、オレも、先輩のようにしろと……!?」


 そんな恥ずかしいこと、出来るわけがない……!

 と、陽太が焦燥に駆られる中、好恵先輩は『……んー』と思考を巡らせつつも、甘噛みをやめて上体を起こしつつ。

 何か、思いついたようで、


「……さわって、みる?」

「!?」


 そんな言葉と共に、彼女が指し示したのは――セーター越しに、こんもりと膨らむ、結構立派ともいえる胸元である。

 ……正直、予想の斜め上すぎた。なるほど、『いけないこと』はなんであるのか、陽太には充分に理解できた。


「だ、ダメですって!? そんな、酔った勢いとかで、そういうのは……!」

「……ようたくんは、いや?」

「え、いやとか、そういうのではなく」

「……わたしの、お胸は、いやだ?」

「先輩、落ち着いて」

「ようた、くん」

「う……あ……~~~~~~」


 とろんとしつつも、今度は潤んだ眼で見られると、もはや是非もない。

 恋仲となった今でも、陽太はそうするのをかなり恐れ多いことだと思っているのだが、彼女がそれを今、望むのならば。

 やるしか、ないのか。


「では、その……失礼、します」

「……うん」


 好恵先輩、掴んでいたこちらの手を離して、こちらの腰の上に座った体勢のまま背筋を伸ばして後ろ手を組んで、胸元を突き出す形になる。

 恋仲になる前も、そして今も、先輩は何でこんなにもオレに対して無防備なんだろう、とぐるぐるした思考の中で思いつつ。

 陽太は、両の手を、彼女のその膨らみに伸ばして。

 ぴとっと、触れると……それは、とても、柔らかで、心地いい感触だったのに、


「……んっ」


 ものすごく切なそうな吐息が、彼女の唇から漏れたのには、


「う、わ、ごめんなさいっ!?」


 陽太、反射的に手を引っ込めてしまった。

 触れていたのは一秒にも満ていないのに、手のひらにその時の感触がリアルに残っているのに、陽太、自分でとっても驚いた。


「……これだけ?」


 狼狽する陽太を見下ろしつつ、好恵先輩は首を傾げている。可愛い。

 可愛いけども、


「こ、これだけッス!」

「……もっと、いいのに?」

「もう無理ッス!」

「……意気地、なし?」

「う……もうちょっと、その、ゆっくり歩かせて欲しいッス!」


 意気地なしと言われようと、ヘタレと言われようと、陽太、限界である。

 そんないっぱいいっぱいの陽太に、好恵先輩、可笑しそうに微笑みつつ、


「……じゃあ、わたしから、するね」

「――――っ」

 

 またも覆い被さってきて、こちらの頬に両手を置かれて。

 いきなりかつ、ほぼ強引に、唇を重ねられた。


「んぅ……ぁ……ぅ……!?」

「……ん……む……ちゅ……」


 彼女とのキスは、通算四回目。

 最初のは、陽太が風邪で寝込んでいる時に、好恵先輩からしたもので。

 二回目は、告白の時に、またも好恵先輩から。

 三回目は、クリスマスの日に、誰も見ていないところで、陽太から少しだけ。

 そして……今の四回目は、今までのどれよりも、繋がりが深い。口内で、いろんなものが、交わってる気がする。

 甘くて、濃厚で、先ほどのように全身がふるえるような未知の感覚に、陽太は翻弄され続ける。


「……ふぅ」

「あぅ……」


 そんな翻弄が三十秒ほど続いて、先輩がこちらから離れる。

 自分の口と彼女の桜色の唇との間で、つつーっと糸を引いているのがわかり、これにもまた、陽太は身を震わせた。


「……ふふ」

「せん、ぱい……」


 そして、微笑む好恵先輩が、たまらなく可愛らしく、なおかつ色っぽい。

 あらゆる彼女の魅力に囚われて、陽太は、もはや指一本動かせそうになかった。


「……陽太くん」


 そんな陽太の状態をわかっているのか、好恵先輩はまたも覆い被さってきて、


「……大好き」


 こちらの耳元に、囁いてきた。これにはまたも、身体が震えてしまう。

 ……もう、あとはどうにでもなれと言う気持ちで、陽太はぎゅうっと目を瞑りながら、彼女に何もかもを委ねようとしたところで、


「……?」


 それ以上待っても、何も来ない。

 十秒、二十秒経っても、いっこうに彼女からのアクションがないのに、陽太は目を開いて、彼女の息づかいを感じる方を横を見ると、


「……すぅ……すぅ」


 好恵先輩、眼を閉じて安らかな寝息を立てていた。どうやら、またもや意識が沈んでしまったらしい。

 先ほどまでの情事に於いても、意識が浮上としているように見えて、実はそうでもなかったということか。


「は~~~~~……」


 陽太、これには長く息を吐いた。

 助かったと感じるべきか、惜しいとも感じるべきか。どれが正解かについてはわからないし、自分はそこまで成熟していない。

 時間をかけて、少しずつ理解していくのかもしれないけども。


「つーか、どうするよ、これ……」


 自分の上で、文字通り身体を重ねて眠る好恵先輩は、しばらく起きそうにない。

 密着する身体の感触は柔らかで心地いいのだが、精神衛生上にも、非常によろしくない気がする。

 かといって、先輩を叩き起こすのもそれはそれで無粋な気がするし、さっきの続きを再会される可能性も、なきにしもあらずだし……。

 そんな風に、陽太がいろいろと迷っていたところ、


 コンコン


 部屋の戸からノックが響き。

 こちらの応答を待たずに戸が開いて、


「失礼しまーす。陽太ー、好恵ちゃんの様子は……ど、う……」


 陽太の母が、入ってきて、今の自分達の様子を目撃して、


「失礼しましたー」


 そのまま、戸を閉めて出て行ってしまった。


「あ、いや、母さん!? 出て行かないで、助けてくれよっ!?」

『ダイジョウブー。ちゃんと待ってるからー』


 しっかりと、戸の向こうから母の声が聞こえてきた。


「待ってんなよっ!? って、そもそも何を待ってるんだっ!?」

『必要なものがあったら言ってねー。取ってくるからー』

「必要なものって何っ!?」

『んー……あ、でも、一つ必ず用意しないといけないものあるから、今からコンビニいってくるわね? 特別に奢ってあげる』

「なんでッ!? あ、ちょ、母さん、行かないでっ!?」


 何故かコンビニに行こうとしている母に、陽太はわりと涙声で叫ぶ傍ら。

 自分の腕の中にいる好恵先輩は、変わらず、可愛らしく寝息を立てていた。




 で。

 好恵先輩が酔いを醒まして明確に意識を取り戻したのは、案外早く、昼食前のことで。


「~~~~~~~~~~」


 取り戻したら取り戻したで、彼女は、先ほどの酔いとは別の意味で真っ赤になって、手で顔を覆っていた。

 どうも、酔った状態でありながらも、先ほどの一連……陽太の上に座ってから、繋がりの深いキスのことまで、覚えていないようで全部覚えているらしい。

 

「……ごめん、陽太くん。本当に、ごめんなさい」

「い、いや、大丈夫ッスよ。オレ、全然気にしていないんで」

「……でも、あんなことから……こんなことまで……わたし、まるで、えっちなお姉さんみたいで……はずか、しい……っ!」

「あー……」


 えっちなお姉さん、と言うのは、あまり否定できない。

 その、なんだ、あのときの好恵先輩、別人のように色っぽかったし、そんな彼女に、陽太は絶対服従といってもいい状態だったしで。

 ……これからも、そんな感じに翻弄されるかもしれない、という思いはともかく。


「だ、大丈夫ッス。ちょっと、その、えっちでも、オレは受け入れるッス」

「……でも、強引にあんなことをして、わたし、陽太くんに嫌われちゃうかもって、不安で……」


 と、どんどん気が沈ませながら、そんなことを言うのに。


「好恵先輩」


 陽太、これは流石に聞き捨てならなかった。


「先輩のこと嫌いになるなんて、そんなことあるはずないって、言ったでしょ」

「……陽太、くん?」


 ちょっと咎めるように言うと、眠たげな目を見開いて、先輩はこちらを見てくる。

 そんな彼女の目を、陽太は正面から見据えて、


「告白の時に言ったことを繰り返すようですけど。オレは、これまで先輩に何回も恋しましたし、これからも何回も、何百回、何万回でも、好恵先輩に恋をします」

「――――」

「それに、さっき、先輩がオレに大好きって言ってくれたから、俺も返させていただくッス」


 それだけを前置きに、コホン、と息を整えて。

 まだ少し、緊張する気持ちを抱えながら、


「オレは、好恵先輩のことが、大好きです。これまでも、これからも」

「……陽太、くん」


 はっきり言うと、好恵先輩、言葉にならなかったようで。

 きゅっと、こちらの首に抱きついてきた。


「……わたしも、好き。これまでも、これからも」

「はい」

「……大好きだよ」

「は、はい」


 こちらも彼女の華奢な身体を抱き返して、陽太は思う。

 言葉の通り、これからも、腕の中にいる彼女に恋していたいと。

 だから、



「今年も、よろしくお願いします、先輩」

「……うん。今年も、来年も、ずっと、ね」



 言葉を交わす年の幕開けは、とても幸せなもので。

 その幸せが、いつまでも続くように願いつつ。


 昼食の時間まで、あと少し。

 下の階から自分達を呼ぶ声がするまで、陽太は、愛する先輩と触れあう安らぎのひとときに、身を委ねた。

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新年の一コマ 阪木洋一 @sakaki41

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