第3話〈2日目〉お揃いデート 後半


「全く。カズマがあんな事を言うからですよ」


水族館を後にした俺たちは、次の目的地へと向かっていた。


「はいはい、俺が悪かった悪かった」


めぐみんの説教を右から左へ聞き流しながら歩いていると。ふと、めぐみんの声が止んだ。

何事かと思い後ろを振り返ると、めぐみんはある一点をじっと見つめていた。

それはアクセサリーショップの看板。キラキラと輝く宝石が埋まったネックレスや指輪の写真がそこにあった。

俺はそんなめぐみんの様子を見て、


「……行くか?」


端的に尋ねると、めぐみんは目を輝かせながらそれでいて少し恥ずかしそうにしてこくりと頷いた。



ショッピングモールの3階にあるアクセサリーショップに入ってみると、そこには証明に照らされてキラキラと光るアクセサリーたちが並んでいた。

俺には一生縁のない場所だと思っていたが、まさか女の子と一緒に来る事になるとは夢にも思わなかったなぁ。

その女の子であるめぐみんはというと、ネックレスやらブレスレッドやらを一通り眺めたあとひとつのショーケースの前で立ち止まった。

その視線の先には、めぐみんの瞳の様に真紅に輝く宝石の埋まった指輪がある。


「……欲しいのか?」


俺がそうめぐみんに尋ねると、めぐみんはその指輪から目を離さずに聞き返してきた。


「こっちの世界の“円”という単位は、私達の世界のエリスと同じ金銭感覚なんですよね」

「ああ、そうだ」


めぐみんが何故そんな事を聞いてきたのかはだいたい分かる。その指輪の前にある値札には0が5個もついていたのだ。

めぐみんは大の節約家。そのめぐみんがこんな高い物を自分から欲しいと言える訳が無い。


そんな俺の考え通り、めぐみんはしばらくその指輪を見詰めていたがふと目を閉じたあとこちらに振り返り微笑を零した。


「ささ、もうお昼の時間ですね。そう言えば先程の通り道に『マクドナルド』というお店を見つけたのですが、凄くいい匂いがしてきたので是非ともあそこで食べてみたいです!」


ここでマックを選ぶとはムードもへったくれもねぇな……。

そんな事を思ったが、しかしめぐみんにとってはこれが最初で最後の異世界旅行になるかもしれないのだ。ならばめぐみんの意見はできるだけ尊重したい。なので俺は首を縦に振り同意を示した。


「分かった、そこ行くか。ちなみにマクドナルドはな、日本に3000件近くもある大人気店だから味は保証するぞ」

「さ、3000!?さ、流石にそれは嘘でしょう…?」

「ホントだよ」


めぐみんを見ると、ぽかんと口を開けて固まっていた。

確かに向こうの世界ではチェーン店というものを見た事は無い。そうなると驚くのも無理はないな。

……しかし、俺には今からやらねばならない事がある。めぐみんがそこに固まっていられるとどうしようも無いので、俺は少し焦ってる風を装い言った。


「ちょっと悪いが、トイレに行ってくるから先に店の前で待っといてくれ。行き方は分かるだろ?」


するとめぐみんははっとしたかと思うと、少し呆れた顔をして、


「分かりました。先に行ってますね」


そう言ってめぐみんは店を出て、さっき通って来た道を引き返して行った。


その背中をしばらく見送った後、俺はやるべき事を果たすために、俺たちのやり取りをニコニコしながら見ていた店員さんに声をかけた。


「あのすいません。これをください」

「かしこまりました!」


── 昼はマックで節約するんだ。このぐらいの贅沢はしてもいいだろう。



◇◆◇



少し遅めの昼食を食べた後、俺たちは次のデートスポットである公園に来ていた。

辺りの木は赤や黄色に鮮やかに彩られていて、その光景は改めて見るととても趣深い。

俺たちは芝生の上にレジャーシートを引きその上に座る。周りでは多くの人達が思い思いに紅葉を楽しんでいた。


引きこもりだった俺には、こうしてきちんと紅葉を見に来た経験なんて覚えている限りでは無い。こちらもイルカショーと同じで小さい頃に見た事はあるのだろうが、殆ど印象に残っていなかった。

しかし、久しぶりに紅葉を見たせいか。それとも17歳にもなったからか。あるいは隣にいる美少女のせいか。今日の思い出は一生頭の中に残っているだろうという確信があった。

俺たちは絵の具を塗った様な見事な紅葉の下で、さっき食べたポテトの話や家事が劇的に楽になる電化製品の話、俺の過去の話などいろいろな話をしながら時を過ごした。



やがてもうそろそろ日も暮れようという頃。

隣に座って黄色に染まったイチョウの木を見上げていためぐみんがボソリと呟いた。


「やはりすごく綺麗ですね……。そう言えばこの黄色い葉を付けた木の名前を聞いていませんでした。これはなんて言う木なのですか?」

「これはイチョウだ。このイチョウの木っていうのはな、大昔から殆ど姿形を変えていないんだ。それに特徴やらなんやらも殆ど同じらしい。どうだ、凄いだろ?」

「確かに凄いです。イチョウも、……カズマも」

「…?なんで俺が凄いって事になるんだ?まぁ俺は凄いけど」

「……そこで自分の事を凄いって言わなければ本当にそう思ってた所なのですが……。まぁ何が言いたかったのかといいますと、向こうの世界ではダクネスと同じぐらい常識を知らないような頭だと思っていましたが、こっちの世界の事はなんでも知っていて本当は頭が良くて凄いんだな、と思ったって事です」

「そ、そうか、なんか照れ………おい待て。今まで俺の頭はダクネスと同程度だと思ってたのか?おい、目を逸らすな!こっちを向いてちゃんと答えろ!」


そっぽを向くめぐみんに答えさせようと無理やり顔をこっちに向けようとしたが、流石は高レベルアークウィザード。中々顔をこっちに向けられない。

しかし、しばらくやり合っていると観念したのかめぐみんがふっと力を抜き。



── 俺とめぐみんは至近距離で見つめ合ってしまった。



そのせいで俺はまじまじとめぐみんを顔を見る羽目になった。


今更だが、めぐみんの顔は綺麗に整っていた。

普段から紅い瞳は何時になく輝きを増して、雪のように白い肌はまるで人形の様だ。

しかし今、その真っ白な肌は紅く染まっている。空を染める夕焼けをかき消すほど紅く紅く。その姿は、俺の思考を麻痺させるのとは逆に鼓動を一層激しくさせた。

俺の耳には自分の鼓動だけが。そして視界には目の前の1人の少女の姿だけが入ってくる。


突然の事で頭が真っ白になったせいか、俺たちはしばらくお互いに見つめ合ったままで……。

ふと、どこかにいっていた意識が戻ってくると、今の状況を冷静に考えてしまい、俺は手を離して慌てて顔を逸らした。


何してるんだ俺!なんで見つめてるんだよ!恥ずかしくてめぐみんの顔見れねぇじゃねーか!!


しばらくすると少し落ち着きを取り戻し、俺は恐る恐るめぐみんの方を見た。めぐみんは俯いたままでそ表情は伺えない。だが、その肌は未だに紅く染ったままだった。

かく言う俺も、めぐみんと同じく……。いや、多分それ以上に紅くなっているのだろう。

俺は恥ずかしさのあまり、まだしばらく喋る事が出来なかった。


それからも俺たちは黙ったままだった。夕日が沈み、だんだんと空が闇に包まれていく。この時間の空の変わりようは凄まじく、あっという間に暗くなってしまう。

空が暗くなるにつれてめぐみんの紅潮した肌は見えずらくなり、瞳の輝きも影をひそめていった。


どのぐらい沈黙が続いたのだろうか。辺りはもうすっかりと暗くなり、道端にある街灯の灯りがチカチカと着き始めた頃。

俺の頭には昨日の夜の事が思い浮かんでいた。そう、ダクネスの事だ。今日一日中ずっと頭の片隅にあった事。

俺は今、重大な決断をしようとしている。その為にはまず、昨日の事をめぐみんに話さなくてはいけないと思ったのだ。

俺はしばらくの間なかなか言い出せずにそわそわしていたが、全ての街灯が灯され、辺りが明るい光に包まれたのを感じて俺は意を決し小さな声で呟いた。


「……昨日の夜、ダクネスにデートをしてくれと頼まれたんだ」


今まで顔を合わせなかっためぐみんが驚いた顔をしてこちらを見てきた。


「もちろん今日はめぐみんとのデートをする約束があったから断った。……でもな、ダクネスの悲しそうな声を聴いたら断り切れなくて。だ、大事な仲間だから。だから明日、デートをする約束をしたんだ」


今思うと、俺は最低だな。俺がめぐみんの立場ならきっと怒るだろう。昔は『何怒ってるんだこいつ、ハーレムしてるなら楽しめよ』とか思っていたが、実際こうなってみると怒って当然だなども思う。仲間以上恋人未満だからだということもあるかもしれないが。しかし、そんな些細な事は関係なく、俺の口からはどんどんと言葉が漏れてくる。


「めぐみんとのデートを約束した日に他の女とデートの約束をするなんて最低だよな。これならクズマさんって呼ばれるのも納得だわ」


自分で言っておきながら、だんだんと自分に嫌気がさしてきた。こっちの世界では人との関わりを断ってきたクセに異世界に転生をしたからって調子にのって。魔王を倒した後にはハーレム作っちゃうぞなんて事も言ったなぁ。

俺は相手の気持ちをよく考えていなかったのかもしれない。俺を一途に思ってくれてるのだから、俺はそれにきちんと答えてやらなくてはいけなかったのではと。


俺が語っている間も、めぐみんは口を挟まず黙って聴いていた。

これは怒っているのだろうか。それとも悲しんでいるのだろうか。

元々引きこもりのニートをやっていた俺にはめぐみんの考えを読むなんて事はできなかった。




しばらく沈黙が流れたあと。めぐみんは子どもを宥めるような声でそっと囁いた。


「カズマはクズなんかじゃありませんよ。カズマは優しいんです。私達が困っていたらなんだかんだ言って助けてくれて、私達の事をよく考えてくれて。まぁ、たまにひどい冗談も言いますがね?」


うぐっ……それは本当にすいません…。でもこれは治らないんだろうなぁ。うん、しょうがない。

そんな事を考えてる俺を見て、何故かめぐみんが溜息をはいた。

まさか心を読まれてるとかないよな…?

しかしめぐみんはその事については触れず、優しい声音で続ける。


「まぁだからなんと言いますか。カズマがダクネスのデートを受けたのもカズマの優しさからなんじゃないですか?私はカズマの優しさから来た事なら絶対に怒りませんよ。カズマの優しさに私は口は出せません。それにカズマは元々そういう人ですし、もうこんなの今更ですよ。私もそんなに短気じゃ無いですから」


胸につっかえていたものがすっと抜けたような気がした。めぐみんの言葉が俺の心を優しく包み、悩みを抜き取ってくれたのだ。

そうだ、俺はこういう人じゃないか。今更何を悩んでいたのか。いや、そういう事じゃないかも知れないが、でもそういう事だ。

ダクネスのデートを受けたのはダクネスの事を思って。確かにめぐみんに対しては悪いのは変わらないが下心からでは無いのだから。

そしてめぐみんはそんな俺を。全てを受け入れてくれる。そう言ってくれる人がいてくれるんだから、俺は自分らしく生きていけばいいんだ。

……ただ、ひとつだけ。ひとつつだけ引っ掛る事があった。


「お前が短気じゃないって言うのはなんの冗談だ?」


俺がニヤニヤしながらそう言うと。


「なにおう?私のどこが短気だって言うのですか!」


そう言いながらも、めぐみんもクスクスと笑っていた。ああ、そうだよな、これでいいんだ。

俺は俺でいればいいんだ。そしてその答えをくれたのは。そう、俺の大好きな……。


俺は決心した。今、自分の気持ちが固まった。自分のこの気持ちが確かなものだと気が付いた。今しなくて俺は男を名乗れるだろうか。

いつもは手玉に取られてばかりだが、今日だけは。今日だけは男気を見てくれ佐藤和真!!



俺はポケットから小さい箱を取り出した。



その箱は真っ黒で、普通なら闇に溶けてしまう筈。なのに今はくっきりと見えている。それはきっと、中にある紅い輝きのおかげだろう。


「そ、それは…??」


めぐみんは薄々気付いているのだろうか。これを見て驚いたような、そして今にも泣きそうな顔をしながら小さな声で尋ねてくる。

俺はそれには答えず、めぐみんの正面に向き合って正座した。

めぐみんもそれに習い正座をする。

俺は左手の手のひらにその箱を置き、右手で蓋にそっと手をかける。そして……。


夜の暗闇にイチョウの葉が舞い散る中、俺はめぐみんに。



「めぐみん、俺はめぐみんが大好きだ。俺と付き合ってください」



◇◆◇



ホテルに帰ると、そこには既にダクネスとアクアの姿があった。


「おお、カズマとめぐみんか。お帰り」

「遅いわよ!もうお腹ペコペコなんですけど」


女子部屋のテーブルの前に座っている2人が俺たちを見てそう言ってきた。

確かに少し遅くなってしまった。あそこからホテルまでが遠かったのもあるが、やはり自然と歩みが遅くなったのもひとつの理由だろう。何故遅くなったのかは……ご想像にお任せします。

だからいつもならアクアに言い返しているところだが、今の俺はそんな事ではなんとも思わないので、素直に謝る事にした。


「ああ、遅くなってすまん。ささ、早く飯食いに行こうぜ」


俺がそうご機嫌にそう言うと。


「べ、別に謝ってくれるなら良いんだけどね?」


アクアは少し慌てながらそう言って顔を背けてくる。

最近のこいつと来たらどうしたんだろう。やけに聞き分けがいいと言うか、素直になったと言うか……。

まぁ、これもひとつの成長なのかもしれない。聞き分けが良くなることはいい事だしこれは素直に喜んでおくとしよう。

俺達はそんな変わった様子のアクアと、ダクネスを連れて食堂へと向かった。



◇◆◇



食事を終え風呂にも入り、さあ今から寝るぞと思っていると。

突然コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。

こんな時間に来るなんて……。ああ、もしかして夕食の時にアクアがトランプをやろうって言っていたから誘いにきたのか。

俺は気怠けにベッドから起き上がると、即断って早く寝ようなどと思いながら鍵を開けて……。


「へ?」


思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


── 何故か目の前には薄いネグリジェに身を包んだめぐみんが立っていた。


いやいやちょっと待ってくれ。これはどう言う事だ?落ち着け、落ち着くんだサトウカズマ。冷静になれ!

確かに俺はさっき公園で告白した。そしてめぐみんとは晴れて恋人同士になったんだ。だからと言ってその初日にもう大人の階段を上る訳には………いや。確かに魔王を倒したらそういう事をするっていう約束をしていた筈だ!なら別に今日そういう事をした所で何も問題は無いわけで……。


俺が色々混乱して黙っているとめぐみんはそんな俺をしばらく見つめ、それからてくてくと部屋に入ったかと思うとベッドの縁にちょこんと腰掛けた。

え、えっと……。


「な、なあめぐみん。こんな時間に何の用だ?」


少し動揺しながらも俺は冷静な風に装いながら尋ねた。

するとめぐみんは、何を言ってるんだというような顔をして答えた。


「カズマと一緒に寝ようと思いまして」


うん、お前こそ何を言ってるんだ?


ま、まぁそういう事がしたくないって事じゃなくてむしろしたいんだが。というかしたい!じゃなくて違う違う!

めぐみんの答えを聞き、俺はさらに動揺して頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

そんなオロオロしている俺を見て、めぐみんは優しい声音で尋ねてくる。


「今日はそういう気分じゃないのですか?まぁ別に今日じゃなくても良いので、そういう事がしたくなったらいつでも言ってくださいね?」


その言葉を聞き俺は真顔でめぐみんに即答する。


「いや今したいです」

「……あなたという人は…」


めぐみんは深い溜息を吐きながらジトっとした目で俺を見てくる。

はい、これはゴミを見る目ですね。まぁ自分でも今のは不味かったなと思ったよ。今したいです、って気持ち悪いな。童貞じゃあるまいし。

……あ、俺童貞じゃん。

そんな事実に今更気が付き俺は落ち込む。


そんな俺を見ていためぐみんは、もう一度深い溜息を吐いたかと思うと諦めた様な顔をして呟いた。


「カズマにムードを求めた私が間違っていました。カズマはこういう人ですもんね……。」


なんかそう言われると少しイラッとくる。


「おい、俺でもムードの一つや二つぐらい作れるからな?あれだ、今のはちょっと動揺してただけだ。あまり俺の事をバカにするなよ?」


俺が今出来る精一杯のドヤ顔でそう言うと、めぐみんはくすくすと笑い自分の隣をぽんぽんと叩いた。


「ささ、来てください。そんな見栄を張ってるカズマでもムードもろくに作れないカズマでも、私は全部受け入れてあげますから」


そんな事を言われて我慢出来る様な人、それは男じゃねぇ。

これはもうやっちゃってもいいんだよな?いいや、俺はやっちゃうぞ。今日は恋人同士になった記念すべき日じゃないか!ここで卒業して何が悪い!



俺は優しく微笑んでいるめぐみんの隣に腰かけた。ギシリとベッドが音を立て、それが一層生々しさを伝えてくる。めぐみんは初日に寄った服屋で買っていたのか、今まで見た事のない薄い白のネグリジェを着ていた。純白の清楚な服。しかしその白さはめぐみんの肌の白さのおかげで悪目立ちはしない。

俺は恐る恐るめぐみんの身体に手を回す。その華奢な体からは、暴力の塊であるあの魔法が生み出されるなんて到底思えない。そのぐらい儚く、今にも壊れてしまいそうだと思った。

めぐみんも俺の背中に手を回してきた。その手に込められる力は優しく俺を包み込んでくれる。俺はそんな彼女と同じようにそっと優しく優しく包み込んでいき。


お互いの顔がぶつかる寸前で、俺達はお互いに見つめあった。

公園の時とは違いお互い目を逸らさない。めぐみんの少し荒くなった吐息が耳に流れ込んでくる。俺の手が火照った体に温められ、触れあっているところからは心臓の鼓動がとくんとくんと伝わってきた。

もう一度顔をよく見る。トロンと蕩けた表情を浮かべた顔はいつにもなく紅くそまっている。そして彼女の紅い瞳は、今日贈った指輪にあしらわれていた真紅の宝石よりも紅く、そして深い。その紅い光に今にも意識が吸い取られそうになりながら、俺は今にも触れ合いそうな距離にある顔をさらに近づけ……。



ドンッ!と隣の部屋から立てられた音を聞き、俺たちはビクッと体を震わせ飛びすさった。

しばらくそのままの格好で固まり……。そして。


「なんなんだよおおおおおお!!いつもいつも邪魔ばかり入りやがって!!」

「おおお落ち着いてくださいカズマ!!今のは……そ、そう、隣の人もわざとでは無いのですし、だ、だから落ち着いてください!!」


俺が隣の部屋の人に文句を言いに行こうとするのをめぐみんが必死に止めてきた。

しばらくめぐみんに引き止められていると段々と冷静になり、隣の部屋へ行くのをやめて俺はベッドに座り直す。めぐみんもその隣に腰掛けてきた。


「……なあめぐみん。何でこうなるんだろうな。やっぱり俺って呪いでもかけられてるんじゃないか?」

「何ででしょうね……。でも呪いについては以前アクアに調べてもらったじゃないですか」


確かにそうなのだが、運が良いにも関わらずここまで邪魔が入るのは流石におかしいと思う。

やはりもう一度確認すべきだ。そしてそういう事を相談できる人、いや神様というと……。


「よし、今から見てきてもらうか。めぐみん、ちょっと待っててくれ」

「見てもらうって誰にですか?」

「エリス様だよ」


それを聞いためぐみんはやれやれという様な顔をして言ってきた。


「会えるわけないじゃないですか。大体どうやってエリス様のいる天界に行くんですか」

「テレポートで」

「そんな都合よく、天界にいく方法なんて………今なんて言いました…??」

「テレポート」

「……」


魔王を倒してからというものの、俺は誰にも見つからない安心できる場所としてエリス様のいる場所、つまり天界によく行くようになっていた。

何故そんな所に行けるかと言うと、以前死んだ時にテレポートの転移先に登録してみたら、案の定登録することが出来たからだ。

しかしその事を知らないめぐみんにとっては謎だらけなのだろう。


「えっと、テレポートは転移先を登録しないと転移できませんよ?なのでもしテレポートで天界に行けるとしても、天界に登録しをていないカズマのテレポートではまず行けません。分かりましたか?」

「おうとも、分かってるぞ。でも俺は前死んだ時に天界を転移先に登録してたんだよ。実は最近もちょくちょく遊びにいってたりするから、行ける事も実証済みだ」

「……」


俺の言葉を聞き、めぐみんは数秒の間頭の中でも整理しているのか黙り込んで。


「何してるんですか……」


ボソッっと少し鋭い声で呟いてきた。


「い、いや。何してるんですか、って言われてもね……」


めぐみんはまたしばらくの間黙り込み……。

そして周りの部屋にも聞こえるような大きな声で叫んだ。


「ああー!本当に何してるんですか!仮にも人間であるカズマがそんな簡単に天界に行ってはダメでしょう!!それに今まで探しても探しても見つからないと思った事が何度かありましましたが、まさかそんな所にいたなんて…!!」

「ちょっ、めぐみん落ち着け!周りの人の迷惑になるから一旦落ち着け!!」


俺が猛り狂うめぐみんをどうにか必死に抑えていると、またもや隣の部屋から、しかも今回は壁を叩く音に加えて大声をも追加されて。


「おいうるせーぞ!!」

「「す、すいません!!」」


異世界に行ったばかりの頃を思い出す様な大声で盛大に叱られた。



◇◆◇



「はぁ、まさか本当に行くだなんて……」


めぐみんの溜息の様な呟きを聞き流しながら、俺はもう慣れてしまったテレポートの呪文を唱える。


「ちょっと聞いてくるだけだから別にいいだろ。それじゃあちょっくら行ってくる。『テレポート』!」


俺が呪文を唱え目を閉じ、再び目を開けると。

そこにはこれまた見慣れた様子の神殿の様な光景が広がっていた。そして目の前にはいつもエリス様が座っている椅子がある。……だが、肝心のエリスの姿が見当たらなかった。


どうやらエリスが地上に遊びに行っている間にここへ来てしまったらしい。

仕方が無いのでしばらくいつも座ってる椅子に座って待とうかと思い……。

目の前の空いている席が目に入った。

今はエリス様はいないのだから、少しぐらいなら普段エリス様が座ってるこの椅子に座ってみてもいいんじゃないか?


男という生き物は好奇心には抗えない。

俺はいつもエリスが座っている席にそっとこしかける。

なるほど、エリス様にはいつもこんな感じに見えていたのか。やっぱりずっとこうしてるのは少し寂しいな。


そんな思いに浸っていると。

唐突に眩しいほどの光が目に入ってきた。それは何度も見た事がある、天界の門が出てくる時の光。

それから扉が音を立てて開き、背後から誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえる。その音を聞き俺は……。


俺は、潜伏スキルを発動させた。


その足音はどんどん近づいて来て。そして椅子に座っている俺の目の前にエリスの後ろ姿が映った。

エリスは未だに気づいていないのかそのまま腰を下ろしてきて……。


ポフッ。


「…え?」

「こんにちはエリス様」


潜伏していた俺の膝の上にエリスが座った。そしてお互いに見つめ合い……。


「ななななんでカズマさんがここに居るんですかっ!!そ、それに何故私の椅子に!?というか全く気配がしませんでしたよ!?」


エリスは慌てて立ち上がりこちらを振り返って捲し立ててきた。


「いえ、何となくエリス様が見てる景色を見てみたいなと思いまして。それとここに来た理由は、俺にいい所で邪魔される呪いが掛かってないか確認してもらいたかったからです」

「そんな理由で毎回来ないでください!まぁ、私の椅子に座っていたのは、そういう事なら不問に………でも、あれ?私が座るまでカズマさんは動かなかったのはどういう」

「その事は置いといてササッと呪いについて見てもらえませんか?俺がずっとここに残るとエリス様も迷惑でしょう?」

「迷惑だと思っているのでしたら、まずここにテレポートで来ないでくださいよ……」


そう言って、エリスがジトッっとした目で見てくる。

ふぅ、エリス様に膝に座って欲しかったからなんて言えないし何とか話を逸らせて良かった。

俺はホッとし、呆れた様な視線を受けながらも、椅子から立ち上がって姿勢を正し頭を下げた。


「エリス様お願いします!もう普通に考えておかしいんですよ!さっきもめぐみんといい雰囲気になったのに、隣の部屋の人が壁にぶつかったせいで台無しになって!」


すると、エリスは溜息を吐いて、


「はぁ……、今回だけですよ?次からはこんな事で天界には来ないでくださいね?」

「約束しますよ。次からは逃げ場が無くなった時以外は来ないように善処します」

「その時にも来ないでください!」


エリスはまたもや溜息を吐きそう言ってくるが、その声音は少しだけ楽しそうにも感じられた。

やはりずっとここに1人でいるのは寂しいのだろうか。


「それでは少しじっとしていてください。今呪いがかかっていないか見ますので」

「分かりました」


そう言うとエリスは目を瞑り俺の方に手をかざしてくる。

しばらくそのままにしていると、エリスが閉じていた目をそっとあけて苦笑しながら言ってきた。


「やはり呪いの類はかかっていませんね。しかし、本当に頻繁に邪魔が入っていますよね……。もしかしたら誰かが故意的に邪魔をしているのかも知れませんよ?」


そう言ってイタズラっ子みたいな顔でニコッと笑いながら言ってくる。

やっぱり呪いじゃないのか。エリス様が言うのなら間違えないだろう。しかし故意的に……か…。もしそんな事をしている奴がいたら絶対にタダでは済まさねえ!

俺は、俺のわがままを聞いてくれた心優しい女神様に顔を向けて、


「そうですか。しかし見てもらってありがとうございます。それじゃあ、めぐみんが待ってるんで俺はここら辺で。また来ますよ」

「はい、それでは」


今度は来ないでくださいとは言わずに、エリスは俺に笑顔でそう言ってきた。

やっぱり俺がここに来る事あんまり嫌がってないじゃないですか。


俺はそんな可愛らしい笑顔に笑顔を返しながら。ゆっくりとテレポートの詠唱を唱えた。



◇◆◇



目を開けると、俺はホテルの自室に立っていた。


「あ、おかえりなさい。どうでしたか?」


ソファーに寝転がっていためぐみんが、体を持ち上げながら聞いてくる。


「やっぱり呪いはかかってないってよ。誰かが故意にやってるかもとか言ってたけど、流石にそれは無いだろし……。結局何が原因なのかは分からなかったよ」

「そうですか。となると本当になんででしょうね?もしかしたら、カズマの運のステータスの振り分けが恋愛関係に関して極端に少ないのかもしれませんね」


そんなか考えたくないような事を言いながら、めぐみんはくすくすと笑う。

俺もそれに対して微笑を零し、もう一度ベッドの縁に腰かける。


再び沈黙が流れる。しかしこの沈黙に嫌な気分はせず、むしろ心臓が高鳴る。

俺の隣に人の体温を感じた。横を見てみると、いつの間にそこに来ていたのか、めぐみんが俺に体をもたれ掛けて上目遣いでこちらを見上げていた。


鼓動が更に高鳴る。

触れ合っているところからは、俺のものでは無い鼓動が裏拍になって聞こえてくる。

俺は真っ白になりかける頭をどうにか動かし考えた。

これはもうやっていいって事だよな?もう我慢はしないからな?さっきは邪魔が入ったが、呪いはかかってないと言われたばかりだ。呪いじゃないなら大丈夫だ、心配する事は無い!

そんな結論に至った俺は、めぐみんの腰に手を回しそっと顔を近づけて。



── 甘い、甘いキスをした。



とうとう何も考えられなくなった。唇を離した俺たちはもう一度見つめあって、そしてもう一度顔を近づける。

今度はさっきよりも長く。そして情熱的に。

お互いに顔を離すと、俺はめぐみんをそっとベッド寝かせ、俺もそのままベッドに横になる。その間も俺達は目を離さず。そして2人横になった所でもう一度唇を近づけた。


俺の手がめぐみんの胸元へと伸びる。あまり大きいとは言えない。しかしそんな事は俺には関係ない。

めぐみんを見てみると、少し顔を紅らめながら目を瞑っていた。その反応が珍しく、そして可愛い過ぎたせいで、俺はもう自分自身を制御する事ができなくなった。

そしてめぐみんの控えめな胸に手が触れる……。


……寸前で、俺の手は止まってしまった。

何故か。

それは……。


「カズマー、早く部屋に来てちょうだい!もう待ちくたびれたんですけどー!早くトランプしたいの!ねえ早くして、早くしてー!」

「うるさいぞ!もう夜なんだから静かにしてくれ!」


ドアをドンドンと叩きながら喚くアクアと、それを注意する隣の部屋の人と思われる人の声が聞こえたからだ。

あんのアマーッ!!またもや邪魔しやがって…!!それと怒られてんじゃねーよ!!

俺は勢いよくベッドから立ち上がりドアを少しだけ開け、そこから顔だけを出して言った。


「おい邪魔神っ!!静かにしろ!隣の人に迷惑かけんな!それと今日はトランプはやらねえ!明日やってやるから早く寝床に帰れ!!」


俺は口早にそれだけ言って扉を閉めようと……。

して、アクアの口にした言葉を聞き、その手が止まった。


「ううっ……、分かったわよ……。ならめぐみんが何処にいるか知らない…?私達の部屋に居ないから何処にいるのか探してたんだけど……」


俺の額に一筋の汗が流れる。

やばいやばい、なんて説明しよう……!


「めめめ、めぐみんかぁ……」


俺がどうしようかとオロオロしていると、背中が誰かにポンポンと叩かれた。後ろを振り返ると、めぐみんが俺の耳に顔を近づけてボソボソと呟いた。


「もう今日は止めておきましょう。これ以上は何があっても進まない気がします。私はアクア達とトランプをしてくるのでドアを開けても大丈夫ですよ」


……え?アクア達とトランプをしてくる?今日はもう止めておきましょう……?

俺がボーッとしていると、めぐみんはドアに手を掛けて大きく開き。


「私はここにいますよ。ちょっとカズマに用事がありまして。ささ、アクア。多分カズマも1人が寂しくて直ぐに来るでしょうし、先に行きましょう」


そう言うと、


「めぐみんったらカズマの部屋にいたのね。でもこの男本当に来るかしら?もうちょっと誘っておいた方が……」

「大丈夫ですよ。ダクネスが待ってますし、部屋に戻りましょう」


アクアはチラッと俺の方を見てからこくりと頷き、2人ともてくてくと女子部屋がある方へと行ってしまった。


俺はそのあまりにもな展開についていけず、その場に1人残されて。


そして一言、今日一番のそして2回目になる台詞を大声で叫んだ。



「なんでたよおおおおおお!!!」




→第3話に続く。

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