第5悪「祁答院メギドが征く」
悪戯ってのはどうなんだ。生易しくて、可愛いものでなければならないのか。例えば、他人の所有物に傷を付けたり、落書きをしたり、盗んだり、後で弁償したら済むような可愛らしいものなのか。
俺は子どものころ、カブトエビという田園に生息する生き物を惨殺して楽しんでいた。可愛いかわいい、子どもゆえの純粋無垢な好奇心からだ。誰だって似たような経験くらいあるだろう。
上の甲羅の部分を剥いでも、生きていられるのか。尻尾の二本の触覚のようなものをちぎったらどうなるのか。炎天下で温度上昇した鉄溝の上で焼いてみたらどうなるのか。胴体を引きちぎり、分離させたらいつまで生きながらえるのか。二つの目の部分を刳り貫いてみたらどうなるのか。さながら、研究者のように、カブトエビの解体作業に没頭し、熱中していた。
なにより、無数の足の部分を一本一本ぶちぶちとちぎっていく感覚が心地よかった。それに飽きたら、他人の家の壁にべちゃべちゃと思い切りそのカブトエビを投げつけて楽しんでいたことを記憶している。
その時、俺の田んぼへの出入りが禁止された。命は粗末に扱ってはならないのだということだった。まあ、それは分かる。大きくなるにつれ、倫理観と言う名の障壁が出来上がり、いつしか人はその行為を否定する側に回る。そんなことをしてはいけない、そんなことをするのは精神がどうかしている。
多くの人間がやっていたことなのに……
多くの人間が望んでいることなのに……
嫌いな奴に死んでしまえと思ったことのない人間はいるのだろうか。死ねまではいかなくとも、あいつさえいなければ……という願いを持ったことのないという聖人は存在するのだろうか。きっと、そんな人間いないんだと思う。俺に言わせれば、きっとそれは、人間じゃあねえ。人間ってのは醜い。人の不幸を喜ぶことのできる機能を持っている。人を見下して安心する性格を持っている。人は人が嫌いなんだよ、きっと。
人の悪口は言ってはいけない、人を疎んではいけない、人の失敗を笑ってはいけない、人を馬鹿にしてはいけない。そんなこんなを俺たちは刷り込まれて育ってゆく。俺はそのこと自体を否定することはしねえ。集団の中で生きて行くためには不和があってはならない。人のことを悪く言ってばかりの人間がいたらその中では生きてゆけない。
でも、テレビの中のタレントが失敗したのなら笑っていいのか、テレビ越しならその行為が許されるのか。はたまたゲームの中の人物が死んだら笑ってもいいのだろうか。こんなの筋が通っていないように思えて仕方がねえ。本当はよ、みんな思っているのさ。あいつさえいなければ……ってな。
「てめえ、名前は?」
「
いかにも悪そうな名前じゃねーか。このメギド様の右腕にしてやろ……
「断る。何があってもだ」
迷いなく、お断りされた。
俺はあれこれしているうちにこの男と出会った。
何をしてたかって?
こまけーことはいいじゃねーか。俺好みの、俺と波長が合いそうな、俺がシンパシーを感じる男と出会った。
それだけのことさ。
「そうかい、そうかい。気分は爽快じゃあねーな。まあ、気が変わったらまた言ってくれ」
俺はあっさりとその場を引き上げることにした。きっと今日のところはこいつとはこれ以上話しても無駄だ――そんな感じがしたからな。
「醜茶か……あいつは是非とも俺の力になってもらいたい人材だ」
俺は我が儘だ。だから、欲しいものは何としてでも手に入れたいし、手に入れる。たとえその方法が非人道的だと言われようと、知ったことか。そんなの勝手だろ!
「勝負をしよう。単純なことさ。勝った方が負けた方の言うことを聞く」
「俺に何も得はない」
「そうでもないさ」
俺はそう言ってポケットから紙切れ一枚取り出す。
「これならどうだ」
それは、奴が喉から手が出るほど欲しいと願っているもの。
「……いいだろう。勝負しよう」
「そうでなくっちゃな」
俺とお前、最後まで立っていた方が勝ちだ。正義か悪かじゃない、勝ちか負けかってだけだ。だから、俺とお前、どっちが勝つかなんて分かんねえよなあ!
「…………」
「…………」
「ってなわけで俺の勝ちだ」
単純なジャンケン勝負だとか、そう言うしょうもない決着なんかじゃねえ。きっちりかっちり殺し合いをした。人間はどうも人を殺そうとすると躊躇いが出てくるらしい。最後は人間である方が死ぬ。人間らしさなんて当の昔に捨ててるんだよ、こっちはよお。
「すまんな、俺の期待外れだったわ」
じゃあな、醜悪な人間。最後までお前は人間だったぜ。
俺はまた目標を見失う。こうしているうちにまた世界では命が生まれ、そして失われる。一体俺はよお、何してんだろうな。
「あーあ、つまんね」
俺はこの世のスベテに嗟嘆する。
「俺を満たすモノはなかった。破獄の祁答院メギドは結局のところ狭い檻の中だったってわけだ」
「あーあ、世の中つまんねえ」
「面白い事だと思っていても、そんなの一時的なものでしかねえ」
「トップに立ってしまえばそれは途端に面白くなくなる。ゲームだってクリアすれば面白くない。何だってできるは、何もできないと同じだって言うけどよお。やっぱりそうだなあ」
しみじみと思う。
「俺に匹敵するモノが現れない限り、俺の憂鬱は続く」
「どうにか俺を満たしてくれるものはねえのかなあ……」
こうして俺はまた、果て無き旅に出る。
「俺はこの世のスベテを壊しつくしてやる」
破獄の邪《悪の飽くなき戦い》 阿礼 泣素 @super_angel
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