第9話 ロード・オブ・ウェポン(9)

 ペールの店は地下道の入り口からさらに掘り下げ、三階作りになっている。

 地下一階が受付と魔剣の陳列、地下二階が執務室、そして地下三階が魔剣の保管庫だ。

 サジワンとテオフィルが足を踏み入れいた一階受付には、血の匂いが満ちていた。

 ひろい店の広間の中央に、血で汚れた長剣を握った旅装の男が立っている。足元に死体がふたつ倒れて、おのれの血に沈んでいる。

 旅装の男は、魔剣を握るオルアベスの剣士たち五人に取り囲まれているが、気にしていないようだ。

 魔剣を握るオルアベスの剣士たちをさらに遠巻きに見る野次馬に、サジワンとテオフィルは混じった

「てめえ、何したかわかってんのか!」

「聞こえないのか! おい、警備の剣士と魔術師はまだか! こいつ魔剣のちからを使いやがった!」

 旅装の男はこたえない。

 怒鳴りつけるオルアベスの剣士たちは、旅装の男に手出しができない。

 魔剣のちからを開放した戦いが店内ではじまれば、剣を持たないものたちまで犠牲になるだろう。血と肉と技におのれの命をかけ、今日滅びることを恐れない魔剣士たちにも規律はあった。

 サジワンはとなりに立つ剣士に声をかけた。

「何があった。あのよそ者、何をしたんだ」

「わからねえ。なにか叫び声が聞こえたと思ったら、あのふたりが死んでた。あとひとり、斬られて店の外に出てったな。いま入ってきたのか? なら見なかったか?」

「ああ。そいつは死んだ。……あの男が握っている剣、アヴィドが売り出している賜りものだな」

「そうだ。どうやって知ったのか、観光気分でこの店に来たんだろうよ。たまたま賜りものを握って、英雄か聖人みたいな気分になったんだろ。生きて地上には出れねえな」

 旅装の男はひとりのようだ。取り囲んでいる剣士たちはこの店の客のようだ。

 店の奥から剣士がふたり、長い杖を握った魔術師がひとり、出てきた。ペールの店の用心棒だ。取り囲んでいた客たちが引き下がる。

「そこの男! 剣を捨てろ! いますぐにだ! 剣を捨ててひざまずけ!」

 用心棒の魔剣士たちが、剣を捨てて降伏するように呼びかける。魔術師が呪文を唱えはじめ杖に魔力を込める。

 旅装の男はこたえない。わずかにほほえんでいるようだ。

 テオフィルがサジワンにささやいた。

「サジワン、いいか。あの男は、旦那様とともにこの街へ向かった、私の部下だ。エーリクという。旦那様はここにいないが、居場所を知っているだろう。助け出したい。手伝ってくれ」

 サジワンは旅装の男エーリクを見つめたままつぶやいた。

「断る。俺はあんたの仲間じゃない。あの男は剣を抜いて殺した。この店の用心棒を相手に、落とし前をつけなきゃいけない。あんたのご主人様は別で探す」

 冷徹なこたえをテオフィルは予想していたようだ。ひとつうなずいて、またエーリクに目を向けた。助け出す瞬間をうかがっている。

 用心棒たちの呼びかけは終わった。

 エーリクはほほえんだまま剣を構えた。

 戦う気だ。

 ふたりの魔剣士が前に進んで剣を抜き、魔術師が杖で床で突いた。

 魔術師の杖から青白い光がほとばしり、広間の床に八芒星の魔法陣が描かれる。

 魔法陣の縁からうすくあわい、青白いひかりが天井まで伸び、壁になった。天井にも魔法陣が描かれる。

 結界の魔法だ。剣士たちの戦いが店を破壊しないように、ちいさな闘技場を作ったのだ。

 結界の中には、用心棒の魔剣士ふたりと、エーリクだけが残されている。

 用心棒の魔剣士たちは、すぐにエーリクに襲いかかった。仕事だ。魔剣のちからをふるい暴れたよそ者をひとり始末するだけだ。

 用心棒たちは左右に別れ、同時に襲いかかる。室内でも振るえるように刀身を詰めた短剣だ。

 ひとりが魔剣のちからを開放し、刀身から爆炎がほとばしり、エーリクを襲う。

 もうひとりの魔剣が暴風をまとい、エーリクを吹き飛ばそうとする。

 どちらも魔剣に込めた魔法としてはありふれているが、オルアベスでは見かけない。

 剣技をふるい敵を斬り伏せるのはなく、敵を滅ぼす兵器としてのちからだからだ。

 エーリクがベレンスレブを魔法に一閃し、床を蹴った。

 爆炎と暴風があわい光になってかき消え、エーリクは爆炎の魔剣を握る用心棒の頭に斬りかかる。

 用心棒は一撃を受け止めた。

 だが、ベレンスレブは短剣を砕いて、用心棒の肩を斬りつけた。傷はあさい。

 暴風の魔剣を握る用心棒がエーリクの後ろから斬撃を浴びせるが、エーリクは振り向きざまにベレンスレブで振り払った。

 用心棒は自分の魔剣よりもはるかに強力な暴風に吹き飛ばされて、結界の壁に激突する。

 ペールの用心棒は腕は確かだ。爆炎の魔剣を握っていた剣士はすぐに止血し腰の鉄剣に持ちかえ、暴風の魔剣の剣士は全身の激痛に耐えながらまた構えた。

 エーリクは左右からはさまれ、血で汚れた剣をながめながら語りだした。

「貴様らは知らないだろうが――この剣は、聖典に記された聖剣ベレンスレブという。南方を征伐し、教会の威光を知らしめた聖人ベレンスレブが振るっていた聖剣だ。本来この街にあっていいものではない。値段をつけて軽々しく扱われてよいものでもない。この剣はあるべきところへ返してもらうぞ」

 エーリクの話を聞き、結界を取り囲む剣士たちが怒鳴り声を上げる。

「お前――、神梯の騎士か! この街から生きて帰れると思うなよ!」

「そうだ! その魔剣はもうこの街のものだ!」

 エーリクはオルアベスの剣士たちをあざ笑った。ベレンスレブの影響だ。

「では、誰かが止めなくてはならないな。このふたりに代わって止めようとする剣士はいるのかね?」

 神梯への信奉を絶対のものと感じさせ、敵を傲慢に見下し、そして圧倒するちからを、いまエーリクはベレンスレブから授かっているのだ。

 オルアベスの剣士たちも怖気づかなかった。何人もの剣士たちが腰の魔剣に手をかけ、結界の中の用心棒たちに代われと声をかけている。

 中には結界を解け、と魔術師に迫るものまであらわれ始めた。

 このままでは店の中が混乱におちいるのはあきらかだった。

「――みなさん、落ち着いてください」

 しずかでよく通る女の声が、広間に響いた。

 その声をオルアベスの剣士たちはよく知っていた。誰もが口をつぐむ。

 声の主は広間の奥のとびらからあらわれた。

 ともしびに照らされたすがたは、細い長身の女だ。髪を肩に触れるところで切りそろえ、かきあげた髪を髪飾りで留め、ひたいをあらわにしている。

 ペールだ。街の商人たちから途方も無い金を受け取り、魔剣の鑑定をし、その保管を任されている魔女だ。

「まだその無法者を始末できていないの? こまったわね。剣士の皆様、お客様、申し訳ございません。当店の不始末です。このお詫びは充分にいたします」

 誰もなにも答えない。ペールのひとことをさえぎろうものなら、その魔術で恐ろしい目にあうだろう。

 ペールは結界の中のエーリクを見つめ、エーリクはその美貌を見返した。

 ベレンスレブを片手に握るエーリクは、聖剣のちからを振るえばこの店からすぐに出られると慢心している。

 こまった素振りでエーリクから目を反らし、ペールは壁際の剣士たちを見回した。誰かを探しているようだ。

 サジワンと目を合わせ、ペールが笑顔になった。

「ああ、サジワン。あなたでいいわ。お願い、ティアトロコープのちからを貸して。あの無法者をやっつけてほしいの。みんなに、あなたのことをよく言っておくおから」

 サジワンはこたえなかった。ペールは背の高い自分を見て、たまたまそこにいたから声をかけただけだ。みんなによく言う、というのもただの思いつきだ。

 だが、サジワンはペールの頼みを断れない。

 この魔女の信頼をうしなえば、この薄汚い街にいる意味も、いま生きている目的もうしなってしまうからだ。

 となりのテオフィルがサジワンを見上げる。そちらを見もせずに、サジワンは野次馬の中から踏み出した。

「そこのよそ者から魔剣を奪い返せばいいんだな」

「ええ。そのお客様は街が裁いてくれるでしょうから生死は問わないわ。あなたが斬ってもいいけど」

 歩みを止めないサジワンの前の結界に扉ほどの穴が開いた。サジワンはそのまま結界の中に入り、用心棒ふたりが入れ違いで外に出る。

 エーリクはただほほ笑んで、サジワンを待っていた。サジワンより背がひくいが、たくましい体躯の剣士だ。

「君が次の相手か。若いな。そして異邦人か」

「ティアトロコープのサジワンだ。剣を捨てるなら殺しはしない。あんたに用があるからな」

 サジワンが外套の前をはだけて、おのれの魔剣を取り出した。ティアトロコープの魔剣ダークフライだ。鉄棒を削って磨き刃をつけたような醜い意匠だ。

 エーリクはサジワンのすがたを見てすこし考えていたようだ。ミロスラフ司祭の話を思い出す。ベレンスレブのことを聞きに来た来客の話と一致する。

「――わかった。用があるのはこちらも同じだ。だが、どうやら手加減はできないようだな」

 エーリクがベレンスレブを構えた。

 サジワンは構えない。ダークフライを両手に握り、切っ先を足元に落としたまま、一歩、二歩、三歩、と進みはじめた。

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剣鬼と剣魔が眠る街 しーさん @shisan

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