4 市間いちるの決意

 くまたろーは私の大親友だ。話しかけても殴られないし、顔を見ても怒鳴らないし、手を握っても弾かないし、辛いときはいつも一緒にいてくれる。

 そんなくまたろーに唯一不満があるとすれば、私に触れてくれないということだった。私が彼に触れ合いを求めても、その逆は決してありえない。私が彼を必要としているから傍にいてくれるのであって、彼自身は私を必要としていないのだ。私にはそれが堪らなく寂しい。

 いつも私のわがままに付き合ってくれてありがとう。そしてごめんなさい。


 パパがいなくなってから、ママはとっても変わった。元気がなくて、いつもお部屋の隅っこに座っている。私の顔を見ると泣き出して、叫びだして、殴ったり蹴ったり突き飛ばしたり叩いたり掴んだり引っ掻いたり切ったり刺したり縛ったり千切ったり絞めたりする。疲れて眠る時だけ、ママはいつも優しい表情を浮かべる。きっとパパがいなくて寂しいんだね。

 いつも私の遊び相手になってくれてありがとう。そしてごめんなさい。


 友達もみんな変わった。パパがいないのはおかしいって、いつも新しい絆創膏をつけてくるのはおかしいって、みんなから言われる。その通りなんだと思う。きっと変わっちゃったのは私の方なんだね。気がつかなくてごめんね。

 おかしいことをおかしいってちゃんと言ってくれてありがとう。そしてごめんなさい。


 先生も変わった。普段はとっても優しいのに、私がくまたろーと話しているのをみると、とっても冷たい視線を向ける。くまたろーをそんな目で見るのはやめてほしい。たった一人の友達をそういう目で見られると私も悲しくなってしまう。でも悪いのはきっと私なんだろうな。先生がそうするのだから、きっとそれは正しいんだ。

 いつも正しさを教えてくてありがとう。そしてごめんなさい。


 だからみんなが悪いんじゃなくて、私が悪いんだと思う。その理由は多分、パパがいなくなったから。パパが戻ってくれば、きっと元の私に戻れると思う。

 私はパパにそっと頭を撫でてもらうのが好きだった。大きくて優しいあの手の感触が好きだった。嬉しいよ、ありがとう、という気持ちを笑顔で包み込んでくれるのが好きだった。


 パパはどこにいるんだろう? それは誰も知らない。ママなら知っているかもしれないけど、教えてはくれなかった。だから一人で探しに行くことにした。


 高いところから探せばすぐに見つかるだろうと思ったので、観覧車に乗った。住んでいる街を見下ろすのは楽しかった。結局パパは見つからなかったけど、変わったお兄さんと会った。私の頭を撫でてくる変なお兄さん。最初は怖かったけど、ちょっとうれしかった。


 何度か会いに行くうちに、もしかしたらあの人がパパなのかもしれないと思うようになった。見た目や雰囲気は全然違うけど、一度でも私に触れようとしてくれたのはあの人だけだったから、多分そうなんだと思う。そんな人はパパ以外に考えられない。もし万が一違っても、パパの代わりになってくれるかもしれない。


 だって、あの人はとっても優しいのだから。

 話しかけても殴らないし、顔を見ても怒鳴らないし、手を握っても弾かないし、会いに行けばずっと一緒にいてくれる。


 だからきっと――ママにも優しくしてくれるだろう。寂しくてボロボロで凍えているママを包み込んでくれるだろう。パパが戻ってくれば、夢の中だけじゃなくて、起きている時も優しい表情を見せてくれるだろう。


 ママにはいつも、素敵な笑顔でいてほしいから。


 だから一緒に、観覧車に乗ってもらうことに決めたのだ。

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