第20話【つるくにマフラー】
こうして今日もSOS団の活動という名の下での涼宮アカデミーなる勉強会の第二回を終えた。北高の校門を出て坂を下り、冬風に身を晒しながら帰り道をゆくのは、我らがSOS団もとい今は涼宮アカデミーの面々だ。はた目から見たらいかにも健全な高校生の下校風景に見えたことだろう。問題は間違っても健全とは言い難いその中身と言動にあるのだが。——まったく、やれやれだ。
というわけで、本日は顧問の鶴屋さんと臨時教官の国木田もセットの帰り道。おかげでいつもより賑やかな感じがするな。鶴屋さんがおられる分、華やかさも増したような気がしないでもない。鶴屋さんは集団の先頭でハルヒと朝比奈さんに挟まれて雑談に興じている。それを眺めているだけでも一興だ。
しばらくして、鶴屋さんが、
「国木田先生っ! キョンくんたちへの指導の成果はどうさっ?」
と、健気にも涼宮アカデミーのノリを引き連れたまま国木田に話を振った。
国木田はたははと軽めの笑みを提げて、
「ぼちぼち、です」
左様ですか。
今度はハルヒがそこに口を挟む。
「国木田。ぼちぼち、じゃ困るわよ。キョンをもっとビシバシ鍛えてもらわないと」
余計なこと言うんじゃねえ。
「まァ、大丈夫だと思うよ」
国木田はハルヒ学長のお言葉にもさらりと返答し、
「キョンはもともとやればできる方だし、大丈夫なんじゃないかな」
なんて言ってのけた。ハルヒはそんな答えに鼻を鳴らしている。
そこに「ほう」と目をはっとさせたのは古泉だ。
——おい。どういうリアクションだ、それ?
古泉はマフラーをはためかせながら首を横に振りつつ、
「いえ。さすが付き合いの長いご友人は、きちんと見ておられるのだな、とね」
「そうかい……」
とはいえ、俺も別の意味で国木田に感心していた。ハルヒと真正面から言葉を交わし合うなどとは、こいつも言うものである。むしろこれは、ハルヒとクラスメイトとの距離感が縮まっている証拠なのだろうか、とも思ったりした俺だった。
ただ、ハルヒはもちろんそれに食ってかかり、
「アンタねぇ、もう日数も少ないのに、そんなに呑気で大丈夫なの?」
国木田とついでに俺をねめつけるハルヒだ。俺はもう慣れっこだが、国木田はどうかね。
その時、国木田のマフラーが風に巻かれそうになった。マフラーの端がふわりと空に浮かぶ。鶴屋さんがそれを華麗にキャッチした。彼女の白く細い手がそれを端からくるくる巻きとって、国木田の頬にそっとあてる。
いきなりの頬タッチに、国木田は顔を赤らめながらもフリーズ。
突然の青春の発露だった。
「あっ、あの……!」
鶴屋さんは、くふっと軽妙な吐息を漏らして「あっぶない危ない」と言いながらマフラーを国木田の首にするすると巻き直した。
「あやうく風さんに飛ばされるところだったよっ!」
「そ、そうですね……。はは」
国木田。そこ代われ。今すぐ代われ。さぁ代われ。
「……ねぇ、キョン。そう睨まないでよ」
睨んだつもりなどない。ないが。
「目が口程に物を言ってるよ」
そうだろうな。
ところで、鶴屋さんのすぐ隣で、朝比奈さんがくすりと笑みを浮かべていた。それはかすめるような一瞬だったが、それを拝めて俺の気分が瞬間的に浄化されていく。
まぁいいか。朝比奈さんの清浄なる微笑みに免じて。
「はい、巻きおわりっ!」
「ありがとうございます……! うれしいな」
「どういたしましてーっ。外からの助っ人同士仲良し同盟さっ。国木田先生!」
「……! そうですね」
仲良し同盟、ね。羨ましいことこの上ない。
すると国木田が、今度は聞き捨てならないことを言いだした。
「キョンもさ」
国木田は前を向いて、呟くように言う。
「なんだ?」
「あの時だって大丈夫だったんだよ。勉強くらい、いざとなったら自力でなんとかするでしょ」
あの時って、なんの話だ。
「高校受験の時だよ。その時は塾に行ってたみたいだけどね」
——受験?
俺は、随分と古い記憶を持ち出してきた国木田に眉を顰める。それでも国木田は変わらず飄々と言葉を続けた。
「そうそう。結局、そこで勉強しているうちに学力が安定して、結果北高にも合格できたんじゃないか。キョンはひとりカンヅメで勉強するより、誰かと一緒に勉強した方が、能率あがるんじゃない?」
「そうは言うがな、国木田。中学の勉強と高等学校の期末試験とを安易に比較なんてするもんじゃ……」
「そりゃそうだけどさ。でも、あの時だっていただろ?」
いたって、なにが。
「キョンと一緒に勉強していた子だよ」
その言葉が、俺の脳髄に痺れさせるような衝撃をもたらした。
「ちょっと待て。国木田」
——その話。今ここで必要か?
と、言おうとした瞬間。
「なに? キョンの中学時代の話?」
ハルヒが食いついた。
重ねて言うが、国木田は俺と同じ中学出身だ。となると当然、他のSOS団の連中は知らない俺の記憶も知っているわけで。しかしまさか、ピンポイントでその話題を振ってくるとは思っていなかった。
「ねぇ、キョン。誰よ。その、キョンと一緒に勉強していた物好きって。もしかして女子?」
俺と勉強するだけで物好きかよ。だったら、お前はなんなんだ。
「そんな返事いらないから。国木田、どうなの」
「僕もあまり詳しくはないけど、当時はよく一緒に帰っていたんだよね」
ハルヒを前にしてドストレートに誤解を招く表現はやめろ。
案の定、それを聞いてハルヒが眉を吊り上げる。
「え、そういうアレなの? 誰? どんなヤツ? 素直に白状なさい」
隣で古泉が眉を顰め、目を細めている。そこから好い予感は特にしない。朝比奈さんだけならまだしも、同性のこの回りくどい優男の機微にまで察せるようになった俺を誰かに褒めてもらいたいもんだ。それはそれとして……もしかしてこの流れ、アレコースなのか?
……やれ、困った。
このままではこの場が俺の中学時代吊し上げ会場になりかねない。べつに隠すつもりはないのだが、かといって、なんとなく素直に言うのも憚られる気がするのはなぜだろう。どんな言葉であいつのことをハルヒに伝えるべきか。そう思考を巡らせながら坂を下っていた、その時だった。
俺は、「誰か」と目が合った。
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