第9話【珍しく真面目寄り】

 さて、束の間だが余暇ができたため、俺はとくにやることもなく周囲を見渡していた。長門と朝比奈さんは計画を既に作成し終えたようで、それはホワイトボードに磁石で貼り付けてあった。そして既に自学自習を始めているようだ。

 朝比奈さんはともかく、長門は勉強する必要なんてそもそもあるのだろうか。こいつこそ、何もしなくても知力で世界と戦えてしまいそうなものだろうに。そんなことを考えながらやつを見ていると、長門と俺の視線がぶつかり合う。長門は俺をちらりと見て、そのまま表情を一切変えることなく視線をノートに戻した。そんな当人同士にしかわからないようなやり取りだが、意外にもそれに気付いたやつがいた。

「あれ、キョン。何を見てたのさ。今」

 別に何も。ぼけっとしてたさ。

 国木田は「ふーん」と軽く流す。そこにチクリと刺す一言。

「ユキを眺めていたんですよ」

 古泉め。その笑顔が尚更いらっとくるぜ。

「雪? もう止みかけているみたいだね。最近、あまり降らなかったしなあ。キョンも一応、風情みたいなものがわかるんだね」

 古泉は軽やかな笑顔を俺に向けた。無視。

 その時、ハルヒがフンと鼻を鳴らした。こちらを無視は無理だ。

「キョンにそんな繊細な余情に感じ入る機能があるわけないじゃない」

 息継ぎなしで言い切られた。あんまりな評価だ。俺は反応するだけして、朝比奈さんに話を振った。

「朝比奈さん。学年も違うのに、わざわざ付き合ってくれて、心強いです」

 学長さんのただの気まぐれなんだっていうのにな。それなのに、朝比奈さんは清らかな笑みを俺に向けてくれる。俺の心の淀みが浄化されていくかの如しだ。朝比奈さんは「それに」と言葉を付け加えた。

「私も集中して勉強出来るし、みんなががんばっているのに私だけってわけにはいかないから……」

 なんて健気な、そして心も器量も広いなお方だろう。

 いちいち突っかかる古泉も見習え。

 そんなこんなで各自の計画表がボードに貼られ、いまや全員が試験勉強を始めていた。学長のハルヒと教官の国木田は、おれ達が勉強している様子を歩いて見回る役回りらしい。淡々とかつ飄々とこなしていく古泉や長門。学年の違う朝比奈さんに見回りなど必要だろうかと思うのだが、その見回りは俺にとって非常に厄介だった。

 ハルヒはどこから持ってきたのか不明な教鞭をパシパシと鳴らし、いかにも楽しげに見回っている。一方で国木田は自分の教科書を読みながらだ。個性って出るよな。

 ちなみにハルヒは全員に眼鏡をかけさせようとしていたが、俺の反対によってあえなく没になった。それは俺に眼鏡属性が存在しないことと関係があるわけではない……と信じたい。


 さて、涼宮アカデミー冬季学習強化期間というカンバンがとりつけられてしまったSOS団だが、おかげで部室には珍しく真面目寄りの雰囲気が漂っていた。そんな静かな時間が続き、それぞれが学習に集中し始めるのもあり、口数もだんだん減ってくる。しばらくすると、わざわざ朝比奈さんが俺の湯のみにお茶を注ぎ足してくれた。無論、お優しいこの方は分け隔てなく全員にお茶を注いでまわってくださっている。芯から温まるというものだ。ありがたいお茶を口にしながら外を見やると、先ほど国木田が言っていた通り、降雪はもうちらつく程度だった。そのかすかな粉雪ももうじき、風に浚われて消え去るだろうという塩梅だ。窓ガラスがうっすら曇っている。部室の暖かみと外の冷気との差が形になって現れているらしい。

 このひとときは、若干ソワソワするが、居心地の良いものではある。ただ、何から始めたらいいのか、未だによく理解できていない俺がいた。

 俺はハルヒが書き上げたであろう俺自身の学習計画書を最初から当てにしておらず、とりあえず形だけ取り繕い、実際は国木田に頼りきって試験の波を乗り切ろうと画策していた。しかし、ハルヒはそんなこと知ったことではない。笑顔で俺に計画書あらため分刻みのタイムスケジュールを寄越してきやがったのである。

 俺はそれを斜め読みし、記憶に蓄えられたそのキャッシュをキレイサッパリ洗い流してから、今日はとりあえず教科書の試験範囲を確認するだけにつとめようと思った。

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