3 悪霊と市間いちるの因果関係
市間いちるは観覧車を訪れるようになった。大方、話相手が見つかって嬉しいのだろうと思っていた。しかし話すうちに、どうやら俺を本当に父親と思っているらしいことが分かった。
俺はというと、市間いちるを無視するしかなかった。なんせ呪いをかけようにも通じないのだから、無視するしかない。目の前で生きている人間が楽しそうにしているのは
そんな厄介者の来訪が続いたのち、死神が観覧車に乗った。
「そろそろ自分のやっていることの無意味さに気がつきましたか?」
死神は嬉しそうだった。まるでやり取りを見ていたかのように。
「死神。あれはなんだ?」
「なんだ、とは」
「とぼけるな。市間いちる――悪霊の呪いが通じない人間なんて、この世にいるのか?」
「あなたも薄々気が付いている通りですよ」
死神は得意げに、ただ静かに、そう言った。
「あの子はまず、母親に愛されていない。母親の両親から疎まれている。死んだ父親の親族から恨みを買っている。クラスメイトからは嘲笑の対象に、教師からは厄介者に、道行く人から畏怖と侮蔑の対象に――これでようやく半分といったところです。そして、それだけあれば十分なんですよ」
女の子一人、どうにもならなくなるのなんて、と。
死神は、他人事のように言った。
「……………」
つまり家族に愛されないというのは、そういうことだ。無償の愛を提供するはずの家族から愛されないのに、他人に愛してもらえるわけがない。
だって、愛されることを知らないのだから。
「あなた程度の呪い、入り込む隙間がないんですよ。あの子に向けられた負の感情が積もり積もって、ないまぜになって、ごちゃ混ぜになって――飽和状態になっているんです。悪霊やら怨霊やら生霊やら、そういうもので満たされているから」
聞けば聞くほど、とんでもない。何をしたわけでもなく、ただ愛されないが故に不幸にならざるを得ない、そういう宿命を、あの年でどうしようもなく背負いこんでいる。なるほど俺程度ではどうにもならないわけだ。
「だからこそ、あなたのやっていることは無意味なんですよ、悪霊さん」
「なに?」
「あなたには、人を呪うことすらできないと言っているんです。市間ちゃんは幼くして父を失ったからそうなった。分りますか、呪う方にも呪われる方にも因果関係があるんです。あなたには何があるんです? 言うまでもなく何もない」
「それがどうした?」
「滑稽なんですよ。自分が死んだ理由も忘れたくせに、人を呪っているあなたが。一体、いつまでこんなことを続けるつもりなんですか?」
「…………」
「なにもできないんですよ、あなたは。もう死んでるんだから」
死神はそう言って観覧車から降りた。
りん、という鈴なりの残響も夕焼けに吸い込まれてすぐに消えた。
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