第25話【古泉の視点Ⅲ】
外陣って……まさか、鶴屋さんと国木田のことか。
「ご明察です。特に国木田氏は、これまで知己でありながらSOS団という枠の内と外とでお互いに距離感を保ち続けてきました。その彼が今回、このアカデミーにおいて明確に内側へ踏み込んで活動している。つまり、我々と同じ土俵の枠内に入ってしまった。それも、涼宮さんに導かれてです」
だが、奴だってこれまで部誌の編纂に協力したり、映画撮影に巻き込まれたりしていたじゃないか。今回も似たようなものだろう。
「今回のケースと比較するとしたら、あれは言わば外部協力ですよ。扱いでいえばSOS団における
池に飛び込まされたり締め切りに追いかけられたり、ろくでもない目に遭うゲストがいたもんだな。
「まぁ、それはそれとして、今回の国木田氏は、SOS団傘下の涼宮アカデミーを運営する側の人間として登用されました。鶴屋さんにしても同様。ふたりはこれまでよりもなお、一歩こちらに踏み込んでいるのです」
と、古泉は相変わら世間話と同程度のノリで滔々と語り続けていた。随分と大仰に考えるようだが、考えすぎじゃないのか。
すると古泉はくすりと笑う。そのやたら甘さを醸す表情はやめろ。
「とんでもない。あなたもご存知の通り、涼宮さんは意識的か無意識的にかかわらず、その活動のすべてがこの世界に影響を及ぼします。僕ら現SOS団メンバーとは明確に異なるファクターを有するあのふたりも、その例外ではないでしょう。涼宮さんのクラスメイトに対する態度の軟化の兆候が、かえって影響の範囲と対象を広げる形で現れてしまったのではないか、という仮説も考えられます。孤独で心を閉ざしていた彼女が、近しい人間に気を許し始めてたことがかえって、彼女の周囲への影響力をいっそう強めてしまっているとしたら……」
あいつの気難しさで世界が大騒ぎ、ってわけか。毎度のことだが、あいつにもいつか落ち着いてほしいものだ。そんな日が来るかはわからないが。
「来てもらわねば困ります。いえ、そうなるように陰日向で活動するのが我々ですよ。涼宮さんがこのまま周囲の人間に心を開き、日常を日常のまま謳歌してくださるのなら、僕ら『機関』はその役目を果たしたということで、心おきなく解散できるのですから」
「果たしてそんな日がやってくるのかね」
当のハルヒに至っては、SOS団だけに飽き足らず、アカデミーなんてもんまで新しく立ち上げちまう有り様だ。
「今回のアカデミー設立はおそらく、涼宮さんの識閾下におけるあのふたりへのせめてものカウンターなのだと僕は睨んでいます。今回、彼と彼女を巻き込む必要があった。しかし、ふたりを直接SOS団に取り込むことでふたりに影響を与えすぎてしまったり、またそれがあの部室で保たれている我々の均衡に波及してしまっても具合が悪い。そのために、SOS団傘下という形で子を立てて、あえて団から鶴屋さんと国木田氏を切り離しているんです。あのふたりを巻き込みつつ、彼と彼女の身を守るための涼宮さんなりのセーフティネットですよ。涼宮さんはあくまで、世界に対する願望と常識観のバランスをしっかり持っておられる方ですから」
スケールが壮大になってきた。こいつの深読みに段々とついていけなくなりつつある俺だが、そもそも物事を大袈裟に捉えすぎるのはこいつらの悪癖のような気もする。お前に言わせたら、ハルヒの一挙手一投足すべてに何かの因果が及んでしまうのだろう。まったく、おめでたいやつらだ。
「誉め言葉として頂いておきます」
それに、その口ぶりだと、そもそも国木田と鶴屋さんが俺たちの勉強会に参加することが最初から決まっていたと言わんばかりだな。運命論者に鞍替えしたのか。
「いえ。ただ、彼と彼女は今回『部室』に入りました。放課後はそこに留まり、我々と行動を共にしています。あの、様々な力場がせめぎあい、飽和しそうになっているあの空間にです。そしてほぼ同時期、あなたに発生しだした幾度かの幻聴。この重なりが単なる偶然だとは思えないんですよ。涼宮さんが入学時に言っていた自己紹介。彼女が渇望してやまない者達を呼び寄せるための意思表明を忘れたわけではないでしょう」
忘れるものか。あいつのアホな自己紹介がきっかけで俺はこの一年アホな目に遭い続けてきたわけだ。そう、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者——。
「そして、まだ欠けたままのピースは——?」
異世界人。
「我々という不揃いのピースが集うパズルフレームに、あのふたりという新たな要素が加わろうとしている」
……あのふたりが?
「まさか、国木田か鶴屋さんが異世界人だってのか?」
いや、待て。俺は全力でかぶりを振り、
「冗談じゃないぜ」
深読みのしすぎで、いよいよ脳みそが煮詰まっているんじゃないか。
すると古泉は中空に軽く息を吐いて、力なく笑った。
「可能性を示唆しただけですよ。兆しを感じるとは言っても、まだ何かが表面化したわけではありません。しかし、起こっていないということがいっそう僕の不安を掻き立てます。『機関』として、警戒レベルを引き上げる必要がある。少なくとも、僕はそういう報告を上にあげるつもりです」
いい加減話が長くなってきて冷めた手が強張ってくる。勝手にしろと言いかけたが、なにやら真剣な目で店内に視線を向けていた古泉を見て、その言葉を呑み込んだ。
「なにか、良からぬことが起きなければいいのですが、ね……」
古泉がろくでもない心配をため息とともに吐ききったところで、店から出てきたハルヒが俺たちに叫ぶ。
「いつまで待たせてんのよ、あんたたち!」
店先でうっかり長話になってしまった。
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