第6話

 私がこの丘にくる回数は減っている。


 今日みたいな、雨の振る一歩手前のようなときばかり足を運ぶようになった。

 晴天の日は思い出にするには傷が生々し過ぎるのだ。

 だから私は今日も逃げているようなこんな天気を選んでここに来る。

 彼を埋葬したのはかなり前のこと。

 今でも発端を忘れたケンカのことを謝りたくて、それでいて今、約束を破って私を独りにしている彼を責めたくて。

 矛盾した気持ちを抱えたまままた私は頬を濡らす。


『ずっとそばにいるよ』


 ふと、ルーンの声が聞こえた気がした。とたんに甘い、スノードロップの匂いが鼻をついた。私は驚いて起き上がる。

 空は相変わらず暗いけれど、さっと吹き抜けた風が季節はずれの花の匂いをまき散らす。

ルーンのいちばん好きだった“雪の花”

 一際強く吹き付けてきた風にのって、ルーンの呪文が聞こえた気がした。

 ――いつか教えてくれた、くじけたときに唱えるチャーム。

 今の今まで忘れていた。なんてことだろう。ルーンが教えてくれたじゃないか、ねこには七つの魂があるんだって。

 もう大丈夫、ごめんね、すっとルーンは約束を守ってそばにいてくれていたのに、私気づけてなかったよ。

 ルーンに心配させて、ごめんね。もう大丈夫だから。ありがとう。

 丘一面に急に咲き誇ったスノードロップを眺めながら私はこの場所をはなれる。

 もうここに来なくても、ルーンは、ルンペルシュツルツキンはいつもそばにいてくれてるってわかったから。

 だから、ごめんねはもう言わない。


 ありがとう、ルーン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒ねこの雪の花 宮下ほたる @hotaru_miyashita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る