居場所
風間エニシロウ
第1話居場所
派手なライトが灯り、ミラーボールが回る。
アップテンポなBGM。
その中心で私と対戦者は踊っていた。
画面に指示がでるが、私はそれを見ずに踊る。
もうお手の物だ。
この世界での操作は誰にも負けない。
夢見心地の気分で私はこの世界で踊る。
そして曲が終わった。
目の前の画面に得点と勝敗が表示される。
よしっ、高得点。
大きく踊るwinnerの文字。
そして、ようやく周りの音が聞こえてきた。
ゲームが終わった。交代の時間だ。
シャットアウトされていた周囲の声が溢れる。
「やったねマリ!さっすが!」
フレンドのlylyがまっさきに抱きついて賞賛してくれる。
lylyは今人気のヴァーチャルアイドルを模したアバターで、動物の耳をピコピコと動かしてはしゃいでいる。
私もピースサインの動作をして応える。
「ありがとう!これで連勝記録更新!」
二人で笑いあっていると、周りからも声がかけられた。
「あんた凄いな!」
「今度大会に出てみたらぁ?」
代わる代わるに掛けられる声に私ははにかむ表情を見せる。
「やっぱり君すごいね!ここでこんな自在に動ける人はなかなか居ないよ!」
私の肩に触れる動作をしながら直立不動の犬型のアバターが言った。
一瞬誰かと思ったが、ゲーム前に会話を交わした相手だった。
名前の表示は「ささかま」
好物なのかなと心の中で首を傾げる。
そしてその後は、私とlylyとささかま、そしてささかまのフレンドの時雨と別のエリアに移動して話すことになった。
夜のバーを模したエリアに行った。みんな会話をしているが、その声は聞こえず、大人しいしっとりとしたBGMが流れていた。
ここではみんなクローズドチャットで話すのがマナーだ。
私達もグループを作って、クローズドにして会話をする。
最初は先程のダンスゲームの話。
賞賛が心地よかった。
大会に出ないのかと言われたが、「どうしよっかなー」と笑う表情を見せて焦らす。
それからだった。
「同じワールドに居るってことは近い年代だよね?」
ささかまが確認するように言う。
この世界はいくつかのワールドに分かれていて、メインに使われるワールドは老若男女問わず居るが、ここのワールドは十代で集まっていることが多い。
「うん、そうだけど…」
lylyはちらりと私を見る
私は笑顔をみせたままだ。
その表情のまま話す。
「そんなの、どうでもいいじゃん」
冷たい声が出た。
それに気づかず、ささかまは続ける。
「えー、そんなことないよ。ちょっと気になるじゃんか。ねぇ、どこらへんに住んで居るの」
「ここだよ」
「え?」
「私は、ここにいるよ」
「いや、そうじゃなくて―――」
「私はここにいるよ。ここが私の世界なの!」
唐突に声を荒げて、私は立ち上がる。
周りはまったく私たちを気にしない。
聞こえないのだから当然だ。
「落ち着いてよマリ」
lylyが困った表情を見せる。
だが、もう慣れていることだろう。
だってこれが初めてじゃないから。
ささかまと時雨はぽかんとしている。
私はグループから抜け出すとバーエリアから出て行った。
どこか人の居ない、いや、人の少ないエリアに行きたかった。
様々なエリアを転々とする。
途中で「あ、さっきのお姉ちゃんだ」と言って小さな前足で私を指さす恐竜が居たが無視した。でかくて邪魔な恐竜のアバターを使っているのは大体小さな子だ。無言で通り過ぎる私に、恐竜はしゅんとした。
少し罪悪感が生まれるが、相手にする気分じゃなかった。
そして見つけた。
小川の流れる教会を模したエリア。
普通、教会のエリアは現実と連動した宗教組織が運営しているが、ここは初期の頃に作られたどこにも属していない、それこそただの模造品として作られた教会だった。
初期に作られたせいか背景は変化の起きない、のっぺりとした壁紙のようだった。
ちらほらと人が居たが、少ない。
利用者がいたことに驚きながら、私は細い枝のような装飾に乗った。
そして、すたすたと歩いていく。
私はこの世界での動きなら誰にも負けない。
何人かが私が綱渡りをしている様子を見ていたようだが、気にしない。
そして、きっと誰も居ないだろうと思って辿り着いた先には先客である人が一人居た。
そう人だ。装飾の少ない、全身が青くもない普通の人型のアバターだった。
初心者だったら全身青ののっぺりとしたアバターをしている。
だけど違う。
私と同じ普通の人間のようなアバター。
私のこれは両親が用意したものだけど、彼はどうなんだろう。
そう考えていると、彼は話しかけてきた。
「初めまして」
穏やかな声だった。
「うん、初めまして。あなたはこんなとこで何をしているの?」
自分のことは棚に上げて尋ねる。
「そういう君こそなんでここに?」
指摘されてしまった。
少し言葉に詰まる。
「ちょっと、一人になりたい気分だったの」
「じゃあ、どこうか」
立とうともせずに彼は言う。
「いいよ。別に一人ぐらい誰か居たって」
そう言って私は座る動作をする。
そもそも誰も居ないエリアなんてないだろうと思っていた。
彼は「そう」と言うとそれっきり無言になった。
BGMもなく、代わりに小川のせせらぎの効果音が流れつづける。
「…あのね、みんな、私がどこにいるのか、誰なのか聞いてくるの」
結局無言に耐えられなくなった私は口を開いた。
「私はここにいるのに。ここが、この世界が私の居場所だよ。私はここに居るんだよ」
なのに、なのにみんな現実を持ち出す。
気分が落ち込んで俯く。
「じゃあ、ぼくと一緒だね」
青年がぽんと言葉を返してくれた。
私は顔を上げた。
「…あなたもそうなの?この世界が居場所なの」
「うん」
「そっか、うん、なら一緒だね」
彼は穏やかに「うん、一緒」と言った。
たったそれだけの言葉だったが、妙な安心感が沸いてきた。
そうか、私だけじゃないんだ。
それからまた無言の時間が流れた。
頭がぼんやりとした感触を感じた私は立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ離れるね」
「うん、そうか。さようなら」
「うん、じゃあね」
そう言って手を振る動作をすると、彼も爽やかな笑顔を浮かべて手を振り返してくれた。
次の瞬間、私はマイルームに戻っていた。
そして、ふと思った。
そういえば、彼はなんて名前だったのだろう。
◆
急に明かりがさすように意識がはっきりした。
マイルームで意識が戻る。
何時間寝たのか分からないが、ちゃんと睡眠はとれていそうだった。
それから朝のニュースを流し見て、マイルームを離れた。
昼間のテラスエリアには人が居ない。
それでも何人かはいる。
一つのテーブルを見つけて、入れてもらう。
「どうも」
そう言うと挨拶が返ってきた、そのまま会話に移行する。
流行りのゲームとか今度エリアが新設されるらしいとか、そういうことを話した。
その途中で私はふと言葉を滑らせた。
「あーあ、昼間は本当に人が少ないんだよね」
無言がテーブルを支配した。
重い空気が流れる。
「周りなんてどうだっていいだろ。どうせ学校とかだろ」
一人が口を尖らせた表情をして言った。
「そんなに人恋しいなら現実に行けよ」
その言葉に私はショックを受けた。
私の居場所はここだけなのに。
「私はここにいるよ、ここが私の世界だよ」
「じゃあ、そんなこと言うなよ」
「だって」
「オレ、落ちるわ。気分悪くなった」
そう言って一人が落ちると、他の人たちも顔を見合わせ、どんどん落ちていった。
テーブルには私一人が残された。
一人取り残された私は、マイルームに戻った。
その後、マイルームで自己学習でもしようかと思ったが、さっきのことが過り、そんな気分になれなかった。
気づいたら昨日のエリアに向かっていた。
そして、彼が居た。
「やあ」
彼は爽やかな笑顔を見せていた。
私は無言でずんずんと近づき、隣に腰を下ろした。
「私時折寂しく感じるの。昼はみんな学校に行ったりして…」
俯いて言葉が途切れる。
彼にこんなことを言って、どうするのだろう。困らせるだけだろうに。
「君は現実に戻りたいのかい」
だが、静かなやさしい声が返ってきた。
「ううん、私の世界はここだよ」
私は首を横に振って、即座に答える。
「そっか」
そう言って彼は目を伏せるが、また爽やかな笑顔になって私を真正面から見据えた。
「でも、きっと君が望めば世界は広がるよ」
私はその言葉に首を傾げる。
彼は変わらず爽やかな笑顔だった。
「だから私の世界はここだって」
私がそう言うと彼はまた「そっか」と言った。
そして変わることのない景色を見る。
「そろそろ夜明けかな」
ぽつりと言った。
「この世界じゃ時間なんて関係ないじゃん。それにさっき昼間だったよ」
「そうだったの?」
彼は不思議そうな表情を見せる。
「そうだよ。あなた相当だね」
「かもしれない」
彼ははにかんだ表情で頭をかく。
その時、視界の端にマークが見えた。
マイルームに戻るようにと言われている。不思議に思いながら、私は立ち上がる。
「じゃあ、私離れるね」
「うん」
彼は座ったままだった。
ずっとここにいるのだろうか。
「ねぇ、また会おうよ」
「うん」
彼の返答はとても短かった。
私はマイルームに戻る。
そしてまた、そういえば彼の名前なんだったかなと確認し忘れたことを思い出した。
すると声が降ってきた。
『フルダイブ接続を切ります。全ての動作を停止してお待ちください。』
え?
初めて聞くシステム音声に私は戸惑った。
そして、私は見たことのないエリアに居た。
白い世界。そこに白い格好の人達とお母さんとお父さんが居た。
いや、何かがおかしい。
マイルームで出会うお母さんとお父さんのアバターそっくりだけど、何かが違う。
「ああ、目を覚ましたわ!」
いつもと雰囲気の違う、お母さんのアバターが泣き笑いの表情を見せる。
いや、あんな表情なんて設定できただろうか。
白い恰好の男のアバターが近づいてきた。
そういえば、ここには装飾の少ない人型アバターしかいない。
いや、その前に私はどうしている?
何かに横たわっていないか。
疑問に襲われ始めた私にお構いなく、白い恰好の男は話しかけてきた。
「実は電脳を使って運動、感覚神経が死んでしまったあなたの身体を動かす技術が開発できたんだ。あなたが今まで電脳世界にダイブするために使っていた移植された電脳を義肢を動かすために使う。ほら、腕を動かしてごらん」
私はよくわからないまま、腕を動かそうとした。
勢いよく上へ跳ね上がった。
傍に居た違和感の感じるお母さんとお父さんが掠めた腕に驚き、退くがそのあとすぐに二人して手を握り合って喜んでいた。
「まだ加減が上手くいかないね」
淡々と白い恰好の男が言った。
そこで私はやっと、恐る恐る口を開く
「ここは、現実なの?」
するとお母さんがきゃあと嬉しそうな悲鳴を上げて、私の手を握る。
感じたことのない、温かさが伝わった。
いつもの世界で感じる、温かいという情報とは違う温かさ。
「そうよ、あなたはまた動けるようになるの」
今にも涙を流しそうなほどに目の端に涙をためてお母さんが言った。
私は愕然とした感覚がする。
「そんな…今更戻されたって」
私の身体はいつからか、動かなく、いや、死んだのに。
「私の居れる世界は―――」
「大丈夫!お母さん達が支えるわ」
手を握る力が更に籠められる。
泣き笑いだが、明るい表情をお母さんは浮かべる。
「これからあなたの世界は広がるのよ」
『でも、きっと君が望めば世界は広がるよ』
お母さんの言葉に名無しの彼の言葉が重なった。
私は何も言えなくなってしまった。
まさか、彼はこれを予見していたのだろうか。
そんな、まさか。
◆
それからはリハビリの日々が私を待っていた。
最初は動かすことも難しかった。
逆に動かせるようになると、激しく動きすぎて体を痛めることもあった。
加減が難しいのだ。
リハビリの度にお母さんは付き添い、頑張れと励ましてくれる。
生で見る現実のお母さん。アバターの方が見慣れた私にはまだ違和感があった。
そのお母さんは、私が力加減を間違えて巻き込んでしまって怪我をさせられても笑顔で励ましてくれた。
時折お父さんも来てくれる。
堅い表情でケーキやお菓子を持ってきてくれる。
だが、それもまだ力加減ができない私には立派なリハビリになった。
そして、そのうち点滴ではなく食事をとれるようになり、アバターじゃないお母さんとお父さんに違和感を覚えなくなった。
「明日から学校ね!」
お母さんは自分が通うわけでもないのにウキウキとした声ではしゃいだ。
真新しい制服が壁にかけてある。
リハビリが終わり、春になった。
私は自由自在とまではいかないが、以前より生活にあわせて力加減ができるようになり、少しずつ学校に通うことになった。
ワクワクとした気持ちと不安がないまぜになっている。
「明日は早いから、もう寝なさい」
堅い表情で、しかし優しい声でお父さんが言った。
「はーい」と言って私は自室に戻った。
ベッドの上で横になる。
ふと、名無しの彼を思い出した。
また会おうと言ったのに、あれから私は電脳世界に行っていない。
私は自室を見渡す。
あった。
私は部屋の隅にあったモニターゴーグルとコントローラーを手にした。
前は電脳に直接線を繋げていた。
前みたいに操作できるだろうか。
不安を感じながら、私は電脳世界にダイブした。
マイルームから、あの寂れた教会エリアに向かった。
やはり操作が難しかった。
ただ歩いたりするだけならまだしも、あの細い装飾の上を歩くのは至難の業だった。
時間をかけて、時折落ちて、登りなおしながら細い装飾の上を歩く。
そして、辿り着いた。
心なしか現実の体が疲れている気がする。
そうして辿り着いた先には、誰もいなかった。
彼は居ない。
やはりいつも居るわけではないのだろうか。
そう思って彼が居た場所の隣に腰掛けた。
色々話したかったのに。
しばらく小川を見つめていた。
すると現実から声が聞こえてきた。
「マリ?いい加減に寝なさい」
私は急いでマイルームに、いや、それももどかしい。
強制的にログアウトすることにした。
そしてログアウトをするギリギリまで名残惜しく、彼の居た場所を見つめた。
『でも、きっと君が望めば世界は広がるよ』
その広がった世界はどんなものなのだろうか。
私はこの世界以外に居てもいいのだろうか。
そして、彼を、この世界が居場所だと言った彼を裏切っていいのだろうか。
そしてログアウトする間際彼が現れた。
ふっと急に浮かび上がるように。
あの爽やかな笑顔を見せて。
「いってらっしゃい」
その笑顔と言葉に私は安堵した。
「うん、いってきます」
そして、私の世界が切り替わる。
居場所 風間エニシロウ @tatsumi_d
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