第5話 道の選択
森を出るまでは、ゴブリンたちに襲われなかった。それもアンリの交渉があったからだろう。
それでもなにかわからないいくつもの視線を感じながら、森を歩いた。木々から抜けた頃には日が傾いていた。
「ドーヴァだと、歩いて十日くらいかかるかな。その間の食料どうしようか」
「食料より、道中の魔物の方が問題だよ。あの森とは状況が違うんだから」
ここから先、ゴブリンのような交渉の余地がある魔物だとは限らないし、ボクらには今交渉材料がない。魔物に勝てる力もない。
「途中に確か大きな都市があったよな。そこで飯でも調達しよう」
「だから、魔物が……」
「魔物魔物ってうるさいな。そんなに怖いなら町から出なければよかったのに」
アンリの言うとおりにしていれば、身の危険はない。そうしていた方がよかったのだろうか。あの時おじさんの誘いを断って、町の片隅に膝を抱えている方がよかったのだろうか。
「どうせ一人で行動する勇気もないくせに」
「そんな言い方ないだろう!」
「じゃあここからは別行動な!」
「それは……」
アンリの言うとおりなのに、ボクは反論したりして、自分でもなにがしたいのかわからなくなってきた。
ボクを無視してアンリは先を早足に歩いていく。
そういえば、ずっとこうして誰かの背中を目指して歩いていたな。
ボクはどこに向かいたかったんだろう。
「待って!」
アンリはボクの声が聞こえているだろうに振り向きもしない。怒ってるのかもわからない。
ボクは駆け足で追いかける。背中は近づかないし遠ざかりもしない。それがアンリの答えなのかもしれない。
背中だけ見つめて走っていたら、急にそれが大きくなった。
「いてっ」
アンリが急に止まったせいで、ボクは顔からぶつかったようだ。
「どうしたの?」
「この道、なにかおかしい」
「へ?」
周囲を見渡してみても、なにがおかしいのか、ボクにはよくわからなかった。
「さっきから進んでない」
「そんなわけないよ」
ボクは振り返って森を見る。言われてみれば結構進んだはずなのに、森はさほど離れていない。
「あれ、本当だ」
「これはもしかして……ロードピード?」
聞き慣れない名前にボクは困惑するしかない。
「ロードピード?」
「全長100メートルくらいあるムカデの魔物だよ。土に埋まって背中に乗った人間が疲れて座り込むまで延々と歩き続けさせるんだ」
「もしかして、ボクたちその上に……?」
「確かめてみよう」
ボクは嫌な予感がしたけれど、止められるような相手ではないことは、この短い間でよくわかっていた。
「どうするの?」
「これを使うんだ」
アンリが鞄から取り出したのは、小さな巾着袋に入った白い粉だった。
「それは?」
「スケルトンの骨を磨り潰した粉」
アンリはそれをおもむろに、道の真ん中にぶちまけた。
その行為にどういった意味があるのか、どんな効果があるのかはわからないが、警戒は必要だろうと思った。
その予測は見事的中し、地面がぐわんと歪んだ。
波打つように歩いていた道は動き出し、その両脇から無数の巨大な足がじたばたともがきだす。
「スケルトンの骨粉は虫によく効くから、ロードピードもどれだけ大きくても虫は虫だし、やっぱり効き目はあったみたいだな」
「得意気に言ってるのはいいけど、これでやっつけられるの?」
「いやーせいぜい追い払うくらいしかできないんじゃない?」
「なら早くここから降りないと!」
「よし、いくぞっ!」
揺れる足場にへばりついて飛ばされないようにするのが精一杯だったボクを、アンリは手を強引に引っ張って、その道から飛び降りた。
結果的にタイミングはバッチリで、いた場所が低く歪んだ瞬間に降りることができて、大きな怪我はなかった。
ロードピードはしばらく暴れまわった後、逃げるように森へ入っていった。
「どうにか生き残れたな」
「うん、ありがとう。……さっきはごめん」
「なにが? それより腹減ったー。森に戻ってまた動物でも狩ってくるか」
「もう森はコリゴリだよ! それより前に進もう。あれ見て」
「お、明かりだ! 近くに町でもあったっけ?」
「たぶんあれはキャラバンだよ」
「じゃあ食い物があるってことだな! 急ごう!」
アンリはさっき喧嘩してたことをすっかり忘れているのか、それとも喧嘩だとも思ってなかったのか、明かりに真っ直ぐ進んでいく。
ボクはしばらくの間、あの背中を目印に進んでいこうと思った。
勇者でも魔王でも、最強でも最弱でもないボクら 鳳つなし @chestnut1010
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