第8話 理想郷

「どういうわけでしょうか?」

 ある研究者が統計資料をまとめながら、首を傾げた。彼はゲイを公言しており、大学で指導を受け持っている男子学生と恋仲にあった。

「何のこと?」

 上司に当たる女性教授が、彼の資料に視線を落とした。彼女はトランスジェンダーで、生まれつきの性別は男性だった。今は性転換して法的にも女性となり、元女性の男性と結婚し、親を失った難民の子を養子にとって育てている。

「近年、同性愛の因子を持つ子どもの生まれる確率が著しく上昇しているんです」

「本当ね。それが、現在の世の中に適した遺伝形質ということかしら?」

「大丈夫なんでしょうか? 昨年の出生率は、一昨年の半数だと言いますよ」

「それだけ、選択の自由が広まったということよ」

「でも、このままでいいんでしょうか?」

「当然よ。あなただって、無理やり女と結婚させられて、子作りをする羽目になるなんて嫌でしょ?」

「ええ、それは、もちろん嫌です」

 それからというもの、子どもの数は、急速に減っていった。ときおり、異性愛を推奨する活動家が現れることもあった。だが、単なる異性愛者は、もはや性的マイノリティとなっており、民衆に支持されることはなかった。過激な異性愛主義者の集まりが出来れば、反社会組織とみなされ、速やかに排除された。

 やがて、個体数の減少に歯止めがきかなくなった。

「このままではまずい。どうにかして、後代を産出しなければ」

「しかし、同性で愛し合っても後代を生産できません!」

「種を遺すためには、異性と愛し合う必要がある」

「私たちに異性愛者になれと?」

「そんなこと無理強いしないでください。気持ちが悪い!」

 科学者たちが議論を始めたときにはすでに手遅れな状態だった。


 こうして、地球上を我が物顔で闊歩していた恐竜たちは絶滅した。


 ――その後、大陸移動によって引き起こされた激しい津波が恐竜たちの文明の痕跡を押し流し、やがて哺乳類が地上の覇権を制する時代がやってくるのだが、それは遠い未来の話である。

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