Chapter.1
コールデスト・ピリオド
第1話【教室でのこと】
ともかくだ。
さっそくため息を漏らすいつも通りの俺だが、俺がこうしてため息をついていたのは、勿論そんなセンチメンタルな理由だけじゃない。そんな繊細さなんて持ち併せてないことくらい、俺自身理解しているさ。そのため息の理由の一つが、たったいま俺の目の前で繰り広げられている光景だ。当然、いつものことである。
「あんたも参加すんのよ、いいわね!」
もはや恒例の、涼宮ハルヒの声だった。
声というか、怒鳴っている。これは会話と呼ぶに値するのであろうか。俺ならば恐喝と答えるだろう。そのマシンガントークはまさに弾の尽きることを知らない。しかし、その恐喝行為にいつもとは異なる点があった。それは、そのマシンガンの標的が俺ではないということだ。
そう。俺じゃない。
なぜなら俺は現時点において、自分の席でその会話と呼ぶも危ぶまれるやり取りを、呆れ半分と、申し訳なさ半分とが入り混じった複雑な気持ちで眺めているからである。余計に話がこじれるだけだろうから、手もださない事にする。
では一体誰と話しているのかと言うと——。
「いや、そりゃ力にはなりたいけどさぁ。僕は僕で、やらなくちゃいけないことがあるし……」
国木田である。
「力になりたいならなってあげなさいよ! 来ないと罰金にするわよっ!」
そうなんだよなァ。ハルヒは他人の事情など、最初からお構いなしなんだ。
「そんな急に言われてもさ。とりあえず困るよ、涼宮さん」
怒涛の勢いでガミガミと捲し立てるハルヒを前に、やや腰低く曖昧な笑顔を浮かべる国木田。この現場を恐喝と呼ばずに何と呼べばいいのだ。俺にはこれ以外に的確な単語が思い浮かばない。
しかしどうだろう。なんとも珍しい組み合わせだとは思わないか。そしてなんとも珍妙な光景だとも思わないか。入学当初はクラスの誰とも関わりを持とうとしなかったハルヒが、クラスの真ん中で喚き散らしているんだ。コイツも大分、変わってきた。いや、それも理解してはいたんだが、改めて遠巻きから眺めているとそれが顕著に見て取れるような気がするんだ。
俺はそれを発見して、なぜか嬉しいような、それでいて安心するような……なんだかよく分からん気分になっていた。勝手に親鳥の気分である。妙な心境だ。
さりとて、国木田は俺もよく一緒に行動するし、無理矢理コラムを書かせたこともある程だから、もしかしたらハルヒにとってそれなりに話しかけやすい相手なのかも知れない。そうやって近しい人間を増やしていくのは、あいつにとってもいいことなのだろう。……本当に保護者みたいだな、俺って。
ちなみに、周りのクラスメイト達はハルヒのこの性格にまだ少し面食らっているようだ。これでもかなり慣れてきたんだと思うのだが。——だが、それも俺ほどではないだろう。もちろん、自慢できることではないってことくらい十分理解しているさ。
そうして俺が述懐する間も、国木田はハルヒに対し抗弁というささやかな努力を続けていた。
「僕だって、余裕ってわけじゃないんだよ。僕自身しっかりやんないと本末転倒だしさあ……」
国木田はそうやってせめてもの抗議をするわけだが、ハルヒはニヤついている。実に楽しそうだ。戸惑いを隠せない国木田は、相変わらず曖昧な表情のままだ。
「あんたならこのクラスじゃあたしの次くらいに大丈夫よ。保証してあげるわ」
これは余談だが、ハルヒの「保証」が役に立ったことなど、いままで一度も無いんだな、これが。
「そう言われるのは嬉しいけど。でもそれとこれと……」
国木田の言葉に耳を貸すこともなく、ハルヒはぐいっと顔を国木田に寄せた。実にノリノリだ。そしてあいつがノリノリなら、俺は大概へろへろである。そして、今回も当然その例外ではなくなるであろうという予感が、既にあった。
「だから、今日はあんたも来るのよ。来なかったら懲役にするわよ。うちの部室でとことん労役を科してあげる」
「ちょっと、聞いてる?」
無駄だぞ国木田。それがハルヒだからな。遂に国木田も観念した様で、深いため息をついていた。哀れな。
「わかったよ、涼宮さん。だから、とりあえずその手を離してくれない?」
言質を獲得したハルヒは、いつもの満足げなしたり顔をする。いかにも思い通りとも言いたげだ。
「最初からそう言えばいいのよ!」
そうしていったん場が落ち着いた。……一段落したらしい。
さて。ほどなくして帰りのホームルームが始まる。岡部が来るまでもう少しかかるかな。ちなみに俺は、このふたりのやり取りに一切干渉していない。徒労は真っ平御免だからだが、それはいつものこととして……実はそれ以上に、手を出したくないと思っていた。
なぜなら、この会話の内容は俺に深く、とても深く関係していたからである。
……嗚呼、凹む。鬱だ、メランコリーだ。
なんとも愚かしい。己の浅はかさを深く自戒する。ま、その気持ちもきっと次の日にはすっかり消えうせているのだろうがな。
ともあれ、なぜ俺が深く関係しているのか。
それは、ついさっき始まったばかりの話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます