冬空のアリエッタ

第11話【二日目】

 夕の陽を見ながらあいつらと歩いたあの帰り道から、約二十二時間後。件の涼宮アカデミーとやらの活動がめでたく二日目を迎えている。期末試験まであと一週間を切っていた。相変わらず窓から見える外の景色は、木枯らしの吹く曇り空だ。授業を淡々と受け終えて、一同は部室にて試験勉強に没頭しでいる。

 と、真面目ぶってはみるが、実際のところ時間つぶしのボードゲームが勉強に変わっただけだ。ここ、何部だったっけ? ——今さらか。

 全員がSOS団もとい涼宮アカデミーで勉学に勤しむ中、ハルヒ学長は実に充実した表情でその教鞭を振るい——対象はもっぱら俺だが——それぞれの学習姿勢に目を光らせていた。あいつの頭には、どうやら自分が勉強をするという選択肢がそもそも無いらしく、俺としてはそこはかとなく、ハルヒの単なる暇つぶしに付き合わされているような気がしてならないでいる。当たらずとも遠からずだろう。


 ついでだが、ハルヒの巻き込まれ事故でここに来てしまった臨時教官の国木田も、教官の腕章を身に着けて部室を歩き回っていたりしていたものの、どちらかといえば自分の教科書に目を通す時間の方が多くなっていた。

「涼宮さん。ちょっとここの部分を見てもらえる?」

「なによ、国木田。教官のあんたがそんなんじゃ困るわ。見せてみなさい」

「この構文なんだけど」

「ふむ——」

 といったていで、国木田にも試験範囲で悩むところがあるらしく——当然俺とは理解レベルが段違いとしても——ハルヒと二人で一冊の教科書を睨んで問題に取り組む姿は妙に新鮮だった。よりにもよってハルヒに聞きに行く国木田も国木田なのだが、そいつの相談にあっさり応える様になったハルヒを見て、俺はなんとなく面映ゆい気分に包まれたのだ。……何だろうな、この見守る系のポジションは。

 ちなみに肝心の俺はというと、ハルヒの作った無理無茶無謀の三拍子が揃った計画に、ものの見事に振り回されていた。ハルヒは教えるといっても、いつも通り「あんたこんな問題もわからないの? 馬鹿じゃないの」と教鞭で俺の頭をぺしぺし叩くだけだったりするので、ところどころ国木田の力を借りつつ、俺は果てしないゴールに向かって一歩一歩進もうともがいている。我ながら健気なものだよ。

 巻き込み事故を喰らってしまった国木田先生にはそこそこ申し訳なく思う。自分の勉強もあるだろうにな。

「キョン。僕は別にいいんだよ」

 当の国木田は、飄々とした顔をさげて何でもない風に言う。

「こうして教えるのも自分の理解を深めるからね。それに、頭の中の整理もできるから」

 と言って、自分の教科書に視線を戻しつつ、俺の進捗を看てくれていた。俺は素直に感謝している。

 俺は国木田とは付き合いが長い。それ故に元々できたやつだとは思っていたが、こんな柔軟性や気配りのできる人となりを持ったやつだったとは思っていなかった。俺の中で国木田株がストップ高だ。ハルヒがハルヒだけに、国木田の人間性が対照的に輝いて見えたわけだ。

 そして、俺も俺として遂に肚を括る。これも自分の為だと心を決め、教科書を開き、試験範囲に付箋を貼りつつ、マーカーとシャーペンを忙しく走らせているのだ。我ながらなんとも律儀に学生の本分を果たしているのである。

 ——そして、自分の学問に対する理解の浅さに打ちひしがれていたりする。いやもう、我が事ながらため息が出るね。

 そんな中ふと、俺は窓の向こうを何気なしに眺めてみた。慣れない勉強に、保たれない集中力。無意識に疲労した頭を冷ます意味合いもあったのかもしれない。

 校庭やあの坂道は、相変わらず寒風に晒されている。枯れ葉もすっかりどこかへと消え去ってしまい、丸裸の木々が咳をして体を丸めているように見えてならない。風に吹かれて曲がりくねった並木はいつも以上に弱弱しく見えた。

 昨日との違いを言えば、それは雪がやんでいたという点だけで、またいつちらつきだしてもおかしくはなかった。そんな灰色の雲に覆われていたうちの学校だが、この部室だけは、そんなもの小賢しいと言わんばかりにハルヒの声が響いている。

 そうそう、他にも昨日と大きく異なる点があったんだっけ。それは俺にとっても朗報だった。

 教官が一人増えたのだ。その方は主に、朝比奈さんの周りを徘徊しつつ指導というよりちょっかいをかけている風で、一服の清涼剤の様な、そんな雰囲気をこの部屋にもたらしてくれた。

 そう、鶴屋さんだ。SOS団名誉顧問でもあらせられるお方である。

 ハルヒが颯爽と捕まえてきたらしく、彼女も涼宮アカデミーに加わり、俺達の勉強会に参加することになった。

「ワークショップと呼びなさい。そっちの方がイマっぽいでしょ!」

 と、ハルヒは言う。

「名前の看板を付け替えただけじゃないか」

 俺は軽くいなしたのだが、ハルヒはなぜか譲らず、

「気分の問題よ!」と言い切った。

 ちなみにワークショップというのは体験型講座のことだ。最近の流行りだな。ただの合同勉強会に何の体験があるのか、とも思われるが。


 ハルヒに教鞭でビシバシ打たれる体験、なんてな。——まったく、冗談ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る